7-95 役割
オリヴィエ要塞陥落。その報告と、遠くに見えた内部で炎が灯る要塞の姿により、基地内の帝国兵達の口から歓喜の雄叫びが夜闇に響き渡った。
「「「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎」」」
帝国軍から響く雄叫び。情報が嘘偽りだと思っていた共和国兵達も現実なのだと流石に信じるしかなく、武器が次々に下ろされて行く。
「ばっ……馬鹿な…………」
ペサック大将は失意で崩れ落ち、マシー少佐は目を閉じて現実を受け入れるしかなく、トゥールは軍帽を地面に叩き付け、ジャンは拳を壁へ叩き付けた。
「またしても……またしてもか‼︎」
【
「エルヴィン・フライブルク……どれ程、我々に苦湯を飲ませられるというのだ……‼︎」
毎回こうだった。シャルルが戦った時も、自分達の手が届かない外で、知らぬ間に奴は勝利を掴んでいる。
自分達が奴自身を相手に手をこまねいている内に、もう既に奴は勝利へチェックを掛けている。
そして、
「戦術的勝利を戦略的勝利で覆す。これが奴の恐ろしさか……」
司令官や幕僚でもない限り、戦略に容易に口出しなど出来ない筈。しかも、大抵の司令官や幕僚達は尊厳の維持のため、外部からの意見に耳を貸さない。
それ等を無視させる程、前線指揮官たる自分の意見を聞かせ実行させる程に、エルヴィン・フライブルク中佐という人物は優れた戦略家なのだ。
「例え、司令官が策を採用しても、全てが通る訳ではなく、その作戦の有効性を低下させる場合もある。なら……もし、奴が司令官となり、大規模な、自由な采配が許されたなら……」
何と恐ろしい話だろうか。奴により蹂躙、侵攻される祖国の街並みが容易に浮かぶ。
燃える町、焼かれる人、壊される文化財、政府施設にはためく帝国旗。
分かっている。おそらく奴の自由な采配を、帝国政府は決して許しはしない。権力と欲に溺れたが故、それを許せる程の人格者は帝国首脳部には居ない。
だが、想像してしまう。自由な采配が許された時、こうなるのだと想像出来てしまう。
「もし、共和国が帝国に支配されれば、帝国語で帝国万歳と叫ばされるに違いない……そこに我々が愛した自由など微塵も無い」
だからこそ自分達は戦っているのだと、彼は改めて自覚し、決意を持ってルミエール・オキュレ基地に居るであろう、現在から将来に至るまでの脅威を睨み付ける。
「幸い、
我々が守っているのは共和国という
ならば、彼等を住まわせる家がブリュメール共和国である必要は無いのではないか?
最近の共和国は腐り始めている。なら、いっそ帝国に蹂躙させ、更地になった所を、奴等を追い出し、新たな国を作れば良いのではないか?
破壊無くして再生無し。国を変えるにはこれしかない、そうジャンが考え始めた時、トゥールに思考を引き戻される。
「ブレスト少佐、これからどうする?」
「……そうですね……取り敢えず、司令部からは撤退命令が出るでしょうから、当分は待機すべきでしょう。目標たるオリヴィエを落とした以上、敵も積極的には動いて来ない筈ですから」
「妥当だな。せめて、総司令官殿が
悔しさを我慢し、冷静さを保って先を見るトゥールに、ジャンは先程の浅ましい自分の考えに冷笑する。
何と大それた無価値な事を考えてしまったのだと、恥ずかしさが湧いたのだ。
そもそも、帝国に共和国を滅ぼさせる自体で問題がある。その間、帝国による虐殺や弾圧があるのは容易に想像出来るし、第一、守るべき自由を一時的にも捨てるなど、自由を正義とする我々にとっては自殺と同義だ。
新たな国を作ると言っても誰がその国を作って導くのか? 俺か? いや、そんな能力が無いのは分かっている
結果が魅力的に見えたばかりに、忌むべき過程をガン無視して理想を語るなど、帝国の皇帝や貴族共にも劣る思想。いや、下手したら周りを巻き込んで盛大に破滅への合唱を奏で出しかねない危険な思想だ。
何より、一軍人が考える事にしては壮大過ぎる。
「俺も存外、夢想家らしい……」
情報将校として想像力は必要だが、あり過ぎても問題だ。想像力により情報を誇張して、歪曲までしてしまっては、正確な情報を集めて伝えるという義務を損なう恐れがある。
無駄な事を考えるのは止めにしようと、ジャンは目先の未来について思案する。
オリヴィエ要塞が落ちた以上、敵は温存していた中央軍で大攻勢を掛ける可能性が高い。
もしそうならば、いつ? 編成は? 司令官は? 様々な情報の入手が急務となる。
これ等は自分達、情報将校の仕事だ。今後、自分達は重要な職務を果たさねばならなくなるだろう。
「そういえば、バニョレ准将は無事だろうか? 別段、尊敬に値する様な上官ではなかったが、人としては悪くない御仁だった。捕虜になってくれていれば良いが……」
この後、帝国軍が行うであろう事は【
願わくば、多くの同胞が存命である事を。
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