ラピスラズリ

@DanDanwo

01,文化

「あっ!」

瞬間、僕の手からピアスが離れ暗い谷へ吸い込まれるようにして落ちていくのがわかった。(もっとここでは🔲でいうところの触覚、視覚を初めとする五感なるものとは多少違ったインターフェイスになるが。)

 ピアスを落としてからその事実の反芻に気を取られ暫く茫然と時を過ごしてしまった。静寂が流れた。

 無から始に僕の脳に湧いた感情は「焦燥」であった。ピアスを落としてしまった。探すにもこの谷を降りるのは不可能に近いだろう。ピアスの復元という方針も不可能だ。僕の死は確定した。

 次に湧いたのは「憤怒」であった。別段怒りの対象が存在するわけではない。死への恐怖を前にし、空っぽへ回帰してしまった僕の脳内の隙間を埋めるよう理不尽にも湧いたものであろう。

 兎角、今現在自分が立たされている状況をうまく認知できず僕は数年ただボーっと其の場から動けなくなってしまった。耳には谷の入り口付近で青い砂の靡く耳障りな音しか聞こえない。谷底に落ちたピアスの反射音も聞こえない。

 ふと何処に留まっていたのか、色鮮やかな鸚鵡が羽音を鳴らし、羽ばたいた。そうか、呆然と僕は何万年ほど時を過ごしてしまったのだろうか。王族はもう滅んでしまったのだろうか。それとも...。

 僕は頭をぶるぶるっと震わせ、空を仰いだ。先程まで僕を囲っていたビル街は森林へと姿を変えてしまっていた。

「あ、ブルジュハリファは残っているのか。不思議なこともあるんだなぁ。」

想像よりも数万年時がたったと言われれば若々しい声が僕の嘴から発された。

 硬い音がした。ピアスが谷底へ落ち、音を立てたのだ。

 生命は巡り、文明が残り、破壊と構築がなされた。僕だけ此処にとどまっているわけにはいかない。それにここはどうにも静かすぎて過ごしづらい。


「遠くへ行こう。」

重い翼を持ち上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラピスラズリ @DanDanwo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ