3-18 小隊長の自己陶酔
「はい、そこまで!」
エルヴィンの手の音と言葉を聞いて、大隊長の存在を知った兵士達は緊張で固まり、ぎこちなく敬礼した。
口論していた2人も、大隊長に気付き、口論をやめ、敬礼した。
「これは大隊長! 隊長自ら、衛生兵小隊に何の御用でしょうか?」
衛生兵小隊長ウルム准尉。整った髪に、顎や口元の髭は綺麗に剃られ、軍服は着崩すことなくキッチリと着込まれていた。士官学校出のエリートである事を彷彿させる、見栄えを意識した格好である。
しかし、エルヴィンは彼を見た途端、非好意的な印象を持った。
ウルム准尉は、まるでゴマをするような笑みをエルヴィンに向けており、しかも、それはエルヴィン個人へというより、貴族という立場への行為だったのだ。
エルヴィンは、それを少し不愉快に思いながらも、平静を保ちながら話しを始めた。
「只、様子を見にきただけなのだけど……ウルム准尉、これは一体どういうことだい?」
「新兵の小娘が小官に下らないことを言ったので、それを注意していただけですよ」
「私には、君が怒鳴り散らしていただけに見えたけど?」
ウルム准尉の笑みが一瞬崩れた。
「下らない事を言ったからと言って、それがどう下らないのかも教えず、ただ怒鳴るのは、上官としては問題だよ」
「
自分の部下を平然と、立て続けに無能と罵った青二才の准尉に、エルヴィンは憤りさえ覚え始めた。
「つまり君は、部下達が無能だと言いたいのか?」
「そうでしょう? 彼らは士官学校も出ていない、何の知識も無い役立たずですよ?」
ウルム准尉は自信に浸る様な笑みを浮かべた。
「士官学校では、軍事に特化した教育が施されます。つまり、士官学校を出た者は、一兵卒から始める人間より有能なのです。私はその有能な者達の1員として、小隊を任せされているのです。それと比べれば、コイツらは士官学校で軍事について学ばず、その知識も持たずに軍に入っている。どう考えても無能でしょう」
ウルム准尉の言葉は最早演説だった。
士官学校出のエリートを崇高化し、自分が崇高な方の人間である事に酔いしれている。そして、それ以外の者を見下し、罵る。
自分は特別な人間だから何しても良いという事を、高々と述べたのだ。
それはまるで、いじめをする子供の心理にも似た自己正当化だった。
最早、聞くに耐えない言葉の羅列に、エルヴィンは溜め息を
「呆れたな……」
それは、エルヴィンの言葉にしては、相手に対して失礼極まる一言だったろう。
そして、その一言がウルム准尉の怒りを刺激した。
「呆れた、だと……?」
「君の言葉は、自分が有能な人間だから、自分が認め無い人間をどう扱っても許されると言っている。そんな訳は無いだろう? 有能な人間なら、犯罪が許されるのかい? 強姦が、強盗が、殺人が許されるのかい? 君が言っているのはそういう事だよ」
「小官をまるで悪人の様に言うのは止めていただきたい。小官は、自分が有能だということを言っているのです」
「部下の意見に対し反対意見も出さず、意見の内容では無く、部下が無能という先入観で頭ごなしに否定し、あまつさえ怒鳴る事によって、部下が意見する事自体を封じようとした君が、有能だと私は思わない。私からすれば、君も実戦経験の浅い青二才の新兵に代わりはないよ」
部下を蔑ろにする人間をエルヴィンは嫌う。ウルム准尉もそれに当てはまる為、エルヴィンの注意が、怒り混じりの少し鋭利な物になっていた。
そして、その強い注意が、ウルム准尉の怒りの火薬に引火し、爆発させた。
「貴族だからって下手に出ていれば図に乗りやがって‼︎ 貴様のように頼りない人物を隊長だと認めていない! そんな奴に何と言われようと俺の知ったことではないわ‼︎」
ウルム准尉はエルヴィンに怒鳴り尽くすと、苛立ちが治らないまま背を向け、テントを出て行った。
その背中を見ながらエルヴィンは、冷静になり、そして、反省する。
そもそも、先入観を抱かずに部下の意見を聞く士官自体が少なく、どんなに実戦経験の深い軍人であっても、自身の知識と経験を絶対の自信としている為、部下の意見を正当に評価出来ない。
それが実戦経験の浅い新兵となれば尚更である。
戦場の現実を知らない新兵は、理想だけを考え、理想だけを信じている。自分は戦争で活躍できる人材だと。
そんな兵士を実戦に出る前に、普通の士官ですら出来ない事を求めるのは、酷な事だったろう。
エルヴィンは、頭に少し血が上ってしまった自分を少し恥じた。
「あの〜……大隊長、これからどうすればよろしいでしょうか……?」
その声でエルヴィンは、ふと、周りの様子に気付いた。
衛生兵達は小隊長が出て行った事で、これからどうしたらいいのか分からず困っていたのだ。
エルヴィンは反省を後回しにして、兵士達に指示を出した。
「とりあえず訓練は一時休憩! 20分ほど休んだら、副隊長の指示に従ってくれ!」
指示を聞いた兵士達は、不安が晴れ、枷が外れた様に一斉に動き出すのだった。
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