第二幕 男子三日会わざれば刮目して見よ
犬も歩けば
第一幕では夏休みに師匠と修行したことで様々なことを学んだ。
対してこれから始まる第二幕はぼくのうぬぼれが吹き飛ぶ物語。
これもまた一つの成長の形。
さあ、始まり始まり~。
自宅で寝ても朝の5時になると自然に目が覚めてしまう。
習慣の力、恐るべし
まずはトイレと洗面を済ませたら部屋で軽く
足幅は肩幅と同じくらい。
ヒザをやや曲げ、腰を気持ち落とす。
両腕は前方に大木を抱えるが如く。
口を閉じ、舌先を前歯の根元に付ける。
体のどこも力まず、操り人形が吊られるような浮遊感。
10分経過したので終了。
スマホで『マーガレット花沢の星占い』をチェックして今日の運勢の確認。
牡牛座:犬も歩けば棒に当たる。吉凶混合運。
その一行だけ。
なんだコレ!?
雑な占いには呆れるしかない。
実を言うとマーガレット花沢は患者として師匠の治療院に来院したことがあるからどんな占いをするかは気にはなっていた。
その正体は序二段で引退した元力士の
ジャージに着替えて外へ出る。
今日も快晴。
近くの川沿いの遊歩道にてジョギング開始。
伊豆の山での石松との鬼ごっこと比べればどうってことない朝飯前の運動。
それでもせっかく鍛えた体をなまらせたくはなかった。
もう師匠との生活は終わってしまったのだ。
いつも自分に厳しくあれ。
甘えや怠け心は敵だ。
しばらく走っていると喉が渇いてきた。
近くにコンビニが見えてきたのでスポーツドリンクを買うことに。
さあ、頑張れ!
あと約50メートルも走ればオアシスにたどり着けるぞ!
目標地点をコンビニに変更して走り出そうとした時、異変を感じた。
一人の男が店から猛烈な勢いで飛び出してくるのが見えた。
片手にキラリと光る物を持って。
あれは刃物!?
しかもこっちに向かって猛ダッシュしてくるではないか。
コンビニ強盗なのか!?
固まるぼく。
このままではピンチ。
な~んてね。
左手の親指を右手でつかんで引っ張る。
右手の親指を左手でつかんで引っ張る。
同時に息を“ハーッ”と吐き出す。
上がった重心を気海丹田に収める。
我を取り戻すことに成功。
ここまでで約3秒。
師匠の教えは百万の味方。
あとは己の為すべきを為せ。
落ち着いたので周りがよく見えるようになった。
刃物男はこっちに迫っている。
「どけぃッ! このクソガキィッ!」
ダッシュ中に息切れもせず大声を出せる体力は評価できるけど所詮は小悪党。
ぼくは軽くその場で何回かジャンプ。
刃物男の意識を上方に向ける。
それから突如地面にしゃがみ、その体勢のまま男の足元にぶつかった。
「ああ~っ」
男は突んのめり前方へ豪快なダイビング。
頭から数メートル先へ突っ込み、何回かゴロゴロとでんぐり返しをした後、バタリと動かなくなった。
その拍子に刃物も男の手から離れていった。
素早く立ち上がると真っ先に刃物を確保。
「君、大丈夫? ケガはない?」
駆けつけてきた女性のコンビニ店員に聞かれた。
「ええ、なんとか。怖くなってしゃがんだのがラッキーでした」
そう答えた。
本当は格闘マンガに出てくる合気道の技をマネたのだが予想以上にうまく決まったのでぼくも驚いている。
犯人の方を見ると男性のコンビニ店員に押さえつけられていたのでホッとした。
「もう警察は呼んだから安心して。でもお手柄ね。君のおかげで強盗犯はスッテンコロリ。マヌケな最後を見ることができてスカッとしたわ」
「お手柄だなんて。そうだ、これは男が持っていた刃物です。はい、どうぞ。それじゃぼくは学校があるんで」
「あっ、ちょっと!」
ぼくは刃物を店員さんに渡すと制止も聞かずに家に向かって走り出した。
師匠戦法その2、面倒そうな現場からは急速に離れよ。
ありがたい教えには感謝するしかない。
遠くからパトカーの音が近づいてきた。
あとは警察に任せればいい。
それに今日から二学期が始まる。
家に帰ってからシャワーを浴びてしっかり朝飯を食べて、いざ松ぼっくり小学校へ。
特に急いだわけでもないのにあっという間に学校に到着してしまった。
あれ、なんで?
通学路が短くなったわけでもあるまいし。
昇降口で上履きに履き替えると、階段を一気に駆け上がる。
途中、何人かのクラスメイトを追い抜いていった気がする。
校舎の3階にある5年3組の教室に入るのは久しぶりで新鮮だった。
「おはよう、皆んな元気だった?」
大きな声で挨拶した。
だが挨拶が返ってこない。
ざわついていた教室の中がシ~ンと静まり返った。
「誰だ、お前?」
しばらくして返ってきたのは挨拶ではなく、怪しい者を警戒する問いかけだった。
その後、ようやくぼくがあの八井戸健だとわかってもらえた。
やがてクラスメイトたちがぼくの机の周りに続々と集まってきた。
「へえ、変われば変わるもんだな」
と、言うやつがいれば、
「体の厚みが倍近くなったね」
と、ぼくの体をベタベタ触る女子もいて、極めつけは、
「実はUFOにさらわれて宇宙人と入れ替わったという説をオレは支持する」
などとおちゃらけるお調子者まで出る始末。
だけど悪い気はしない。
思えば学校でこんな風に囲まれることなんてなかったなあ。
「なあ、なにがあったんだ?」
「ジムに入会でもしたとか?」
「実は天狗にさらわれて山で修行していたという説をオレは支持する」
惜しい!
最後の発言は当たらずとも遠からず。
「オイ、お前ら早く席につけ。初日からたるんどるぞ、このパコすけども」
みんなからの質問攻めにあっていたらドスの利いた声が響いた。
すなわちぼくらの担任、
たちまち蜘蛛の子を散らすようにみんながそれぞれの席についた。
この権田権八先生は5年3組の生徒全員から、いや、松ぼっくり小学校の生徒全員から恐れられている。
体が大きく、半袖のポロシャツからは太い腕がニョキッと出ている。
角刈り、鋭い目つき、カリフラワーのようにつぶれた両耳、おでこには向こう傷。
ドスの利いた声で“このパコすけ!”と怒鳴られると皆んなは震え上がってしまう。
ちなみに口癖の“パコすけ”だが、正しい意味は誰も知らない。
「あの、パコすけってどういう意味で?」
前に、パコすけ呼ばわりされた男子が権田先生に直接聞いたら、
「お前みたいな者をパコすけというのだ。わかったか、このパコすけ!」
と、さらに叱られたことがあった。
ネットで検索しても、辞書を引いてもわからないがロクな意味じゃないのは想像できた。
そして権田先生は知らない。
ぼくたちが陰で
教壇の上に立つと権八っつあんは朝の会を始めた。
「おーし、みんな夏休みボケはしてないな。今日の予定だがこれから体育館で始業式だ。校長先生のお話しをちゃんと聞けよ。教室に戻ったら宿題の提出だ。提出したら帰ってよし。忘れた者は覚悟するように。それじゃ今から出席を取る。といっても見た所全員そろっているな……って八井戸の席に座っているお前は誰だ?」
権八っつあんまでぼくの変わり様が信じられないのがおかしかった。
「やだなあ、自分の生徒を忘れるなんて。正真正銘、八井戸健ですよ。先生こそ夏休みボケなんじゃないですか。ワハハ、ワッハハハ」
カンラカラカラと師匠譲りの豪傑笑いが響きわたった。
直後、教室の中がしんと静まり返った。
その反応がやけにおかしくって、再びぼく一人だけワハハワッハハと大いに笑った。
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