応答さん!

嵯峨嶋 掌

お金がない!

 応募する気満々だった父を止めたのには、倍率が宝くじ並みだったこと以外にも、私なりの理由があった。

 なによりも〈応答さん〉に選ばれた場合、例外なく家族が崩壊するからだ。任期は三年間。家族と引き離されるのはもちろんのこと、その間、私信のやりとりは一切できない。

 しかも。

 歴代〈応答さん〉は、任期をまっとうしたことはない。

 常駐官舎の爆破、あるいは暗殺……、前代、つまり第十二代〈応答さん〉は、いまも意識不明のままICU隔離病棟に入ったままだ。


「┅┅お父さん、死んでもいいの?」


 呆れるよりも早く、私はそう叫んでいた。

 なにを血迷っているのか、いきなり〈応答さん〉に応募すると言い出すなんて、堅実を絵に描いたような父にはとうてい似つかわしくなかった。

 すると、

「金が┅┅」

 と、父はぼそり。

「┅┅必要なんだ!」

「あ」

「このままじゃ、会社が倒産してしまう……来月分の給料は、なんとか手配したが、この家も土地も抵当に入れて、利息が払えないし、な」

「そ、そうなの?やっぱり」

「この御時世だから、事業持続化給付金なんて、右から左で、手元に残らない┅┅」


 社員三十二人の外壁塗装工事を請け負う父の会社は、祖父から受け継いだもので、一人娘の私は短大に入学したばかり。看護師の母は、ウイルス感染警戒のため病院での寝泊まりが続いている。

 お金がない。それはよくわかる。〈応答さん〉の報酬は、月換算、国民一人あたり1円を負担するので、月収にして1億円はかるく超える。

 けれども。

 生命いのちの値段としては、どうなのだろう。

 年間12億円以上。三年で約40億円。

 やはり。

 家族にお金を遺してやりたいと思うのなら、あらがい難い金額なのだろう。 

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