8-20 警戒すべき者

 ボルケン少佐が去った後、軽い敵の残党探しと平行して、グーラス市街地に拠点を作ったエルヴィン達は、改めて今後の方針を定めるべく、原型を留めていた建物内にて中隊長以上の指揮官達を集め、会議を開いた。



「ガンリュウ中佐、周辺の敵の掃討はどうなってるんだい?」


「今の所、数人の逃げ遅れを見付けたが、全員が投降した。これ以上は、おそらく上手く逃げお失せたのだろう」


「フュルト大尉、市街地の防衛拠点化作業は?」


「大砲と罠の設置は完了し、野戦病院も設置済みです」


「ジーゲン大尉は……取り敢えず服を着たらどうだい? 冬の中そんな格好されると、こっちが寒々しく感じてしまうんだけど……」


「運動後で身体が暖まっているので大丈夫です! 何より、服を着ると暑いので、この格好をお許しください!」


「うん、まぁ……わかった」



 冬でも脱衣癖を発揮した獣人士官ジーゲン大尉はさて置き、当初の目的であるグーラス市街地の奪還に成功したエルヴィン達だったが、ボルケン少佐からもたらされた情報についても吟味せざるを得ない。



「グーラス市街地を確保した以上、これ以上の戦闘は戦略的には無意味だ。けど……南西に取り残された味方も無視は出来ない。皆はどう思う?」



 エルヴィンの意見に、一人の士官が手を挙げる。ロストック中尉の戦死により第四中隊隊長代理となった、若き女性士官メラニー・ギュストラウ准尉である。



「味方が取り残されているのであれば、助けるのは必定。今直ぐに動くべきではないでしょうか?」


「それは勿論、なんだけど……」


「敵の陸、海共の援軍が近くまで来ている可能性は高い。下手に助けに行き、敵と交戦して退く機を失えば、その間に退路を塞がれ孤立する危険もある。お前はそれを危惧しているのだろう?」


「ガンリュウ中佐の言う通り、そこがネックなんだ」



 グーラス市街地を予定より早く奪取できたとはいえ、そもそもが敵援軍到着までの、時間と運の戦いである。


 更に言えば、目と鼻の先には敵第二軍本隊が鎮座しており、手元にある戦力はたったの二個大隊。援軍に兵力を割けば更に減り、グーラス市街地の防衛には心許ない。最悪、此方こちらが援軍に行っている間に市街地を再奪還され、孤立、包囲殲滅という可能性もある。


 本隊に援軍を頼もうにも、おそらく編成、到着までに時間が掛かる上、何よりそれ程の兵力的余裕と時間的余裕も無いだろう。


 軽々しく「助けに行きます!」などとは口が裂けても言えず、ボルケン少佐にも濁した言い方をしたのだ。



「海はどうしようもないけど、陸の退路の確保については、この街の維持に兵力は割かなければならない。最低二個中隊、といった所かな?」


「この部隊の半分か……痛いな。王国軍の援軍が近くまで来ていなければ良いが……」


「おそらく、制海権が奪われた時点で援軍は要請されているでしょう。そして……」


「一個大隊と一個部隊。山中とはいえ、敵がそろそろ気付く頃合いですよね……」



 フュルト大尉の指摘を最後に沈黙する五人。味方を見捨てれば簡単に解決する問題だが、当然にこの選択肢は無い。半ば助けに行くのは確定ではあったのだ。


 しかし、下手に動く事も出来ない。敵陸軍の援軍が近くまで来ていると仮定すれば、退路を考えるなら、街の維持と味方救出の際に戦闘となるのは必定であり、兵力を分けての戦いを強いられるだろう。


 此処ここで、ガンリュウ中佐が、隅で優雅にコーヒーを楽しむ男へ、鋭い視線を向けた。



「で、其方そちらの大隊長代理殿は、これからの方針をどうするつもりだ?」



 皮肉と警戒心たっぷり込められたガンリュウ中佐の問いに、アベリーン大尉は微笑を浮かべて肩をすくめた。



「やれやれ……ガンリュウ中佐、同じ帝国軍の同志に対し、少々敵視し過ぎではないかね?」


「会議中に優雅なティータイムを興じている者に、不快感を持つな、という方が無理だと思うがな」


「私が飲んでるのは紅茶じゃなくてコーヒーだがね」


「屁理屈はいい……」



 更に細められたガンリュウ中佐の眼光に、アベリーン大尉はやれやれと苦笑をこぼすと、空になったコーヒーカップを手元の机に置いた。



「まぁ、確かに空気を読まなかったのは悪いが……私は所詮、大尉に過ぎない。同じ大隊長といえど、佐官最高位たるフライブルク大佐の指示が優先される。其方そちらの方針が決まらぬ限り、私は何も出来やしないだろう」


「つまり、此方こちらの決定に従う、という事か?」


「勿論、我が部隊に一方的な犠牲を強いる様な命令には従いかねるが、そう受け取って貰って構わない」



 不敵な笑みを絶やさず、不気味さを垂れ流すアベリーン大尉。これにはガンリュウ中佐も大嫌いな貴族臭が鼻に触っているらしく、少々、言葉が刺々しいのもその為だ。



「何によ、此方こちらの指揮権……正確には此方こちらの大隊長の指揮下に組み込まれるという事だな。なら、其方そちらからもグーラス守備用の兵力を捻出して貰えるだろうか?」


「構わない、其方そちらから一個中隊、此方こちらからも一個中隊を出せば良いのだろう?」


「いや、此方こちらからは一個中隊半、其方そちらからも二個中隊でお願いできるかな?」



 話に割り込んできたエルヴィンに、ガンリュウ中佐は不可解そうに眉をひそめ、アベリーン大尉は興味深そうな笑みを浮かべる。



「フライブルク大佐、理由をお聞かせ願っても……?」


「単純に、余り大所帯で移動すると、此方こちらの移動経路が敵に察知される危険があるのと、やはり二個中隊だけでは街を守り切れない」


「道理ではあるが、前者はどの道救出の際に敵に存在がバレる事により、後者はどの道兵力が足りない事により、無駄な様に思えるがね」


「いや、前者は敵と接敵しても、必ずしも退路まで計算される訳ではない。退路がわかっていればそこへの待ち伏せが可能になるけど、わかっていないのでは下手な深追いになるから、逃げ切れる可能性はうんと上がる」


「して、後者は……?」


「敵は此方こちらの兵力を把握はし切れていない。なら、ある程度の兵士を置いておく事で大分誤魔化し易くなり、敵の街への突入を遅らせられる。まぁ……ていの良い時間稼ぎだけど、私達に欲しいのは時間だから、有効だろう」


「確かに……敵第二軍にしても、背後の敵は無視出来ぬが、無視出来る様になるなら、わざわざ早急に殲滅する必要もない。過剰な犠牲を強いて無理な戦い方はしないだろう」



 この深く読み込まれた推測に、流石のガンリュウ中佐も心中ながら感嘆する。


(貴族の子弟の可能性が高い、とは聞いていたが……なかなかの戦略眼を持っている。もし、言う通りなら、油断は出来んか……)


 警戒心を更に強めたガンリュウ中佐に、アベリーン大尉は気付いたのか、軽い苦笑混じりの失笑をこぼした。


 こうして、一抹の不安要素を抱えながらも、味方救出の方向について、話が進められる事となった。

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