渇望 / 山羊ノ足跡

追手門学院大学文芸同好会

第1話


 この人生のテーマを、見つけた気がした。

 

「つまらない言葉を吐くんじゃない。もっと本音を、俺に聴かせてみろ」


 目の前の男は、そう傲慢な台詞を言い慣れた様に吐き出した。


 男との関係性を説明するとするのであれば、俺は男にとってはただの気まぐれで拾った玩具のようなものなのだろう。その目に映っているのは好奇心と、人一倍強い欲。つまらなければ男は俺の命を容易に奪うに違いがなかった。


 男は人々から鬼と恐れられる怪物だ。人肉を喰らう、尽きぬ欲望を持て余す人喰い鬼。


 そんな鬼からの問いに、俺は一体何と答えを返せばいいのだろうか。


「俺は、ただ、普通の生活を遅れればそれで……」

「普通? 普通ってのはなんだ。お前の中の普通は、一体どの程度のものなんだ」


 問われているのは、俺の人生についてだった。

 それは、自己の主張、命の消費、限られた時の中、求めるもの。

 俺は今、自分の人生と命を懸けて向き合っている。


「ひ、人と同じでいいんだ。目立たない、そこらにいる人と同じような、生き方で」

「……つまらない。つまらない言葉だ。それがお前の在り方なのか? 他のやつの生き方を真似るためにお前は生きてきたってのか?」


 そうなのかもしれない。しかし、それは違うと、否定したい。そんなことの為に産まれてきたわけではない。だがしかし、自分が吐いた言葉は男が言った生き方を肯定していた。


 俺はおそらく、特出することを恐れている。身に余る欲望を抱けばその身を亡ぼすと、確信があるわけでもないのにそう信じ込んでいるのだ。人と同じ、足並みを揃へ生きる事に安心感を抱き、その一歩前へ進もうとすれば他者からの攻撃を受けてしまうのだと思い込んでいる。その考えが、前へと進む意思を引き留めてしまうのだ。


「一体これは、誰の人生だ、えぇ? 他人と同じ様に欲の量を調整しないといけないなんて、誰が言ったんだ! 抱えろよ、その身に余る欲望を! 悩む前叫んでしまえっ。欲しがることはすべてが肯定されるべき在り方だ! 結果を考える前にまずは叫べっ。先がどうなるかを気にして生きる事がどれだけ窮屈なことかを知ってみろっ‼」


 男は叫ぶ。その表情は怒りで満ちているというのに、力強く放たれる声は全てを受け入れる優しさで満ちていた。


 常識を照らし合わせるのなら、この鬼が言っている事は間違いだらけだ。世界は、自分が望んだものを手に入れれるほど甘くはない。手に入れることができなかった失望を、屈辱を、恐怖を俺は知っているのだ。だが、しかし。だがしかしだ。欲望を抱くことを、夢や贅沢を望むことが何も悪ではないのなら、他人がそれを手にしようとする俺を嗤う声は、全てごみ箱にでもぶち込んでしまってもいいのだろうか。


「……うまい、飯が食いたいんだ」

「もっとだ」

「強要されたことを、我慢しながらしたくなんてないんだよ」

「あぁもっとだ」

「人間関係なんか気にしながら生きたくない。将来どうなるかなんか気にしたくもない。できるなら好きな奴らとしか関係を持ちたくないし、好きなだけ楽しい時間が過ごせるならそうしたいっ。金が欲しい時に金が沸いて、贅沢座が飽きるぐらいまで遊びつくして、飽きた瞬間に終われるような、そんな人生が俺は欲しいっ‼」

「もっともっと叫んでみろよ‼」


 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。心が空になるまで、その欲望が尽きるまで。


 叫ぶほど、内から湧き上がるの激情を楽しいと感じた。思わず、笑う。止まらないのだ、この昂ぶりが、傲慢なまでのこの欲が。


 世界はここまで自由だった。ここまで、求める事を許してくれる。想いは確信に変わり現実に起こせる事なのだとそう思った。叫んだ想いは、欲は、すべてやれば叶えることができるのだ。


 そう、この人生のテーマは……






 あとがき

 初めまして、山羊です。今回は文学フリマ作品と言うことで色々と考えたのですが、こういったいつも通り、自分らしい作品を書くに至りました。

 普段からこういった千文字程度の作品を書いています。初めて読んでいただく貴方に何かしらを感じていただければ幸いです。

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