世界は光り輝く
丸太小屋には治療院と居住空間と書斎の他に道場もしっかりとある。
部屋の半分が板張り、もう半分が畳敷き。
キチンと神棚まである本格派。
8月に入ってから道場で師匠とスパーリングをするようになった。
決まった型なんかはない。
突き、蹴り、投げ、関節技。
本能のおもむくまま師匠に攻撃を仕掛ける。
当然、通じるわけもない。
さらには師匠もぼくに対して突きや蹴りを放つ。
もちろん、本気ではない軽い攻撃。
本能のおもむくままそれを避け、かわして、サバいていく。
「目で追うな! 動体視力に頼るな! 本気の攻撃かフェイントか考えるな、相手の気配を感じろ!
師匠が不甲斐ないぼくに檄を飛ばす。
だけど、そろそろ限界。
強くなりたい気持ちは誰にも負ける気がしないのに。
「よし、ちょっと休憩。座ってよし」
師匠の声が天使の声に聞こえる。
「
「ええっ、石松を! だって石松はただの山ザルじゃないですか」
ぼくが師匠と仰ぐのはただ一人、スエヒコ叔父さんだけだ。
なにが悲しくって石松を師匠としなければいけないのか。
「いや、動物の動きから編み出された拳法は
「……はい」
石松を師匠とするのは癪だが仕方がない。
「よろしく頼むよ、石松」
ぼくは石松に頭を下げた。
「ウキーッ、ウキキキ」
歯をむき出しにして笑って勝ち誇る石松。
くそ、やっぱり納得がいかない。
しかし強くなるためには耐えてやる。
とは言ってもやることは変わらない。
石松がちょっかいを出してきてぼくがやり返す。
バナナを奪われたり取り返したり、プリンを奪われたり取り返したり。
時には取っ組み合い、時には山の中まで鬼ごっこ。
いつものじゃれ合い、ふざけ合い。
ケンカのようで遊びのようで。
食事もお風呂も寝るのも一緒。
不思議なもので、四六時中生活を共にしていると言動が石松に似てきてしまった。
余計なところまで。
嬉しい時や驚いた時にはついうっかり、
「ウキー」
などと言ってしまう。
食事のマナーもサルのように汚くなり、とても見られたものじゃない。
スパーリングでも石松のマネをしてサルのようにちょこまかと動いてはみたが、文字通りの猿真似であるおかしな身ごなしはふざけているようにしか見えない。
師匠を信じてはいるけど、少し不安にもなる。
本当に石松を師として強くなれるのかな。
あっ、そうだ、とても不思議な体験をしたのを忘れていた。
前に師匠が言っていた『生命に優劣はない』という言葉がウソではなく本当だったと鮮烈に悟ったんだ。
それはやけに月明かりが眩しい夜だった。
眠れなかったのでいつもの山の中腹で站椿をやることにした。
そんな気分だったのだ。
付き合わなくてもいいのに石松も站椿をやっている。
夜空の月は煌々とぼくらを照らしている。
川のせせらぎ、虫の鳴き声、風が葉を揺らす音。
すべてが心地よかった。
するとそれは突然起こった。
体中に力がみなぎった。
気の通り道である経絡がもれなくつながったような。
見るものが何もかも光り輝いている。
世界が生命で満ち溢れていたなんて。
生命のエネルギーを感じる。
ぼくの生命も、石松の生命も、虫や木の生命でさえも同じ生命。
そこに優劣などはなく、生命はみんな同じ生命でしかなく、ただ光り輝いている。
もはや、ぼくというちっぽけな意識もなかった。
弱いぼく、強くなろうとするぼく。
どうであろうとぼくという仮初めの形は解体され、なくなった。
ただ、地球を含めたあらゆる生命とダンスを飽きるまで踊っていた。
できる限り言葉で表現したけれどどれだけの人がわかってくれるだろうか。
と同時に、わかってくれなくっても構わないという気持ちもウソじゃない。
次の日の朝。
「おっ、ケン坊も世界の真の姿を垣間見たな。顔付きを見ればわかる。悟る時は悟るもんさ。まあ、おめでとう」
師匠はぼくの顔を見るなり言った。
「生命に優劣はないと言う意味がわかりました。この体験を夏休みの自由研究にしようかな」
ぼくの言葉に、
「ワッハハハ、そいつはいい、ワッハハハハ」
と師匠は大笑いした。
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