不満物語
「なぜ職員室に呼ばれたかはわかっているな」
「はい」
ぼくは椅子に座っている権八っつあんに返事をした。
「何か申し開きはあるか?」
「襲われました。3人がかりで。隣のクラスが1人、上級生が2人。全員が武器を持っていました。ヌンチャクやらメリケンサックやら特殊警棒やら。こちらとしては身を守らなければなりません」
「ケンカの原因は?」
「いや、これは断じてケンカなどではありません。一方的な暴力です。殺人未遂です」
「ケンを襲った3人組にも事情を聞こうとしたが、興奮して奇声を上げたり、ブルブル震えていたり、小便を漏らしたり。三者三様だ。先生はケンの担任だ。お前を信じている。が、
「いきなり難癖をつけられ校舎裏に連れて行かれました。『生意気だ』とか『調子に乗ってんじゃねえ』などと言われ武器で攻撃をしてきたんです」
「見たところケガはしてないようだが。よく無事だったな」
「いいえ、わき腹に一発、背中に一発いいのをもらいました。今夜あたりアザができることでしょう」
「その手の甲やヒジにある
「ああ、これはお灸の
「火傷痕についてはわかった。だが、ケンの話が本当だとしたらおかしい部分がある。丸腰のケンに対して武器を使う3人。状況からしてなぜケンはピンピンしている? なぜあの3人組はおかしくなっているんだ? ああン?」
「それはあの3バカとは鍛え方が違うからですよ。返り討ちにしてやりました。おかしくなったのはぼくに対して今まで味わったことのない恐怖を感じたからではないかと。ところで先生、凄む相手を間違えていませんか? とりあえずはこの件が解決するまで学校は休みます。なんせ殺されそうになったんでね。ぼくの両親からあらためて先生に説明が行くと思います。安心して勉強できる環境づくりができたら知らせに来てください。それじゃ帰ります」
「待て! 話はまだ……」
権八っつあんに手を掴まれたのですかさず
ドスンという鈍い音は床に尻もちをついた時の、ガツンという痛そうな音は机に頭をぶつけた時の音。
職員室ではあまり聞かれない音。
「ウウッ……」
「手を強引に掴むのは体罰になるかもしれないから気をつけてください」
痛さで
誰もぼくを追ってこなかった。
家に帰るとまっすぐに自分の部屋に向かいベッドに横たわった。
疲れがドッと出た。
こんなはずじゃなかった。
ぼくは強くなったのに。
可愛い女の子と仲良くなった。
テストはいつも満点。クラスでトップ。
苦手だった体育も抜群の運動神経で皆んなを圧倒している。
売られたケンカにもビビらず対応。
そもそも恐怖を感じなくなってしまった。
師匠と過ごした夏休みの影響のおかげなのは明白。
夢にまで見た状況が現実になった。
小学校生活をエンジョイ出来るはずなのに。
実際は違っていた。
縁あって仲良くなったミーナは誰もが認める可愛い女の子。
だけどぼくに対しての束縛がキツい。
「あれをするな、これをしろ。他の女の子と親しくするな」
などなど。
そもそもミーナという存在はぼくにとって何なのだろう?
彼女? 交際相手?
交際する上で必要な告白はぼくはしていない。
「ところで君、孔子の『男女七歳にして席を同じゅうせず』という言葉は時を超えてなお輝きを放っていると思うが君の意見を聞かせてほしい」
数日前のミーナのパパの問いかけが頭によぎる。
今なら「さすが孔子。もし孔子がこの時代に生きていたら親友になれそうです。意見が合うので」なんて答えたりして。
勉強もできるようになった。
その代わり、テストで低い点数を取る奴を内心で見下すようになった。
授業は予習済みで大体はわかっているから退屈だ。
レベルの低い奴らに合わせているのが問題だと思う。
ついてこれないのは捨ててしまえばいいのに。
運動全般も得意中の得意に。
ずば抜けた体力と鍛え上げた反射神経と運動神経にモノを言わせて体育では大活躍。
ただ、球技などでヘマをしたクラスメイトに罵声を浴びせること度々。
ぼくがヘマをした時は皆んなの前で容赦なく責められた。
だから球技が上手くなったぼくは責める側に回った。
それがイヤならば、ぼくみたいに上手くなる努力をすれば何も言われないのに。
暴力とは無縁だった。
いや、おっかなくって立ち向かうべき場面でも謝っていた。
今は違う。
やたらめったら襲われるようになった。
上級生から、隣のクラスの奴から。
中には生意気な下級生からも。
複数で。
武器を持って。
身を守るためにはこちらもやるしかない。
無論、手加減はしている。
そして奴らは負けると決まって教師や親どもに泣きつくのだ。
いっそ怒りにまかせて暴れに暴れてやろうか。
本当はそんなんじゃなく、もっと気持ちのいい男らしいケンカがしてみたい。
「腹式呼吸で横隔膜を鍛えるとオドオドした性格とはオサラバできるから習慣にしとけ」
昔、師匠が教えてくれた。
おかげで今じゃ怖いものなし。
松ぼっくり小学校の誰もが恐れている権八っつあんが小さく見える。
強面ではあるが無能かもしれない。
それが何より証拠にはこのぼくにいらぬ脅しをかけてきた。
手を掴まれたので思わず技をかけてしまったが、あれは権八っつあんが悪い。
ゴチャゴチャ言ってきたら出るところへ出てやろう。
考えを整理していたら頭が重くなってきた。
熱を測ったら37度4分。
こりゃ明日は休むかも。
いや、しばらく休むんだから関係ないか。
今はただ伊豆の山奥が恋しくてならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます