8-19 グーラス市街地戦

 グーラス市街地を目前に捉え、臨戦態勢に入った第十一独立遊撃大隊と第三三二砲兵大隊は、砲を使う機会も無いと、大多数の通常兵が小銃を構え、魔術兵は剣を抜き、僅かな魔道兵も杖を構える。


 こうして緊張感漂う空気の中、エルヴィンは偵察兵に市街地内部の偵察を命じ、アベリーン大尉が彼の隣に現れた。



「遂に始まるな」


「そうだね、敵が少なければ良いけど……」


「少々、弱腰ではないかね?」


「少なければ、大した苦労も無く攻略出来るよ」


「確かに……少ない方が効率的ではあるな」



 終始、楽し気だが不敵な笑みを浮かべ続けるアベリーン大尉を横目に、エルヴィンはグーラス市街地に目線を向けるが、ふと眉をひそめる。



「ちょっと妙だな……」


「どうしたのかな、フライブルク大佐?」


「いや、静か過ぎると思ってね……」



 市街地に入るまでに、それなりに歩いた筈である。シュルテン海岸防衛に戦力を割いて兵が少なくなったにせよ、だからこそ此方こちらから迫る帝国軍を王国軍が警戒しない筈はない。


 此方こちらが態勢を整える前に、妨害工作に奇襲や嫌がらせのたぐいを試みる筈なのだ。



「物音一つしない。潜んでいるにしても、此方こちらを警戒している雰囲気も無いし、何より人の気配が微塵も感じられない。私でも分かる程だ、ガンリュウ中佐なんかは更なる不気味さを感じている筈だ」


「お前の読み通りだ」



 市街地を警戒する二人の背後から、刀の柄頭に手を添えたガンリュウ中佐が現れる。



「薄々妙だとは思っていた。偵察が全く感じられなかったからな」


「ガンリュウ中佐、何故それを報告してくれなかったんだい……?」


「流石のお前でも気付いていると思ったのだ。すまん……お前は武人としては蟻にも及ばぬ事を忘れていた。次から気を付けよう」


「蟻って……」



 事実を更に辛く表現したガンリュウ中佐に、「無愛想で、冗談と分かり辛いな」と、エルヴィンが軽く苦笑した後、市街地から偵察兵が帰還した。



「報告します! 市街地内にて戦闘が行われている模様!」


「戦闘? 片方は王国の市街地守備隊だろうけど、もう一つは一体……」



 此処ここでエルヴィンはハッと気付く。



「残された味方か!」


「はい、帝国旗が見えたので間違いありません」



 全て納得がいった。偵察も無く、人気も無かったのは、その分の兵力が腹の中の異物排除に割かれていた為なのだ。



「となると、その味方と協力出来れば、綺麗な挟撃の形を取れるかもしれない」



 エルヴィンは近くの兵士に市街地内の地図を持って来させると、地面に広げ、偵察兵に指を指させた。



「味方は警察署に立て籠もって、建物を囲む敵に応戦している模様です」


「なら、その敵の背後を叩こう。包囲に陣形を広げている分、各地点の兵力は薄く、上手くすれば兵力分断、各個撃破に持ち込める」



 作戦を立て終えたエルヴィンは、部隊を中隊ごとに分け、市街地へと侵入させた。


 隠密行動を旨として移動させた事により、敵の背後を取る事に成功し、敵が油断しているうちに警察署を包囲する一部を強襲。


 包囲網に穴を開けた後、部隊を二手に分けて、警察署の両脇を通る様に敵の包囲円を削っていき、建物の反対側にて削り損ねを集めた。これを真ん中に部隊を合流させ、警察署内の味方の代わりに敵を包囲仕返す事となった。


 小さな脱出路は確保させながらも築かれた包囲網により、王国軍を壊滅させ、当初の予定である綺麗な各個撃破とはならなかったが、鮮やかな包囲殲滅を成功させた。



「助かりました。礼を言います、フライブルク大佐」



 傷だらけで額と右腕と左足に包帯を巻いた士官、グーラス市街地の残存部隊の隊長マティス・ボルケン少佐から求められた握手に、エルヴィンは差し出された手を強く握って応えた。



「御無事で何よりです」


「無様にも生き残ってしまいましたがな」



 マティス・ボルケン少佐。正規軍リーズスティーン駐留軍グーラス駐屯地所属の大隊長である。


 先の王国軍による侵攻では、共同戦線には参加せず最後まで住民の避難に徹し、戦線崩壊後に防衛戦を展開したものの所属部隊は壊滅。残存兵力を糾合して地下に潜伏し、敵の兵力が減った隙を狙って脱出を試み、結果失敗、包囲され、現在に至る。



「指揮していた部隊は最初の戦闘で約二割までうち減らされ、糾合した兵力も半数にまで激減。斯様かような失態、到底許される事ではないな……」



 弱々しく苦笑を浮かべるボルケン少佐に、エルヴィンは首を横に振る。



「いえ、貴官等が蜂起してくれていなければ、此方こちらが無視出来ぬ損害を被っていたでしょう。少なくとも、こんな簡単に市街地を奪還は出来なかった。感謝に絶えません」



 予期せぬ賞賛に、ボルケン少佐は少し驚き目を見開くと、ふと安堵に近い笑みをこぼす。



「そう言って貰えるとは……死んでいった部下が救われます」



 ボルケン少佐自身の怪我から、彼自身も他の兵士達と苦楽を共にしたのは簡単に分かる。そもそも部下を置いて逃げずに居た、というだけで賞賛に値するだろう。



「ボルケン少佐、此処ここは我々が預かります。後は任せて、シュテルン海岸に居る味方と合流し、傷の処置を。一個中隊程、護衛に付けますので」


「手厚い扱いに感謝するが、護衛は遠慮しておく。逃げ損ねた敵の残兵など我々だけでも対処出来るだろう。その代わりに……一つお願いしても宜しいか?」


「内容によりますが……聞くだけは、お聞きします」


「この南西の小山の山頂付近に小さな集落があるのだが、そこにも第二〇一大隊とヴィットラアー軍第一部隊を始め、かなりの味方が取り残されているらしい。彼等も助けてやって欲しいのだ」


「お引き受けします、とは胸を張って宣言出来ませんが……善処はします」


「それで構わない。重ね重ね感謝する」



 こうしてボルケン少佐率いる部隊は、やはり一個小隊程の護衛は付けられながら、シュテルン海岸へと向かって行った。

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