4-131 脆さ
昇進の話もひと段落し、司令部から出たエルヴィンとガンリュウ大尉。そして、2人は歓喜に満ちる部下達の下へと足を進めた。
「ガンリュウ大尉、これで君も少佐に出世だね、おめでとう」
「最年少で中佐になるのを、見事に蹴り飛ばした奴に言われても、嫌味にしか聞こえん」
「あはは……なんか、すまない…………」
苦笑を浮かべるエルヴィン、確かに歳下で、出世も早く、階級も上の奴に言われれば、少なからず、普通は苛立ちは感じるものだ。
しかし、エルヴィンの人柄を知るガンリュウ大尉としては、嫌味を言っている訳でもないと知っているので、不快感すら感じなかった。
それ以上に、大尉は、エルヴィンがそんな
「どうした……? 何か話でもあるのか?」
そう問われたエルヴィン。どうやら図星だったらしく、苦笑を消すと、珍しく真剣な表情を浮かべた。
そして、辺りに人が居ない所を見計らうと、突然、足を止める。
「ガンリュウ大尉、少しお願いしたい事があるんだけど……良いかい?」
それは、明らかに、いつものエルヴィンとは違う空気だった。
ガンリュウ大尉もまた足を止めると、エルヴィンへと向き直る。
「お願いとは何だ?」
「アンナの事で、なんだけど……」
アンナの名、それが出た時点で、ガンリュウ大尉はエルヴィンの真剣さに納得した。
「ガンリュウ大尉……おそらく、君なら気付いているよね?」
「ああ……薄々な。武神を相手にした時、フェルデン少尉が使った魔法だろ?」
「うん……その通りだ」
「やはり、あれは"精霊魔法"か」
精霊魔法、この世有らざる空間に存在する高次元存在、精霊を呼び出し、使役する魔法。一般的な汎用魔法とは一線を隠す、特に高位の魔法であり、魔法の才がある
「フェルデン少尉が使った魔法、確かに
「うん……その通りだ……」
「そして精霊魔法は
「君の言う通り……アンナの使う魔法は特別だ。だから……」
「少尉が精霊魔法が使える事、それを黙ってて欲しいんだろ?」
「うん……絶対に頼む……じゃないと……」
「フェルデン少尉の身に危険が及ぶ、か……」
エルヴィンは黙って首肯した。
アンナは貴重な高位の魔法が使える。それは統一重視の軍隊では意味はあまりない。そう、
しかし、貴族社会ではどうか、利用価値が余りにも高い彼女の魔法は喉から手が出るほど欲しいだろう。
そして、血統主義の貴族がアンナを手に入れたらどうするか。
彼女を種馬として精霊魔法師を量産しようとするのだ。
貴族自身、その直系、協力者、忠臣、親友、ありとあらゆる男が彼女、精霊魔法師の血を狙い、犯し、子を孕ませる道具とする。
しかも、彼女は美人で長命のエルフだ。
計り知れぬ長い間、彼女を絶望が支配し続けるだろう。死んだ方がマシと言えるぐらいの絶対が。
アンナを欲する貴族の出現、貴族でも権限が低いエルヴィンにとって、別の貴族からアンナを守れる自信はない。
欲深い貴族にアンナの魔法が知られた時点で、もうアウトなのだ。
「だから……アンナには最後まで、魔法を使って欲しくなかった……使わされるべきじゃなかった……」
苛立ちを表すように、自責をするように、エルヴィンは拳を強く握り締めた。
「これでもし、彼女の存在が知られれば……全て私の責任だ……私に力が無い責任だ……知られたらだめだ。絶対に知らせてはいけないんだ……だから……」
「目撃者への口封じがしたいんだろ?」
「他の目撃者達にも、後でお願いするつもりだけど……やはり最初は君だと思った。すまない……君を信頼していない訳じゃないんだ……だけど……」
「言わんでいい。何となくわかる……」
アンナ・フェルデン、彼女はエルヴィンにとって、友人以上の、おそらく自分の身体の1部そのような存在なのだろう。
少なくとも、ガンリュウ大尉への信頼をも上回る程の心配を抱くぐらい大切な存在だ。
エルヴィンにとって、彼女が隣に居るのは当たり前で、失ってはならない者だった。
アンナはエルヴィンにとって、心の拠り所の1つだった。
宝石すら目劣りする宝、それがアンナなのだ。
エルヴィンはそれだけアンナという存在を大切にしていた。
彼女を失う事が、エルヴィンには耐えられなかった。
エルヴィンが始めて見せた
自分の最大の弱点を教える程に信頼されているという事が、喜ばしかったのだ。
「分かった……フェルデン少尉の事は話さん。しかし、本人にこの事は?」
「言える訳ないよ……彼女に心配を掛けさせたくない」
「そうか……確かに、知らない方が幸せな類の事実だな」
ガンリュウ大尉から直接、
信頼している相手だからこそ、彼の口から安心感を得られたのは嬉しかったのだ。
アンナを本当に大切に思うエルヴィン、そんな姿を見て、彼女の恋心を知るガンリュウ大尉は、ふと、笑いを
少尉……案外、貴官の恋は簡単に叶うかもしれませんよ。
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