3-20 急報

 エルヴィン達、第11独立遊撃大隊が訓練を行っていた時、ブリュメール方面軍総司令部総司令官室で、グラートバッハ上級大将は副官のノイス少佐からの報告を聞いていた。



「ここ3ヶ月の間、こちらの敗北が続いており、前線の村や拠点が、共和国に次々と奪取されています。このまま行きますと、近々、敵の大攻勢がある物と、作戦室は予想しています」



 副官の報告を聞いたグラートバッハ上級大将は、深刻そうに渋い表情を浮かべた。



「敵が大攻勢を掛けるとすれば、やはり、あそこだろうな……」



 グラートバッハ上級大将は嘆息をこぼした。



「ここ数年、帝国は小競り合いで共和国に敗北を喫し続けている。勝利を得た戦いも少なくは無いが……やはり、敗北の方が目移りする。これまでは、何とか3要塞で敵の侵攻を防ぎ、それを押し返す事で前線を維持し続けてきた。しかし、それがいつまで持つものか……」


「それもこれも、貴族どもが優秀な人材を引き抜くのが原因です!」



 ノイス少佐は苦々しい表情で不満を漏らした。


 帝国軍は正規軍と地方軍に分かれており、地方軍は各貴族が最高司令官となっている。

 前線で生死の境で戦う正規軍と違い、地方軍はほとんど戦闘の無い安全な軍隊で、しかも、給料が正規軍より良いという事で、軍人を目指す人々にとって、1番の勤務希望先であった。

 士官学校首席や次席などは、真っ先に地方軍に入隊する上、正規軍で目覚ましい活躍をした軍人が、貴族の口添えで地方軍へ引き抜かれる事も多い。

 それ等が積み重なっている上、戦闘で次々と有能な人材を失うのが合わさり、正規軍では人材不足が深刻となっていたのだ。



「地方軍さえ無ければ、我々はその分の兵力も合わせて、とっくに共和国など滅していたのだ! それを貴族の世間知らず共が……」



 ノイス少佐はふと、グラートバッハ上級大将も貴族である事を思い出し、自分の言葉が、上級大将への不敬にもなるのではと心配する。


 しかし、上級大将本人に気にする様子は無かった。



「少佐、あまりそういう事は口に出さない方が良い」



 グラートバッハ上級大将の注意を聞き、ノイス少佐は迂闊な発言を反省しつつ、不敬に当たらなかった事を内心ホッとした。



「失礼しました閣下……」



 ノイス少佐は咳払いし、気を取り直して報告を続けた。



「次に、閣下が創設なされた第11独立遊撃大隊ですが……」


「ほぅ!」



 グラートバッハ上級大将の深刻な表情が崩れた。その部隊へ特別な思い入れがあるのか、興味と、楽しみだという気持ちが顔に現れていた。



「現在、野外演習場で訓練を行っていますが……現状ではやはり、陣形の乱れや、個々の戦闘の腕の未熟さが問題となっているそうです」


「なるほど……流石に彼でも、直ぐにはどうにか出来んか」



 笑みを浮かべるグラートバッハ上級大将を、ノイス少佐は奇妙に思った。



「閣下、なぜそこまで、フライブルク少佐に期待を寄せているのですか? 確かに優秀ではありますが……閣下が気にするには値しないと思うのですが?」


「それはだな……」



 その時、司令官室の扉が勢いよく開き、グラートバッハ上級大将は話を途中で止め、2人の目が扉に向いた。


 扉の前では、息を荒くした1人の兵士が、疲れた様子で膝を抱えていたのだ。



「おい貴様っ! ノックも敬礼も無しに司令官室に入るとは、どういう事だっ‼︎」



 ノイス少佐の怒号が兵士へと向けられ、兵士は慌てて、疲れながらも敬礼した。



「閣下、無礼をお許し下さい」


「慌てた様子だが、何があった!」



 グラートバッハ上級大将はこの時、頭に1つの不安と予想が浮かんでいた。



「帝国情報部から緊急通信が入りました。共和国にて大規模な兵の移動を確認。数日以内に、帝国にを掛けるものと推測されます」


「何だと!」



 ノイス少佐は驚きを隠せず声を張り上げ、グラートバッハ上級大将は深刻な表情を浮かべた。


 やはり……。


 上級大将の不安と予想が、不本意ながら的中してしまったのである。




 世暦せいれき1914年5月21日、帝国軍に共和国軍大侵攻の知らせが入る。

 グラートバッハ上級大将は直ちに兵の招集をかけ、防衛準備に入り、その兵士達の中には、エルヴィン達、第11独立遊撃大隊も含まれていた。


 新兵の未熟さが、未だ拭えていないにも関わらず、エルヴィン達は戦場へと赴く事となったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る