6-50 狙われる男爵令嬢

 クライン市民から逃げるリューベックとテレジアは、路地裏に隠れ、身を潜めていた。



「おいっ! 何処行きやがった‼︎」


「探せぇえっ‼︎」


「何としても捕まえるぞ!」



 息を殺し、集団が去るのを確認した2人。リューベックは安堵の吐息をこぼすと、警戒の為握っていた剣の柄から手を離す。



「どうやら行ったようですね……」



 そう呟きながらテレジアの様子を確認したリューベック。すると、彼女が正座し悲し気に俯いている事に気付く。



「テレジア様、大丈夫ですか……?」


「大丈夫……いえ、大丈夫ではないです。とても怖いです……」



 服の袖を掴みながら手を震わせるテレジア。クライン市民が狙っているのは彼女であり、捕まるのが怖いのは当然だろう。



「リューベックさん……」


「何でしょう」


「何で、私はこんな目に遭わなくちゃいけないんですか?」



 本当に何故こんな心優しい女の子がこの様な辛い目に遭わねばならないのか。理由はわかる。貴族令嬢だからだ。


 しかし、それは所詮地位であり、彼女自身を体現する構成物の欠片もない。そんなちっぽけな一部の為に彼女は危険に身を晒さねばならないのだ。


 それに、リューベックは隣で苦々しく両手拳を握り締めるが、これは今やるべき動作ではないと、直ぐに手を緩め、安心させるように微笑を向ける。



「御安心下さいテレジア様。護衛である私が安全な場所まで連れていきます。それに……この騒ぎです。ルートヴィッヒが気付かぬ訳はないでしょうし、此方に兵を派遣しているでしょう。十分に助かります!」



 元気付けるように告げるリューベックに、テレジアは少し気持ちが軽くなったのか笑みを浮かべ、立ち上がる。そして、喝を入れるように両手で頬を叩いた。



「メソメソしてても仕方ない! 早く戻ってボランティアに戻らないと! わたしの御飯を沢山の人が待ってるんだから!」


「その通りです! しかし…… 御自身を叩くのは止めて下さい。貴女に傷を付けたとあらば、私が怒られてしまいます」


「ごめんなさい。でも、その時は私が弁護しますよ」



 冗談を言う余裕が出来、笑いをこぼした2人は、クライン市民が近くに来て居ない事を見計らい、移動を開始する。


 目的地は本部がある東門。兵士の多い西門も考えたが、東門の方が近かった。


 しかし、それは当然、敵も予想しており、進むごとにクライン市民との遭遇頻度が増していく。


 何度か囲まれて捕まりそうにまでなり、流石のリューベックも鞘から抜かぬままながら剣を振るい、相手に致命的怪我を負わせない程度の自衛的暴力を行使し始める。



「やはり1人じゃキツイ……」



 過剰防衛になるから魔術も使えず、度重なる小競り合いで披露し、汗を流すリューベック。


 テレジアを守りながらの移動は、1人で魔術抜きでは無理がありそうだった。



「しかし……いったいどれ程のクライン市民がテレジア様を狙っているんだ。数が多過ぎる!」



 汗を袖で拭いたリューベックは、鎌を握って襲ってきた男、その鎌を剣で弾き、彼の腹部へ柄で打撃を与え気絶させる。


 しかし、その瞬間、目前の敵に集中した瞬間、その隙を突かれ、テレジアの背後から斧を持った市民が彼女へと迫っていた。



「しまったっ‼︎」



 それに気付いたリューベックがテレジアの下へと向かう為身体強化を発動するが間に合わず、市民の腕にテレジアの首が掴まれる。



「動くなぁあっ‼︎」



 勝ち誇ったように斧を掲げ、リューベックを制止する市民。


 それに、苦々しく黙って従うしかないリューベックは、足を止め、身体強化を消す為魔術を抑えようとした。


 しかし、その時、遠くから聞こえた銃声と共に市民の斧の木製の柄が折られる。



「何⁈」



 突然の事に驚き、折れた斧を目を見開いて見詰める市民。その隙をリューベックは見逃さなかった。


 リューベックは消さずに済んだ身体強化で市民の真正面に現れ、強化を消して彼の腹部に拳を食い込ませる。


 幸い骨は折れていないだろうが、強烈な激痛に苛まれた市民は、テレジアから腕を離し、腹部を両手で抑えた。



「テレジア様!」



 リューベックはその隙に彼女の手を掴み、銃声が聞こえた方へと走り去り、背後から迫る市民達を振り切った後、2人はまた路地裏へと隠れる。


 しばしの安息を得た2人。しかし、その前にはもう1人、別の人物が居た。



「援護射撃助かりました……ありがとうございます、アンナ」



 リューベック達の目の前、そこには小銃を手にしたアンナが立っていたのだ。

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