7-幕間2 指揮官達の休暇

 オリヴィエ要塞攻防戦は帝国軍の撤退により共和国軍の勝利として幕を閉じた。


  共和国民には大量の犠牲など無視して、例のごとく大勝利と報じられ、オリヴィエ要塞が一度敵の手に渡ったという事実は、不安が噴出する前にことごとく塗り潰された。


 今回、勝利に終わったという事になり、総司令官クロード・ペサック大将は表向きは御咎め無しとなった。が、彼の軍内での素行、最後の無様などが兵士伝いに市民へと伝播し問題となった事で、階級剥奪とはならなかったが、ゲルマン方面軍総司令官の地位は剥奪され、植民地駐留軍の司令官という地位に変換された。言わば左遷である。


 他、彼の幕僚達にも左遷や更迭、降格が言い渡され、大将の首席副官だったギヨーム・マシー少佐も大尉への降格と前線指揮官への転属が言い渡された。


 それ等によってゲルマン方面軍の椅子達が空席となる訳だが、後釜にヒルデブラント要塞攻防戦で指揮をったフェルディナン・ストラスブール大将と彼の幕僚達がソックリそのまま据えられた事により、別段気にすべき問題は起きず、逆に妥当だと評価する声が軍内外から送られた。


 このペサック大将の左遷に伴って穏やかで居られなかったのは、唯一アルベール・トゥールーズ現大統領率いる与党だけという事になる。


 元々ゲルマン方面軍総司令官の椅子にはストラスブール大将が相応しいという声が多数寄せられていたのを、彼等は現第一党の地位を使って、党と密接なペサック大将を椅子にねじ込んだのだ。


 それが蓋を開ければ人格的に問題のある人物だったとなれば与党に当然任命責任が出て来る。そこを野党に叩かれた末、ただでさえ低かった支持率が低下し、最早次の大統領選挙での敗戦は濃厚であった。


 ともかく、ゲルマン方面軍の新人事及び内政面における首脳部の刷新が確約された事以外、特に目立った事も無く、共和国内はいつもの日常が維持され、新年への、というより、その際のイベントの数々に、国民は期待を胸に抱く事が出来た。




 世暦せいれき1914年12月19日


 寒々しい気温が北部を中心に大陸全土を包み、大部分の地域では積雪も観測されていた頃、共和国首都リベルテでは、道路を薄っすらと白色に塗装する程度の雪が空から舞い降り続け、新たな年へ向け人々は祝いの準備に追われていた。



「寒いな……今年は一段と冷え込みやがる」



 共和国軍総司令部。建物の外に出たジャンは、軍服の上に、配給された厚手のコートを羽織りながらも、尚も肌を襲う冷気に悪態をこぼす。



「まったく……せっかく仕事が全て終わった解放感が、寒さで台無しになるなぁ……」


「文句を言ってもしゃあねぇだろう? 冬は寒い。当たり前の話なんだからよ」



 ジャンに遅れる事、同じ建物から出て来たシャルルだったが、相方とは違いコート無しの軍服姿なのにもかかわらず、表情には明らかな余裕が見られる。



「しっかし、ジャンの言う通り今年は特に寒いかもな! 上手いコーヒーでも飲んでったまりたいぜ!」


「俺より寒そうな格好しておいて、それで余裕そうな表情浮かべておいて、よく言うよ……」



 「ふぅ寒い」とジャンは白い煙を吐きつつ、眼鏡が曇ったので、袖でしもを拭い、掛け直した。



「これは明日辺りから盛大に降るかもしれんな……雪掻きすんのが面倒だ」


「家だけじゃなく、軍施設の除雪にも参加しなきゃなんねぇかもしんねぇからな。確かに面倒臭い」


「お前なら余裕だろう」


「余裕だが、やりたくもない事やるのは誰だって嫌だぜ」


「確かにな……」



 苦笑を浮かべる二人。先程まで彼等は、オリヴィエ要塞攻防戦における事後処理、報告書の束と悪意混じりの書き直しに苦心させられていた。



「それにしても……せっかく我が祖国に帰って来たと思ったら、報告書を書け、とはな。しかも、あの事務部の禿頭め……若くして中佐にまでなった前途有望な若者なんだから、とか嫌味混じりで言いながら散々、無駄な直しを命じやがってクソッ!」


「今回ばかりはお前に同意だな。命のやり取りをしている俺達だが、結局はこれも仕事でしかないのだと知らされてしまう。書類を作成し、上司に出し、直しを命じられ、それにかこつけて嫌味やら嫉妬さらで無駄な仕事を増やされる。馬鹿馬鹿しいな……」


「チクショウ、まったくだ! 俺は強敵と戦いたいのであって、書類と格闘したい訳じゃないんだぞ‼︎ オリヴィエじゃ彼奴あいつとの再戦も叶わなかったし……クソッ! 不完全燃焼だ‼︎」



 不本意な待機命令によって戦場に出るのが遅れてしまい、フライブルク中佐と再び戦える機会を逃した事が、シャルルは未だ未練として残っていた。



「今度こそ、今度こそは奴との再戦をなんと言われようと果たしてやる‼︎」



 闘志に燃えるシャルルを横目に、ジャンは「本当に戦闘馬鹿だ」と呆れつつ、前に視線を向けると、見覚えのある壮年男性と鉢合わせした。



「ん? トゥール少佐!」


「おぉ!  偶然だな! お前さん等は帰りか?」


「えぇ、少佐は?」


「ちと、忘れ物を取りにな。せっかくの休暇が貰えた矢先にちょっとした災難だ」


「我々もやっと仕事が終わりましたからね。明日から休暇です」


「そうか……という事は官舎に行くのだろう? 道は途中まで同じだから、共に行かんか? 話したい事もあるしな」


「そういう事なら。シャルルも良いか?」


「俺も構わんよ」


「それは良かった。なら早速向かうしよう」



 総司令部と同じ軍施設敷地内にある官舎へと向かう三人だったが、話題は当然オリヴィエ要塞攻防戦についてへとなる。



「ブレスト少佐とラヴァル中佐は、オリヴィエの戦いをどう思う?」


「自分は正直ホットしております。まさかジョンブルが動くとは予想外でしたが……お陰でオリヴィエは失われずに済み、帝国による大侵攻の憂いも消えましたからね」


「奪った物を潔く手放さなきゃならなくなった帝国軍が気の毒だろうな」


「それもそうだが……いや、質問が悪かったな。俺はジョンブルが動いた理由を知りたいのだ」



 改めて問われた内容に、ジャンは眼鏡を中指で整え、シャルルは腕を組んで空を見上げる。



「自分の考え……【解析者アナライザー】も含めてですが……帝国主義による領土拡大思想によるものかと。根本的な考えはそれとしても、何故、今動いたのかは情報不足なので何とも……」


「動くタイミングとして言ゃあ、帝国軍ブリュメール方面軍が立て続けの戦いで戦力を削がれたから、だろうな。帝国軍で戦い慣れして厄介なのはそこだから、弱った所を攻め込んだという訳だ」


「戦術的理由はわかる。しかし、政治的意味を見出せない。今まで動かなかった者が何故、今になって動き出したか。何より、宣戦布告からの動きも異常に早かった。事前に準備していたと見るべきだろう」


「本来はもう少し動き出すのは早かったが、オリヴィエで戦いが始まったから、その趨勢すうせいを見極めて動いた、という事か、ブレスト少佐?」


「おそらく」


「となれば、戦術的理由をジョンブルが政治的に採用したとは考えられんな」



 ますます深まる謎。これ以上はおそらく謀略的理由の範囲内であり、影に隠された何かを見極めるしかないだろう。現実の追随しない想像しか浮かばない。



「考えても無駄だな。そもそも、一軍人が政治について深読みしようなど烏滸おこがましいな。すまん、ブレスト少佐にラヴァル中佐……無用な事を聞いた」


「いえ、考えるだけは自由ですよ。何せ、此処ここは言論の自由が許される共和国ですからね」


「ブレスト少佐は上手い事言うなぁ……」



 皮肉混じりの冗談を言うジャンに、ニコニコと笑みを浮かべるトゥール。その横でシャルルは、前世の事を思い出していた。


(一軍人が政治について深読みしようなど烏滸おこがましい、か……アメリカじゃあ、軍人が政治家、大統領になる事例は沢山あったけどな)


 アメリカ合衆国歴代大統領には元将軍の姿もあった。有名な一例で言えば第二次世界大戦においてヨーロッパ方面軍の総司令官だったドナルド・アイゼンハワーだろう。いや、建国の父ジョージ・ワシントンも軍人であった。


 他、アメリカに限らず有名な国家指導者の多くに軍人の姿が散見されており、軍事と政治が無関係であるという論は成立しない事が簡単に分かる。


 軍人としての名声故に国家指導者になれた、という理由は勿論あるにせよ、真に優れた軍人が優れた政治的視野を持ち得るのもまた事実だ。


 そもそも、軍事自体が政治の一部である以上、政治的価値観との折り合いが必要であり、勝利だけを目指せば良い訳ではなく、如何いかに勝つか、というのも重要視され、司令官達は、戦いが政治にどう影響するかを考える必要がある。


 また、軍も組織である以上、的確な組織運営を必要とし、自然と指導力が必須となって来る。


 軍人、特に司令官という地位にある事で、自然と政治的能力も身に着くという訳である。


 しかし、軍人が政治に関与する事を良しと出来ないのもまた事実だ。


 一番の事例で言えば、これもまた第二次世界大戦に関し、大日本帝国の首相であった東條英機を中心とする軍事政権であったろう。


 軍に長年在籍した者は、当然軍事に関する知識を蓄えており、ゆえに政治より軍事を優先してしまいがちとなる。


 大日本帝国の有様を見れば分かる通り、軍事思想を優先……いや、それでも杜撰ずさんな思想を抱く余り、中国とアメリカという二つの強敵に挟まれた上、最終的にソ連に北から攻められるという醜態を晒した。


 何より、解放と叫びながら、事実上の植民地支配を侵攻地へと強いた事で、内部にも爆弾を抱えるという短慮さを示しもしている。


 結果、大日本帝国は原爆投下、ポツダム宣言受諾の上、悲劇だけの惨敗で終わったのだ。


 これは特異な一例であるとしても、軍人による支配の多くが軍事独裁、つまり、暴力による国民の支配となった事例は多々ある。


 軍とは一種の暴力機関であり、それへの指揮権を有する者が権力まで手に入れれば、暴力を脅しに好き勝手出来てしまう。


 これによって国を疲弊させ、国民を巻き込んで破滅へと向かって行進していく事となるのだ。


 だが、ふと考えてもしまう。


(元軍人の政治家の方が幾らか良いんじゃねぇのか? 少なくとも、能無しの政治家二世、三世よりかはマシな筈だ)


 民主国家の元首になるにせよ、独裁者になるにせよ、政権を長期維持するにはそれなりの能力が必要となる。確かに武力という力を保持しているが、部下達に軍を越えて政治に武力を用いらせられるかはまた別だ。それなりの人望と部下達にその利益を示せる宣伝能力が必要である。


 そういう意味では親の人脈を持たずに政権を取れるだけ、軍出身の権力者の方が政治家の息子や孫よりかは有能だろう。


 そもそも独裁者になるにも、国民の協力が必要だ。近代以降なら尚更。国民を納得させて権力を手に入れ、圧政を敷かれたとしても国民の責任だ。いや、今の政治家も国民が選んでいる以上、共和国政治の低迷は国民の責任ではある。


 政界そのものに、真面まともな政治家が居らずとも。


 そう思考の一周をしたシャルルだったが、トゥールが此方こちらに視線を向けている事に気付き、其方そちらへ視線を向けた。



「ん? トゥール少佐、何か?」


「いや……先程から気になっとったが……お前さん、いつも通りだな」


「何かおかしいんですか?」


「あんな新聞記事が出回っとるのに、と思ってな」


「新聞記事?」


「なんだ……まだ知らんのか」



 トゥールは手提げ鞄から新聞を取り出してシャルルへと手渡した。



「二枚目のページの一面に大々的に載っておるぞ」


「どれどれ……」



 新聞をめくり、トゥールの示した記事に目を通したシャルル。そして、彼は怒りを持って新聞の端をクシャクシャに握り締める事となった。


 記事にはこう記されていたのだ。


 "《武神》、悪名高きペサック大将を殴る。これには野党も賞賛の嵐"



「何だこの記事は⁈ ふざけている上に幼稚過ぎる‼︎ これじゃあ俺が野党に媚び売ってる様に見えるじゃねぇか‼︎ 誰があんな中身の無いスカスカな汚物と仲良くする気になどなるかぁあっ‼︎ 俺はこんな事の為に大将を殴った訳じゃないんだぞ‼︎」



 珍しく憤怒による怒声を吐くシャルルだったが、ジャンもトゥールも今回ばかりは彼に同情を禁じ得ない。



「お前さん、ヒルデブラント以前から活躍し、国民からそれなりの人気はあるからな。野党の政治宣伝に利用されてしまったのだろう」


「クソッ! 政治家の馬鹿共もそうだが、こんな下らん記事を平然と書く記者も記者だ! いったい誰だ! こんな阿保は!」


「シャルル、仕方ない。マスコミも所詮、権力者に媚びを売る生き物だという事だ。国民の目を無視して政治を賞賛し過ぎないだけマシだ」


「これが共和国の現状とはな……共和国も愚かな国という訳だ……」



 フライブルク中佐の言葉が脳裏で反復する。祖国が自分の嫌悪する姿になりつつあるのが腹立たしい。



「ラヴァル中佐……実はまだ、お前さんの機嫌を損ないかねない話がある」


「まだあるんですか⁈」


「記事を読み続ければ分かるが、野党は自分達が政権を取ったら、お前さんを大佐に昇進させると言っておる」


「はあぁあああああっ⁈ 武功も立てねぇのに昇進だと‼︎  誰もそんな事は頼んでねぇ‼︎」


「これも政治宣伝の一環だろうな。で、この記事について、門の前に記者がたむろっとったぞ? お前さんに取材したいらしい」


「断る! もし、無理矢理応じさせようというなら、降格覚悟で其奴そいつに暴言吐いてやる!」


「他にも、政治家……まぁ、野党陣営だな。彼等もお前さんに握手を求めている」


「それこそ虫酸が走る‼︎ あんな奴等と握手するぐらいなら、其奴そいつを殴り飛ばして服役した方がマシだ‼︎」



 「それじゃあ、当分牢屋に入れられて戦えなくなるぞ」と誰かが言いそうな所だったが、やはり、人を望まぬ見世物にするがごとき所業への嫌悪感は理解出来、ジャンとトゥールは苦笑を浮かべるだけに留めた。



「何にせよ、野党が政権を取るのは確定だからな。まぁ、公約した以上、お前さんは大佐に出世だな」


「嬉しくもない……」



 それはそれは不愉快そうに腕を組んで顔をしかめるシャルルに、「少々煽り過ぎた」と、トゥールは肩をすくめた後、愉快そうな笑みを浮かべ、話題を変える。



「今回、俺は出世しとらん」


「ん? なんですか、いきなり……?」


「お前さんが大佐になるという事は、連隊を率いる事になるかもしれんよな?」


「ん? 確かに……」


「と、なれば、部隊が再編、増強される訳だが……その際、


「……マジで⁈」



 不愉快感から驚愕に表情を変えたシャルルに、悪戯が成功した様な笑みをトゥールは浮かべた。



「いやいやいや! 何でそうなんですか‼︎」


「俺はまだ少佐で大隊長だ。なら、どっかの連隊に編入させられてもおかしくはない。どうせ編入させられるなら、お前さんの下が良いと思ってな。駄目なのか?」


「駄目って訳じゃねぇけど……そもそも希望が通るか分からんでしょう」


「なら、自分が人事部に交渉しておきますよ。今の部長は野党支持者で、誰か忘れましたが野党政治家とのパイプも持っているらしいので」



 ジャンは口元を不敵に歪ませながら中指で眼鏡を上げた。



「そのパイプラインを利用して、野党へ間接的にシャルルへ恩を売れる事を匂わせて、編入部隊の人事程度、直ぐに通らせられますよ。……あ! せっかくなら俺もお前の部隊に入ろう」


「ジャン、お前もか‼︎」



 困惑気味のシャルルを眺めながら、二人はニヤニヤと少し性根の悪い笑みを浮かべる。



「で、シャルル……どうすんだ? 嫌なら三十文字以内に理由を述べろよ」


「本当に嫌って訳じゃねぇんだが……どうも扱い辛そうだなぁ、と思ったんだよ」


「お前にしては珍しい高評価だな」


「評価したんじゃなくて、面倒だって言ったんだよ、俺は」



 共和国最強の魔術兵は翻弄された挙句、最終的に二人の能力が申し分無く、見知らぬ無能を押し付けられるより大分良いとして、部隊に入れるのを了承する事となった。



「おっと……もう一人る事を忘れとった」


「まだあるんですか⁈」


「俺達以外にもう一人、お前さんの部隊に入りたいと言っとる者がるんだ。お前さんに恩を返したいとか言ってな」


「誰ですか……?」


だ」


「……誰?」



 惚けている様にも見えるシャルルだったが、実際彼はマシー少佐について知らなかった。


 オリヴィエ要塞攻防戦において、ペサック大将に殴られそうになったのを救った相手だったのだが、彼自身救う為に殴った訳じゃなく、ただ単に気に入らなかったから殴ったので、誰を助けたなど興味も無かったのだ。



「まぁ……誰かは知りませんが、もう勝手にしてくれ……」



 いい加減考えるのも面倒になったらしいシャルルに、トゥールがやれやれと吐息をこぼした所で、丁度目的地に着いた。



「今度は辛気臭い話をせずに済んだ所で、俺は御暇させて貰うとしよう」


「トゥール少佐、休暇は如何どうなさるのですか?」


「先ずは娘の彼氏に会いに行かねばならん。少々話し合って、交際を認めるかどうか考えようと思ってな。合わない相手ではあるが……頭ごなしに認めぬ、では、大人気無いだろう」


「そうですか……では、良い休暇を」


「お前さんもな。……それにラヴァル少佐、敬語はいいと言っただろう。次からは気をつけてくれよ」


「わかりましたよ……いや、わかったよ、トゥールのおっさん」



 そうして挨拶を済ませ、トゥールは二人と別れて、シャルルとジャンはそれを見送った。



「さて、俺達も行きますかね……」


「いや、ちょっと待って」



 歩き出そうとしたシャルルをジャンが呼び止めた。



「何だ、ジャン?」


「忘れないうちに渡そうと思ってな」



 コートの胸ポケットを漁ったジャンは、一枚の小さな封筒を取り出した。



「これをお前にやるよ」


「ん? 手紙……?」



 謎の手紙を受け取ったシャルル。「何故、手紙なぞ渡すのだろう?」と彼は眉をひそめたが、封を開け、中身を確認した事で、納得と共に驚きと喜びが湧き上がった。



「こいつは!」


「あぁ……だ。元々オリヴィエでの戦いが終わったら式を挙げようって、エミリーと約束してたんだ。本当はトゥール少佐にも渡したかったが、まさか此処ここで会うとは思わなかったからな。お前宛の一枚しかなかった。まぁ……家族以外では一番目はお前と決めていたんだが」



 少し照れ臭そうに笑みをこぼすジャンに、シャルルはそれはそれは嬉しそうな満面の笑みを浮かべ、彼の背中を叩いた。



「そうかそうか、やっとか! いやぁ〜いつになっちまうのかと心配してたんだぜ!」


「痛ぇよ! 力加減考えろ!」


「おっと、すまん!」



 ジャンの背中から手を離し、ヒリヒリ痛むらしい背中をさする彼を眺めながら、シャルルはまだ笑みを浮かべ続ける。



「いよいよ結婚かぁ……少し置いていかれた気分になるな!」


「そりゃあ、お前には恋人すら居ないからな。作りたいのは思わないのか?」


「思わない訳じゃねぇが……俺は恋より戦闘だからな。作る手間を強者との闘争に当ててぇんだよ」


「本当にいくさ馬鹿だな、お前は……生涯独身で終わりそうだ」


「それはそれで仕方ねぇよ。それも一種の在り方、生き方だ」


「まぁ、本人が幸せならそれで良いが」


「はっはっは! なら、俺は恋人が居ない分の幸せを勝ち取らねぇとな!」


「そうかよ。せいぜい頑張る事だな」



 豪快に笑うシャルルと、毒気を吐きながらも笑みを浮かべるジャン。彼等の間には明確な友情が確かに存在し、その繋がりの糸は鋼よりも頑丈である様だった。


 後に、共和国軍の中核を担い、生涯に渡って名コンビとして知られる事になる二人。しかし、今は差し詰め、彼等は目の前の幸せを精一杯に楽しんだ。


 彼等が名実共に共和国の歴史に濃く名が刻まれるまで後数年の歳月を要したし、当分共和国軍はヒルデブラント、オリヴィエでの攻防戦の傷を癒さねばならず、帝国に至っては新たな敵に対しての対応を迫られ、両国による明確な軍事衝突が暫く見受けられなくなる。


 これは束の間の平穏に過ぎなかっただろう。しかし、束の間でも平穏ではあったし、今はただ、その平穏を楽しむのも悪くないと、シャルルは矛を収めて、友の幸せを我が事の様に喜び続けるのだった。

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