自己紹介と入学式
そんなこんなでおふざけに終止符を打つと生徒や保護者、新任既存の教師がそれぞれの席に座るのを見るだけの時間が続いた。その生産性のない無駄な時間が我慢出来ず、暇潰し程度の軽い気持ちで辺りを見回す。
教師席の方は進学系統の教師の変更は片手程度で顔ぶれが変わっていないが、専門系統の教師はかなり顔ぶれが変わっている。これは当然の事らしく、専門系統のみならずこの学校は基本的にこの学校の卒業生によって教師が組まれている。俺もそうだし、先輩もそうだ。
専門系統の教師はスポーツ選手、芸能人、調理師、デザイナー、それぞれが各々のプロとして成功を収めた専門系統の卒業生が一年の休業を取ってわざわざ教師としてその業界のイロハを教えてくれるらしい。
勿論それなりの策略があってここの教師をしている。ここの教師要請に応じる卒業生は大抵自分の事務所や店を持っているその道の一流ばかりで、いい人材がいればスカウトをして人材補強を狙っている。自分の欲しい生徒がいれば早い段階で声をかける。そこらを鑑みて給料は受け取らずに働いている。目に入る生徒がいなければただの慈善活動だ。
しかし教師としての給料と彼ら彼女らの普段の給料を比較してみれば額の桁が二つ程足りないだろう。だから要らない、と言うよりはお金よりも生徒の方が価値あるものなのだろう。
確かに教師は大抵君達は光る原石だ、とかなんとか言っていた記憶がある。きっと学生時代に聞き覚えのある言葉なのだろう。それでも働くのが嫌な翼にとって給料を貰わずに働くなんて考えられない。
そんな思考に囚われながらも次に生徒に視線をやる。緊張している者やワクワクしている者など沢山いた。俺の視線に気付いたのか熱烈な視線を送り返してきた生徒も居たが、既読無視をする様に気付いても特に何もせずに無視をする。
目線は早々と移動し生徒の後方に座っている親にぶつかった。こちらは生徒と比べて遠くて見えないというのもあるが、マダムの言葉がよく似合う化粧の濃い母親からの視線に悪寒を感じ、見ることを辞めた。
予定時間になると教頭の号令で入学式が始まり、何事もなく進んでいく。校長、もとい美咲のお父さんの話は相変わらず長い。ようやく終わったかと思えばすぐに入学式で最も鬱な
それは教頭の「それでは進学系統の教師は登壇し、自己紹介を行なってください」から始まる。
俺の系統分類は一応進学系統と分類されており、このアナウンスが始まると逃げ出したくなる。理由は単に去年の入学式で彼女が横で質問をしたり、無駄な尺伸ばしを行なってきたからだ。そしてきっと今日もそれは行われるだろう。
進学系統の副校長から自己紹介は始まり、養護教諭の翼で終わる。勿論その間は管理職順にいくのだが、一般教師の順番は教頭に一任されており、当然のように翼の右隣には先輩がいる。
ここまでくればもう諦めるしかないのだが、何もなく終わることを祈っていた。
そんなこんなで自己紹介は淡々と終わって行き、先輩の出番が来た。
「皆さんこんにちは。私は言語全般を担当する中村美咲です。『なかむら』はそのまま中に村で、『みさき』は美しく咲くと書きます。教師全員そうだけど、一応進学系統では一番若いOGなので質問などあればいつでも駆け寄ってください。あと、私の横にいる翼くんは許嫁なのでちょっかいは出さないでくださいね☆」
一同が呆然していた。天才は何を考えているのかわからないと言うが、本当にわからない。こんな人間が沢山集まるところで普通言うのかという疑問が頭を周り、結果は出ないまま疑問は不完全燃焼した。
だが、次は翼の自己紹介。先程の彼女の発言のせいで先程までとは比ではない視線が彼を襲う。
「はぁ……最初に皆さま、彼女のおふざけを許して下さい。
彼女は見ての通り奇策な人間性で、先程の発言は緊張している生徒に少しでも緊張を解いて貰う為の冗談です。もし御不快に思われた方がいたならば申し訳ない。
……自分の名前は東雲翼。養護教諭兼この学校の常用スクールカウンセラーです。基本関わることは少ないかと思いますが、寧ろ関わらない方が立場的には嬉しいですが、名前くらいは覚えて欲しいのでよかったら覚えてください。よろしくお願いします」
面倒な視線を解くことにも成功し、手短で内容の薄い自己紹介のカモフラージュする事も出来た。
彼女からすれば少し位困った方が良かったかもしれないが、無言の時間が過ぎれば過ぎる程に言い訳は見苦しくなる。それに加えて表情は生まれつき思考が出にくい為、淡々と言葉を重ねていけば勢いで押せる確信があった。
とりあえず、火種の消火に成功したので安心し、面倒な出来事も消化できたのでよかったと内心ホッとしていた。
入学式は予定時間を超えるアクシデントはこれ以外に起こることなく終了し、新入生の担任になった教師らは新入生を引き連れて教室に戻っていく。
流石に入学式初日から保健室が稼働することはなく、この日は部活も行われていないために平和に終わった。
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