3-13 中尉の苦悩

 エルヴィンは、次に第2中隊の下を訪れた。

 第2中隊長はジーゲン中尉で、兵士は全員、通常兵である。


 エルヴィンが第2中隊の下を訪れた時、兵士達はジーゲン中尉の指導の下、組手と射撃訓練を行っており、中尉が見ているのもあってか、こっちの兵士達は、第1中隊の兵士よりも真面目に訓練を行っていた。


 しかし、エルヴィンは訓練をしている兵士達以上に、ジーゲン中尉が気になっていた。

 中尉は兵士の組手の相手をしていたのだが、初めて会った時同様、上半身の強靭な肉体を太陽に晒していたのだ。



「またジーゲン中尉、服を脱いでいるな……」



 エルヴィンはちょっと戸惑いながらジーゲン中尉の下に近付き声を掛けた。



「ジーゲン中尉」



 ジーゲン中尉はエルヴィンに気付くと、兵士達に一時休憩を言い渡し、敬礼した。



「フライブルク少佐、何か御用でしょうか?」


「兵士達の様子を聞きたくてね」


「兵士達の様子、ですか……」



 ジーゲン中尉は敬礼を止めると、兵士達を見渡した。



「やはり新兵ですから……動きはあまり良くありませんね」


「やる気の方はどうだい? ガンリュウ大尉は無さ過ぎると言っていたけど……」


「やる気、ですか……」



 ジーゲン中尉は少し言いにくそうに少し渋い顔をした。しかし、尊敬する上官に聞かれた以上、答えない訳にはいかない。



「やる気は……良いとは言えないですね」


「中尉もそう思うかい?」


「はい……」


「そうか……何故だろう……」



 エルヴィンが頭を捻って考える姿を見て、ジーゲン中尉は「理由を聞かないでくれ」と心の中で願っていた。


 ジーゲン中尉は、ガンリュウ大尉、フュルト中尉ら3人の中で、1番エルヴィンを慕っている。その為、敬愛する上官を非難するような発言を、本人に対して口にしたくは無いと感じていたのだ。


 「貴方のスピーチが酷かった所為で兵士達のやる気が失われた」などとは、口が裂けても言えない。


 しかし、



「ジーゲン中尉は、理由は何だと思う?」



 エルヴィンはジーゲン中尉に聞いてしまった。



「えっと……いや……その……」



 尊敬する相手に真っ向から言う訳にもいかず、ジーゲン中尉は言葉を濁した。


 しかし、目の前で答えを待つ上官に、嘘をつく事がどうしても出来なかったジーゲン中尉は、観念して口を開いた。



「昨日の少佐のスピーチが短く、やる気が感じられなかったから、です……」



 ジーゲン中尉から伝えられた衝撃の事実に、エルヴィンは呆気にとられた後、苦笑いしながら頭を掻いた。



「そうか、私の所為だったのか……」



 エルヴィンは一頻ひとしきり反省した後、ジーゲン中尉に目を向けた。



「すまない……言いづらい事を言わせてしまったね」


「いえ、お気になさらず」



 この時、ジーゲン中尉は改めて、この若い少佐が尊敬に値する上官である事を実感した。


 独裁国家、専制国家の軍隊において上官は、部下に対して絶対的な権力を有している。

 それが多くの場合、上官の自尊心を増長させ、部下への理不尽な扱いへと発展することも少なくない。


 しかし、エルヴィンは、自分の非を認め、部下に頭を下げることが出来る。

 それは、規律重視の軍隊では、部下への自分の発言力を低下させてしまう行為ではあるが、指揮官としての誠実さを物語っており、部下からの信頼を勝ち取るには申し分なかったのだ。


 ジーゲン中尉が、エルヴィンに一層の尊敬の眼差しを向ける中、当のエルヴィンは、自分の言葉がどれだけ部隊の指揮に影響を与えるのかを痛感していた。


 スピーチも案外重要だなぁ……確かに、前世の歴史上でも、上の者の演説が兵士達の指揮を上げ、戦いを勝利させた事がある。さらに、歴史が動いた瞬間には必ず演説が存在する。人の言葉は、この世で最も優れた武器なのかもしれない……。



「今度からスピーチも気をつけた方がいいね」



 エルヴィンは改めて反省し、改善の意欲を示した。


 エルヴィンの気持ちが一区切りついたのを確認し、ジーゲン中尉は改めて彼に話し掛けた。



「少佐は、この後も部隊を見て回るのですか?」


「うん……まだ、第3中隊を見ていないからね」


「それは、御苦労様です」


「見て回るだけだから、ほとんど苦労なんてしてないよ」



 エルヴィンはジーゲン中尉に笑みを見せながら言葉を返した。そして、やはり、あの事が気になった。



「ところで、前から気になっていたんだけど……中尉はどうして訓練の時、毎回、上半身裸でいるんだ?」



 上半身裸、その異様な姿でいるのが、どうしても気になってしまったのだ。



「これですか? ただ単に、訓練していると暑くなるので、涼む為に脱いでいるだけですが……」



 「何、当たり前のことを聞くのだろう?」という目と共に、答えが返された。


 しかし、それでもエルヴィンは納得出来なかった。



「涼むとはいっても、そんな、ずっと裸でいるのは、恥ずかしくないのかい? 男同士ならともかく、部隊には女性隊員もいるんだから」


「小官は日々、身体を鍛えております。他人に見られる程度で恥ずかしがる程、柔な身体はしておりませんので」


「中尉は、自分の肉体に自身があるんだね……」



 「それでも、堂々と上半身裸でいることは、ないと思うけど……」とエルヴィンは心の中で思いつつ、口には出さず、心の中に止めておいた。

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