第56話「プライドとフライド」

 ドラゴン種の進化。


 元々強力なドラゴン種が進化するというのは、非常にまれなことである。

 だが前例がないわけでもなく、古い文献ではしっかりと記録し、人々の記憶として残されていた。


 ──それこそ、かつては厄災と呼ばれた、王都を襲ったドラゴンもその進化の果てに生まれた化け物であると言われていたくらいだ。


 そして、厄災の目ともいえるアークワイバーンは、十分に栄養を取り、

 ワイバーンの上位種として進化した幼体は、まだまだ成長の途上であった。


 みてのとおり、ドラゴン種は進化のたびに強力になり、そして、種を超越していく。

 この『特別な絆スペシャルフォース』の手によって無理やり進化した、ダンジョンボスであるワイバーンも例外ではなかった。


 奴はもはやダンジョンのボスであったことなど忘れたかのように、大空の覇者として君臨し、ミカ・キサラギらの手によって運ばれていた、高濃度の高圧縮された経験値を蓄えたエサを欲するようになっていた。


 傀儡化された魔物の遺体。

 そして、魔石。


 だから、各地の狩場を襲った。

 そこにいる魔物と、狩場のボスを食らい──巣を飛び出してからもひたすら食らい、食らい、食らい尽くして……。満腹になったところを追いつかれて攻撃された。




 その果てに、アークワイバーンは脱皮し────…………さらに強力な魔物となった。





『『『ギェェッェェエエエエエエン!』』』





「ひ、ひぃ……!」

「ば、ばかな────き、傷が消えただと?! ば、バカなぁぁあ」


 メリメリメリと、古い皮を脱ぎ捨てるようにしてアークワイバーンが皮膚の下からさらにどす黒く染まった体をのぞかせる。


 それは全くの無傷────……おまけに手足が増え、羽も……頭部までもが増えている。


「げ、ゲイン! なんだよあれは!!」

「ちょ、ちょっと……は、話が違うわよ?! た、倒せるって言ったじゃない!」


 口々にゲインに詰め寄る『特別な絆スペシャルフォース』の面々。

 さらには、


「み、ミカ、死んじゃったの?」

「シャーロットどの! むやみに前に出てはいけませんッ」


 ガクリと腰を抜かしたシャーロットと、彼女を背後に庇う女戦士『赤い腕』のレイン。

 そして、ミカは────。


 ミカは────……。


「う、ううううう、うるさい! まだだ! まだ終わらんよ!」

 勇気を奮い立たせるように声を張り上げたゲイン。


 グレンとチェイルを押しのけると、残るメンバーに言った。


「たかが脱皮だ! 一回や二回脱皮したからと言ってそれがどうした?!」

「いや、おまえ────!!」


 ゲインの言葉にグレンは指を指して言う。


「見ろよ! や、奴の姿を!! どうみても無傷じゃないか!? 俺たちの攻撃が全然効いてないじゃないか!!」


「そ、そうよ!! どうやって倒すのよ! あ、あれじゃ────まるで無敵、」



「うるさいうるさいうるさい! 無敵の魔物などいるものか!! とにかく攻撃だ!! まずは攻撃だ!! 即攻撃だ!! いいから戦え!!」


 戦え! 

 戦え!!

 戦え!!!



「それに見ろッ! お、俺のユニークスキルがあんな奴なんざ────食らえッ」


 ユニクースキル【時空操作】発動ッ!




  スキル────『時間停止タイム』!!




 ピタ……!



「は、はは! 見ろ! まだユニークスキルは通用する! 俺の【時空操作】なら奴を止められる────イけぇぇえ!」


「い、行けって、言ったって…………。お前のスキルじゃ、時間を止められるのは、せいぜい1~2秒じゃねーか!」

「そんなんじゃ、どうやってあれを──」


「うるさい! 四の五の言わずに……」





『『『ギェェッェェエエエエエエン!!』』』





「うわわ……もう動き出した! ゲイン! もう一度止めろぉぉおお!」

「む、無茶言うなッ! クールタイムがあることは知っているだろうが!────……えええい! 全員で攻撃しろぉぉぉおお」


 それまでは連携が取れていたというのに、ミカが脱落し、

 ゲインの指示が雑になったことで一気に形成が逆転し始めた。


 さらには、アークワイバーンが無傷で戦列に復帰したことで、終わりを確信していた『特別な絆』の士気が崩壊し始める。


 一方的に押していたように見えて、『特別な絆』も疲労が蓄積し、

 消耗品を湯水のごとく使いつぶしていたのだ。



 そのストックが……今尽きる────。



「おりゃああ!! 原子破壊! 原子破壊!!」


 ある程度速射の効くユニークスキル【原子変換アトミックチェンジ】を立て続けに放つグレンに、

「ひるむな!! 脱皮直後なら動きは鈍いはず────つっこめぇぇえ!」


 『暴風』の二つ名を持つ傭兵のアベルが、部下を連れて再びアークワイバーンの足回りを攻撃し始める。

 ドラゴン種は強力な魔物だが、機動力さえ奪ってしまえば勝てない相手でもない────。



『ギェェッェエエエエエエエエエン!!』



「ぐわぁあ!」


 だが、

 増えた腕と増えた羽────そして、尻尾!!

 予想外の位置からの攻撃にアベルを含め、高Lvの傭兵達が薙ぎ払われ一気に戦線に穴が開く。


「アベル殿ぉぉぉお!!」

「……く、来るな、レイン!────ゲイル様の護衛に徹しろ!」


 ぼた……。ボタ……。

 地面に転がる赤黒い何か──。


「く……。しくじった──」

 鋭い一撃に、腕を失っていたアベルが剣を杖に起き上がると、生き残った傭兵を集めて円周陣を組む。


「こ、これは負け戦だ! こうなっては、もはや手が付けられん────レイン! お前はゲイン様を…………」



 ズンッ…………!



「グ……、フ」


 歴戦の傭兵であり、

 ゲインのクラン──『特別な絆』の戦闘部門を支える縁の下の力持ちであったアベル。


 ユニークスキルこそ持ちえないが、レアスキル【剛力招来】という、筋力及び攻撃力の急上昇というレアスキルをもち、……かつては戦場の英雄として知られていた猛者もさだ。



 その彼が──────。



「ぐが、ゴフ…………」


 アークワイバーンの尻尾に腹を貫かれて、その切っ先にぶら下がっていた。


「ば、ばかな──アベルまでもが?」

 ようやく、敵の強大さに気付いたのか、

「く…………………。ここまで、か」

「お逃げ、く────」


 ガクリと首が垂れ下がるアベルを見て、ようやく事態の深刻さに気付いたゲインは、顔面を真っ青に染めていた。


「ば、ばかな……! バカな!! バカナァァァァァ!! ゆ、ユニークスキル持ちがこれだけ集まって、魔物一つ倒せないなんてぇぇぇえ!」

「ゲイン様! 退きましょう! これは……これは負け戦です!!」


 レインはアベルの言葉を守り、ゲインを脱出させようとする。

 しかし、それが悪手だったことは言葉を発してから気づいた。


 負、け……?


「負け戦?? 負け、だと?…………この俺が?!」



 ぎぎぎぎぎぎぎ



「げ、ゲイン様! 今、退がらなければ────全め」

「だったら全滅するまで、戦えやぁぁぁあああああ!! 戦え戦え戦え! タタカエェェェ!! 戦いこそが傭兵の唯一の存在価値だろうがぁぁぁああ! お前ら傭兵にいくら金を出していると思っている!! 全滅ぅ?──知るか!! アベルだろうが、知るか!! 傭兵が何人死のうが、冒険者が何人死のうが!!」



 知るかぁぁぁああああああ!!



 ガシリと、レインの胸倉をつかむゲイン。

「きゃ! な、なにを──」

 その拍子に彼女の鎧の留め具がはじけ飛ぶ。


「──ユニークスキル持ちさえ生きていれば、いくらでも再建できるんだよぉぉお!!」

「そ、そんな──……!」


「そんなもこんなもあるかぁぁああ! 負けだと? この俺が負けだと……?」


 ギロリと、負傷したクラウスを一瞥するゲイン。

 そのまま視線を泳がせ、


 ミカ、

 アベル、

 死んだ傭兵たち────……。



 そして、アークワイバーン。


 ああああああ、

「あああああああああ」


 ああああああああああああああああ…………。



 あーーーーーーーーーーーーーーーー!!!



「クラウスが……。クラウスが見ているんだぞ!!────クラウスが!! お、俺が負けるわけだないだろうがぁっぁあああ!!」


 こんな時でも、ゲインはやっぱりゲインだった。

 椅子から体を起こし、滴る血を絞り出すようにしてクラウスは立ち上がった。


 ヨロヨロと────。


「ばかや、ろうが……」

「お、お兄ちゃん……?」



 死ぬ……。

 みんな、死ぬ────。


 ゲインのエゴとプライドと見栄のせいで死ぬ──……。


 アークワイバーンの牙と尾と角と炎でみんな死ぬッッ!!


 ここで、

 この場所で、

 誰一人欠けることなく、間違いなく、みんな────!!



 死────。




『『『ギェェェッェエエエエエエエエエン!!』』』




 アークワイバーンの肯定。


 奴は言う。

 咆哮を持っていう。


 死ね


 一切の容赦もなく死ね


 人が人であるというだけで死ね




『『『ギェェェッェエエエン死ねぇぇぇぇぇええ!!』』』




 この場の誰もが死を覚悟したとき、

 それはより現実的な形となって表れた。


「来る……!」

「おにい……」


 ブレスが─────くるッ!!




 キィィィィイイイン…………。




 まるで光の粒子を集めるようにしてアークワイバーンが三口を開けてブレスを放つ予兆を見せた。

 それは、今までの火で比はないほどの魔力とオーラの奔流。


 赤い炎と青い炎と白い炎!

 それらがない交ぜとなり、黒く──どす黒く変色していく。


「奴のブレスが来るッッ!」


 これまでのブレスとは比較にならない規模のそれ──。

 三つ首になり、異なる魔力の奔流を練り上げ、相反する性質を一つの「破壊」というベクトルだけに絞ったドラゴンの炎ブレス


「く……! させるかぁ! グレン、チェイル、シャーーーーロット!」


 それを見た『特別な絆』の面々は必死に妨害しようと攻撃を仕掛ける。


「お、おう!」

「わかってる」

「いくよー!」


 しかし、アークワイバーンもそれを心得ているのか、腕と尻尾を振り回し、ゲイン達を寄せ付けない。


 必死にユニークスキル【原子変換アトミックチェンジ】を使い攻撃していたグレンと、

 局地的に低温を起こすブリザードを操り、様々な攻撃を繰り出す【天気操作オテンキネエサン】を操るチェイルの攻撃も全く功を奏していない!


 その他のメンバーは、そもそも相手にすらなっていなかった。


 比較的善戦しているのはシャーロットのユニークスキル【空間操作スペーススポーク】だが、高威力ゆえにクールタイムも長く、また──逆に使いどころが難しいらしい。


 それでも、ゲインは仲間を戦いに駆り立てる。

 もはや、経験値などの話ではない。

 彼のプライドの問題なのだ。


「タタカエ、戦え! たたかえーーーーー!! ユニークスキルの使い方は無限大! 戦い方次第では──」

『『『ギャォォォォオオオオオン!!』』』


 そして、ここで初めてアークワイバーンがゲインを睨みつけた。

  『『鬱陶しい』』とばかりに。


 それは、小癪で鬱陶しい人間どものリーダーと理解してのことだろうか?

 いずれにしても、


「ひっ」


 ブレスを口にたたえて、三本の首、6個の目玉でゲインを射抜く。



「あ…………。あ……あ……──」



 その殺気を真正面から見たゲインは、その場で言葉を失い。

 半狂乱で叫んでいたことも忘れる。


「「あ……う……!」」

「「ひぃ…………!」」


 彼を引き留めていたレインも、その場に集まっていた『特別な絆』の面々もその視線を受けてへたり込む。


 これが……。

 本物の恐怖────。



 最強種の放つ────殺気……ッ!!




『『『ギィィィィェェェェエエエエエエン!!』』』


 矮小なる人間が黙り込んだことを受けて、ニタリと笑った(そう見えた)アークワイバーンは、トドメとばかりにブレスに魔力とエネルギーを込める。


 それはより一層大きく、高威力の奔流となり────。



 キィィィィイイイイイイン…………!!


 ──バチバチバチ……バチッ……!



 ブレスが含む強大な魔力が周囲の僅かな魔素すら取り込んでいき、

 引き込まれるように、フワァ……と瓦礫や小石が浮かび上がる。



 あとはもう、────その放出を待つばかり……!



 そうなったら、街は──。

 人は──。


 ゲインと『特別な絆スペシャルフォース』は、


 そして、





 ……クラウスと、

 リズは──────。





「──お兄ちゃん…………」

「リズ」


 大丈夫────絶対に守る。

 俺が守る。


 だから、









   「…………【自動戦闘オートモード】起動ッ」

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