chapter.3

10.正しい友達の作り方。

 冠木かぶらぎは、そんな紅音くおんの反応など全く気にせずに、


「そうだよ。ちょうどいい機会じゃないか。これで少年も晴れてぼっちから卒業だな!」


 ほんと失礼だなこのアル中。誰がぼっちだ、誰が。


 紅音は流石に反論する。


「いや、別にぼっちではないでしょ、ぼっちでは」


「そうかぁ?」


 何故そこで疑問形になるのだ。


「そうですよ。じゃあ逆に聞きますけど、先生は俺が学校内でぼっちなのを見たことがあるんですか?」


「ん?ないけど」


 ないのかよ。なお酷いな。しかし、


「ならぼっち呼ばわりやめてくださいよ全く。人聞きの悪い」


 冠木は全く悪びれず。


「そりゃあ、まあ、少年は傍から見たら別にぼっちには見えないよ。けどさ、それはあくまで傍から見た場合だよ」


 紅音はいぶかしげに、


「……何がいいたいんですか?」


「少年は本当に、一人じゃないのかってこと。表面上じゃなくって、もっと本質的なところで、さ」


 意味が分からない。


 意味が分からないといえば、彼女の態度はもっと意味が分からない。


 その言葉はあまりにも抽象的で、つかみどころがなくて、いつも以上に何を言いたいのかが分からないが、いつもよりもずっと、真剣な表情だった。こんな表情もするんだな。


 紅音はそんな様子に少し気圧されて、


「そ、そんなことは無いですよ。一人かどうかっていう意味なら、優姫ひめもいますし……」


 優姫というのは紅音の妹だ。フルネームは西園寺優姫。きちんと血のつながった、紅音の妹だ。


 冠木はひとつ、息をついて、


「そうだな。妹がいるんだったな。可愛いのか?」


「可愛いですね。変な虫が付かないか心配なくらいに」


「……シスコン?」


 またそれか。ただ、


「……否定はしません」


 そう。


 紅音自身がどう思っているかはともかく。客観的に見れば、シスコンと言われても仕方がないのもまた、事実なのだ。


 それはともかくとして、


「……話を戻しますけど。俺が友達になればいいなんて、あまりにも単純すぎませんか?」


 冠木は納得がいかないといった具合に、


「そうかぁ?」


「そうですよ。第一、友達ってそういうもんじゃないでしょ、お見合いかなんかじゃないんだから」


 不満げな冠木を無視して、紅音はさらに続ける。


「友達っていうのは、意識してなるものじゃなくて、自然となってるものなんじゃないですかね?こと今回に関しては友達が作りたいっていう特別な理由があるんで、誰かと仲良くなりに行くっていうのもありだとは思います。思いますけど、それが俺である必要はないんじゃないですかね?第一、俺も月見里も、まだお互いをよく知らないんですよ?俺は名前を知ってたからいいですけど、月見里は俺のことを全く「あ、知ってましたよ?」知らないわけで……え?」


 瞬間。


 紅音は月見里の方に視線を急旋回させる。そんな反応にかえって月見里が驚き、


「ご、ごめんなさい!ただ、えっと……テスト?の成績って貼りだされるじゃないですか。あれで、名前だけは知ってたんです。べ、別に他意はないんです、よ?」


 よ?と言われても困るが……


 と、いうか、


「え、月見里、貼りだされてるの、ちゃんと見てたのか?」


 初耳だ。


 というのも、掲示はいつも昼休みに行われるため、大体の生徒はそのタイミングで確認に来るのだ。


 事実紅音はいつもそのタイミングで確認をしているし、宿敵(とかってに紅音が認識している)佐藤さとう陽菜ひなもまた、そのタイミングで現れるので、成績自慢にはもってこいなわけなのだが、そんな成績発表の場で、月見里の姿を見た覚えはない。


 身長が低いこともあるから見落としという可能性も考えられるが、全校生徒分の掲載ではない為、基本的には成績上位者と、その友人くらいしか見に来ないものなわけで、その中で見落とす、というのはあまり考えられないと思うのだが。


 ただ、そんな疑問に月見里はあっさりと、


「えっと……私いつも、後からこっそり見てたので」


 答えを出してくれた。


 確かに、成績の掲載は通常、特に理由がない限りは一週間ほど行われる。


 学校としては、そこに掲載されることを目指して頑張ってほしいという意図もあるのだろう。


 ただ、基本的には見に来る気のある人間は掲載された瞬間に見に来るし、興味のない人間は、一週間たっても現れないというのが基本となっているのだ。


 実際に紅音も、掲載日に順位を確認しなかったことは今まで一度もない。だから思いつかなかったのだ。そんな謙虚なタイミングで確認する人間がいることに。


 月見里は続ける。


「だからあの、名前は知ってたんです。毎回一位で凄いなぁって」


「お、おう」


 なんだろう。少しむず痒い。


 いつもは可愛げが無いだとか、今回はちょっと運が悪かっただけですわとかいう言葉しかぶつけられていないから、意表を突かれたような感じになる。


 こほん。


 紅音は一つ咳ばらいをして気を取り直し、


「凄いって言ってくれるのは嬉しい。ただ、それはあくまで成績の話だろ?つまりは俺とあったのは今日……厳密には昨日か。それが初めてってわけだ。それで友達ってのは危ないと思うぞ」


「そ、そうなんですか?」


「そうだ。もっときちんと人を見極めた方がいい。自慢じゃないが、俺はそんないい人間じゃないしな」


「うーん……」


 月見里はまだ納得していなかった。そんなやり取りを静観していた冠木は、


「少年も理屈っぽいなぁ……分かった。それなら、手伝うってのはどうよ?」


「手伝う?」


「そう。少年は一応人とのコミュニケーション能力はあるでしょ?」


「一応っていう言い方が引っ掛かりますが、まああると思いますね」


「でしょ?だから、それを活かして、彼女の友達作りに付き合ってあげたらどうかなって」


「ああ」


 なるほど。


 確かに、月見里にそういった対外コミュニケーション能力はなさそうだ。


要は「友達を作る」というよりもそもそも「人と話す」という部分にまずハードルがあるタイプ。


冠木はその橋渡しを紅音に託したいらしい。


「それならまあ、いいですけど」


 友達になる、ではなく、友達作りの手助けをする。これなら紅音がどんな人間でも問題はないだろう。


 あくまでサポート役であって、友達そのものではないのだから、月見里が後で嫌な思いをすることもなかろう。


 ところが当の本人やまなしは、


「あの……いいんですか?」


 これである。


 なんとも後ろ向きというかネガティブというのか。


 紅音がいいと言っているのだからいいのだが、彼女のことだ。本当は嫌なのに、冠木との付き合いもあるから断れずに、仕方なく了解しているのではないかと疑っているのだ。なんて難儀な性格。


 紅音はそんな月見里に、


「大丈夫だ。正直暇だからな。それに、三位にぴたっとつけてた才女が、どんなやつなのかは気になってたからな」


 本音である。 


 紅音が本気を出してから万年二位に甘んじ、漫画のような悔しがり方をしている陽菜はともかく、その後ろにぴったりとつけていた月見里が、一体どんな人間なのかはずっと気になっていたのだ。


 だからこそ、毎回の順位を気にしていたし、だからこそ、朝霞に頼んでその情報を調べてもらいまでしたし、その礼が、ちょっと高いランチの奢りだったのも、全く後悔はしていないくらいなのだ。


 その月見里の友達作りくらいに付き合うくらいどうということはない。


 むしろこちらからお願いしてもいいくらいだが、それはしなかった。


 そんなことをしようものなら、またしても冠木がからかってくるのが目に見えるからだ。弱点は少ない方がいい。


 月見里はまだ不安げなものの、取り合えず納得したようで、一つ頭を下げ、


「分かりました。ふつつかものですが、よろしくお願いします」


 だから、お見合いじゃないって。



              ◇



 と、いう訳で、


「さて、どうするかな……」


 手伝うといった手前、全くの役立たずではみっともない。今日だけでも何らかの手ごたえを感じておきたいところなのだが、


(友達、ねえ……)


 いきなり壁にぶち当たる。


 そもそも友達ってどこで作るもんなんだ?


 いや、答えはそう難しくない。


 例えばそう、隣の席というのは条件になりうる。


 教科書を忘れれば見せてもらうこともあるだろうし、休み時間に、自分も好きな漫画でも読んでいようものなら、話しかけてみてもいいだろう。位置的アドバンテージというのはそれだけ大きなものだ。


 隣の席に美少女転校生がやってこようものなら、それはもうラブコメの香りを感じてしまうほどだ。


 それから、部活動というのもありだ。


 自分の興味が持てる内容ならば何でもいい。隣の席などというランダムに配置されただけの生徒Aよりも、同じことに興味を持った同行の士というはよっぽど友達になりやすい。


 と、いうか、もう同じ部活動になった時点でほとんど友達みたいなものだろう。


 ただ、そのどちらも今の月見里には難しいものだ。


 隣の席というアドバンテージがいかせるのであれば、そもそも二年生にもなって「友達が欲しい」という悩みを学生相談室に持ち込んだりするわけがない。従って無しだ。


 同じ部活動というのは可能性があるが、そもそも二年生にもなって部活動を始めるというのがまあまあレアなケースであり、それまでに人間関係は出来上がっている可能性が高い。


仮にどこかしらの部活動に所属できたとして、その関係性に割って入るほどの勇気と行動力が月見里にあるとは到底思えない。従ってこちらも無しだ。


 しかし、そうなってくると大分難しくなってしまう。


 まあ、そうでもなければ相談なんてしてこないか。


 さて。


 現状考えられる可能性は二つ。どちらもかなり望みの薄いものだ。ただ、


「取り合えず、手近なところから攻めますかね」


「……?」


 首をかしげる月見里。正直なところ、他に選択肢はなかったのか、と言われると大分苦しい。ただ、現状これ以外に思いつくものがないのだから仕方がない。その後のことは……まあ、行ってみてから考えよう。


「ついてきてくれ」


「あ、はい。あれ、でもこっちって……」 


 察しが良いな。


 その通り。月見里は恐らく見覚えがあるはずである。ただ、現状これしか選択肢が思いつかなかった。


 確認するまでもない。同じ教室の人間と友達になれるのならば最初からなっているはずなのだ。


 従って、二つある道の一つは、最初からふさがっているようなものなのだ。そうなってくると残るのは、


(先輩たち、落ち着いてると良いんだけど)


 部活動。それが紅音の、苦し紛れに出した結論だった。

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