05「アスモデウスの助言」

 数日がたちました。父は懇意にしている同僚やら仲間たちに、殿下の心変わりにつながるような何かをつかもうと、それとなく聞き出してくれているようです。

 しかしこれといった情報もなく、聞こえてくるのはヴォルチエ・ソランジュ嬢の話ばかり……。それもとても良い評判ばかりのようです。

「それがおかしいのですよ! どのような令嬢とて悪評の一つや二つはあるものです」

 我が家では父の書斎に毎夜集まっては、情報交換などしております。兄は父から話を聞いて、また頭に血を上らせました。

「まあ、座りなさい。少しは冷静になれ。お前の悪い癖だぞ」

「はい……」

 父にたしなめられ兄はドカッとソファーに座りました。

「お兄様。私の悪評も聞かれますか?」

「お前に悪い噂などあるわけなかろう」

「ありがとうございます」

「まったく……」

 悪評がない令嬢様だっておりますよ。

 誰にも恨まれなければ悪い噂など広がったりしません。そのような陰口は自分の身を貶めることにもなりかねませんから。女子の世界もなかなか複雑怪奇なのです。

「騎士団での評判はどうなのだ?」

「さあ? 社交界など無縁の連中ばかりですからねえ」

「魔導師団は?」

「ビュファン家に同行している魔導士たちと交流があるようですが、特に噂などは……」

「政務も貴族院もそうだ。本当に気味が悪いほど悪い話など聞かん。かえって不気味だよ。いや。連合王政府に恭順の意を示していると言えるな」

 辺境伯などの地方貴族は、王都に来れば中央の貴族たちと軋轢をうみがちです。ヴォルチエ家にそれがないのは、やはり王室に近しい存在だからだと不安になります。


 母がティーワゴンを推して入室しました。このような話し合いをメイドに聞かれるわけにはいきません。

「書類はあちらから催促されるまで止めておくよ。お前の方では何か噂などは聞かんのか?」

 父は母に毎日聞いているようです。夫人たちの情報収集能力はあなどれません。母は直接娘の話は聞けないので、知人やメイド経由で噂話を聞いてくれています。

「前に言ったとおりですよ。噂好きの御夫人たちも、何も知らないようです。ヴォルチエ家の令嬢も、たいして話題になっていないようですねえ」

 つまり私の婚約破棄もまだ話題になってはいないのです。もしかしてアルフォンス様は迷っているのでは……? 

 わずかな可能性でも、すがらずにはいられません。

「やはり俺がアルフォンスに面談を申し込みましょう。このままではラチがあかない」

「時間ばかりが過ぎるのは得策ではないか……。やってみろ」

「はいっ」

「ただし、言い過ぎるなよ」

 兄は覚悟を決めたように無言で頷きました。さすがにアルフォンス様をいきなり殴ったりはしないでしょう。


  ◆


 深夜、自室のバルコニーから月を見上げます。もしかしてアルフォンス様も同じ月を見ているかもしれないと。

 でも、すぐに誰かと共に見ているのでは? と想像し、首を振ってその悪夢を打ち消します。

「人間って執着がすごいよね」

 またルシファーがやって来ました。最近多いのですよ。人が幸せな時には遠慮してくれて、不幸な時に現われてくれます。

「精霊様は違うのですか?」

「まあね。飽きたら興味は他に移る。あれ? そのアルフォンスってヤツみたいだなあ」

「……そうですね」

 思えば子供の頃から私たちはずっと一緒でした。私の隣にはアルフォンス様がいて、アルフォンス様の隣には私がいました。婚約するずっと前からです。

「いえ。人と人との関係は、ただの興味の対象同士ではありません」

「好きなように生きればいいんだよ。人の寿命なんて短いんだしさ」

「……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る