4-12 早朝の出来事

 世暦せいれき1914年6月6日


 まだ日が変わって間も無い早朝、空には星々が未だに姿を現していた。しかし、月の姿は見えなかった。

 この時、空には多くの雲が漂っており、月明かりが雲によって遮られていたのだ。


 共和国軍はこの夜襲の好機を見逃さず、要塞への2回目の攻撃を敢行した。


 兵力は、行動を敵に読まれない為に、1個師団、約1万2千と第1次攻撃より少数を投入し、彼等は帝国軍に気付かれないよう静かに要塞へと近付き、有刺鉄線に差し掛かる。そして、共和国兵達はナイフなどを取り出し、有刺鉄線を切断していく。


 進軍路を確保した共和国軍は、敵の第1次防衛線、敵防御陣地を目前に捉えた。


 敵防御陣地に潜む帝国兵達は、目前まで共和国兵が迫っている事に気付いておらず、共和国軍の夜戦行動は見事だと言える。


 その隙に、共和国軍は敵防御陣地制圧を目指して、立ち上がり、駆け出し、一歩踏み出した。


 しかしその瞬間、共和国兵の1人が地雷を踏み、下級魔法[ボム]が発動。爆発音と共にその兵士は片脚を失い、地面に倒れながら激痛に悶え苦しんだ。


 そして、その爆発音が帝国軍に、共和国軍による夜襲を高らかに知らせる。


 寝ていた帝国兵は叩き起こされ、起きていた兵士達は武器を構えた。


 要塞に設置された探照灯が爆発地点を照らし出し、暗闇に紛れていた共和国兵達が照らされる。

 

 敵部隊を視界に捉えた帝国軍は、共和国軍への苛烈な要塞侵攻への報復を行った。


 敵に存在が知られた事により、夜襲の意義を失った共和国軍は撤退を始める。しかし、帝国軍が座してそれを見守る訳は無く、帝国軍による苛烈な報復が続いた。


 共和国軍が本陣に撤退を完了した時には、およそ5千もの共和国兵の屍の山が積み上がり、師団の約半数の人命が失われた。


 結果として帝国軍は勝利を得たが、司令部には喜びの1つも現れてはいなかった。

 共和国軍の援軍が投入される可能性が、司令部に不安と緊張を与えていたのもあるが、夜中に就寝中を叩き起こされた不快感が含まれることも否めない。




 要塞でそんな出来事が行われていた時、そんな事とはつい知らず、部下達が出撃準備を進める中でも、ぐっすり寝たままの人間が居た。言うまでもなくエルヴィンである。


 部下達が未だ眠いのを我慢しながら出撃準備を淡々と進める中、部隊の長たる大隊長殿は、悠々と床に就いたままだったのだ。


 アンナは「またか」と内心呆れつつ、見かねて、エルヴィンを起こしに来ていた。


 アンナにとって、エルヴィンが寝坊するのは日常茶飯事であり、エルヴィンを起こしに行くのは日課なのである。

 アンナは、軍用布団にくるまりながら眠るエルヴィンの横に立つと、いつものように声を掛けた。



「エルヴィン、起きて下さい!」



 エルヴィンは唸りながら寝返りを打った。



「……まだ、5時じゃないだろう?」



 エルヴィンが寝ぼけ混じりでそう言うと、アンナは更に呆れる。



「5時に陣地を出発するからって、5時から動けばいいわけではないですよ。いいから早く起きて下さい!」



 エルヴィンに起きる様子はなかった。


 出撃予定時間が迫っているのもあり、早く起こす必要があると思ったアンナは、腰から拳銃を抜き、銃口を上に向けた。そして、引き金を引いた。


 銃声がテントの周辺にも轟き、近くに居た兵士達は一瞬、驚いたが、銃声が大隊長のいるテントからだと分かると、気にせず出撃準備に励んだ。


 銃声に驚き、流石に飛び起きたエルヴィン。そして、まだ眠たそうに、わずかに開くまぶたから見える瞳をアンナに向け、アンナはその様子を見ながら、拳銃を腰にしまった。



「おはようございます」


「おはようアンナ……もう少し優しく起こしてくれないかな?」


「優しく起こしましたよ? 本当なら、エルヴィンを縄で縛った後、その縄を馬に括り付けて、引きずり出すところですから」


「いや……それ……もう、拷問だよね?」



 エルヴィンはアンナの冗談であることを知っていたが、僅かながら命の危険を感じ、完全に目が覚めた。



「君さぁ……私を起こす時とか、仕事させるときとかに、毎回、過激な冗談使うのやめてくれるかなぁ……軽く命の危険を感じて、怖いんだけど」


「普通にやっても動かないですよね?」


「それは……まぁ……そうだけど……」


「それなら、今まで通り命の危険を感じて貰うしかないですね。それが嫌なら、自分から動くよう努力して下さい」



 エルヴィンはぐうの音も出なかった。もともとの原因は、アンナに全て任せる自分自身にあったからである。彼女に文句を言う資格など本当は無いのだ。

 それでも、エルヴィンは自分の生活を変えないだろう。それぐらいで変えるなら、アンナの苦労はとうに終わっている筈である。

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