第41話「昇級」

「メリムさん?……え~っと────」


 そこは本日のために設けられた特別窓口。



× 洞窟ケイブスライムの濁り液×5、

× 一角鹿の角×1

× 絹蜘蛛シルクスパイダ―の朝糸×3

× 魔力草×3

× キリモリ草×10

× 動く陸ウニ×5


 グールの下顎×5……………〇




「どうしたんですか? グール以外──メリムさんのクエストアイテム、全然足りてませんよ?」

「そーなんだよ、だからコイツに譲ろうとしてるんだけど聞かなくてさー」


 憔悴しょうすいしたクラウスはギルドのベンチに腰かけている。


「あー……。クラウスさんのクエストアイテムも確かに足りませんね。……ですが、」


〇 クルメルの実×5

× グールの下顎×5

× 洞窟ケイブスライムの濁り液×5

〇 幻ナッツ×5

× 一角鹿の角×1

× 彷徨う皮鎧の胸当×3

× 絹蜘蛛シルクスパイダ―の朝糸×3

× サラザールの簪×1、



 何とか2種類のアイテムを納品したクラウスだが、あと一種類が足りない。

 ……だが、それでもよかった。


 別に、これで一生昇級できないわけじゃないのだ。

 次の昇級試験まで間が開くだけ。


「なーよー……クラウスぅ。意地張ってないで、これ──お前のにしろよー。どーせ僕は昇級に全然足りないんだからさ」


 そういってグールの下顎を押し付けようとするメリムだが、


「いい。それはお前のだ──。お間の昇級分なら……。ほら、これで足りるだろ?」

「え? ちょ──。な、なにすんだよそんな大金で──」


 クラウスはギルドの周りにたむろしている、ガラの悪そうな冒険者に声をかけると、すこし多めの金額を渡した。


「……足りるか?」

「おう、クラウスか。わかってるが、割高だぜ?……あと、何か知らんが、今日はお前さんが探してる素材は全然卸しがないんだ」


 こういう時を見越してギルド前で法外の金額を吹っ掛けてもうけを企んでいる「ダフ屋」の連中だ。

 だが、そんな連中にもクラウスが求める素材はないらしい。


 クラウスが必要とするクエスト素材は、おそらく『特別な絆スペシャルフォース』が妨害の一環として、手を回して買い上げているんだろう。


「……構わない。俺のクエストアイテムじゃなくて、……キリモリ草と魔力草をたのむ」


 そして、金貨5枚程度を払い、今日納品されたばかりのキリモリ草と魔力草を買い取った。

「ほっ。景気のいいこった」


 ホクホク顔のダフ屋に金を渡して素材を買う。

 特に魔力草がお高かった……。


 だが、無事に数をそろえるとメリムに押し付ける。

「な、なんだよこれ?」

 少しズルのようだが、こうしてクリアもありだと最初から言われていた。

 ギルドも当然黙認している。……元々、落とすための・・・・・・試験ではない・・・・・・から、何でもありなのだ。


「え? ちょ……。受けとれねぇって!」

「いいから!……借りを返したと思ってくれ」


 昇級試験はあくまでも冒険者の資質を確かめるためのもの。

 手段を問わず・・・・・・依頼を完遂できるかどうかを確認するための試験だ。


「あ! ずるいぞ! だったら、お前のも買えばいいじゃん!」


 ──無理だっつの……。


 メリムを無視して、テリーヌにメリムのクエストアイテムを納品するクラウス。

「アイツの分だ」

「はいはい。メリムさんのクエスト品、確かに受領しましたー」


「ああ! ちょ……!!」


 バンッ!

 ──合格!


 と、試験用紙にハンコを押されてしまったメリム。

 半ば強引ではあるが、クラウスの援助もあり、無事中級へ。


「──雪山の分と地下墓所。これで借りは返しただろ? あとは、好きにしてくれ」


 二回命を助けられた借りにしては安すぎるかな? とも、考えたクラウスだが、ミカの最後の姿がフラシュバックし、ただただ疲れて眠ってしまいたかった。



「あ、そうか……アイツ死んだんだよな──」



  死にたくない

    死にたくない!



   ブシュ…………。



 ミカ・キサラギの最後……。

「──冒険者の義務として、報告はしなきゃダメか」


 ミカの自業自得とはいえ、彼女の最後を報告しなくては……。

 億劫だし、思い出したくもないけど────同業者の生死報告も冒険者の務めの一つ。


「あの、テリーヌさん?」

「はい? 昇級試験の締め切りまであと5分ですよー」


 いや、もう無理だから。


「そうじゃなくて、あの……『特別な絆スペシャルフォース』のミカ・キサラギの死亡報告について話したいんですが……」


「はぃぃ?…………えっとぉ、今、ミカ・キサラギ氏の死亡報告と言いましたか?」

「えぇ……。そうです、俺とこの子が目撃しました。地下墓所の第10~11階層の話です」


 沈痛な面持ちで話したというのに、ポカンとした顔。

 それどころか「何言ってんだ?」と言った様子だ。




「………………え~っと。なんの話をしてるんですか?」




 全く笑っていない顔で、テリーヌさんが首をかしげる。


「え? い、いや、その……。さっきまで地下墓所にクエストアイテムを探すため潜ってたんです。そこで、ミカ・キサラギ氏を目撃しまして……。彼女は第10階層付近で命を落としたので、その報告です」


 ウプッ……。

 あの時の情景が思い浮かんで思わず吐き気が────。


「…………はぁ? それってどのくらい前の話ですか? そのクエストって、上級冒険者向けの『地下墓所の清掃』ですよね? 教会が依頼している第9階層以下の──」


 いや、知らんがな。


「た、多分それです。時間は……1時間くらい前ですかね?? 地上まで上がるのに、それくらいでしたし──。上級クエストの詳しい話は知りませんが、その。亡くなられたのは、たしか第10階層です」



「……あぁ。その依頼なら、ついさっき、ミカ氏本人が依頼達成の報告に来てましたよ?」



 …………………。



「「…………は?」」




「いや、ほんの2、3分前です。えぇ、間違いなく────グール駆除で散々な目にあったとぼやいていましたよ」


「…………う、うそ?! い、生きてるの?」

「うそーーーーん?!」


 驚愕に目を見開くクラウス。

 そして、メリムと目を合わせる。


「生きてるも何も──」


 何言ってんだこいつ? という顔のテリーヌをみて、顔を見合わせるクラウスとメリム。


「ど、どういうこと?」

「み、見間違い??」


 いやいや。

 あんな白色ゴスロリ娘を見間違えるものか……!


「──あんな見た目の人を見間違えませんよ。ほら、これ、依頼完了報告書」


 本来、おいそれと見せるものではないが、テリーヌの好意で見せてもらったそれ。

 そこに記載さえたサインは間違いなく見覚えのあるクセ字で書かれた──……ミカのもの。


 な、なんだよ……。

 マジかよ?!


 あ。あの女!!


「なんだよ! アイツ──生きてやがったのか!?」

「うっそーーーーー?!」


 ヘナヘナヘナと床にへたり込むクラウスと、それに背中をつけて同じようにへたり込むメリム。


「ど、どうしたんです? そんなにミカさんのこと気にしてたんですか?……ファンとか?」



「「な、わけねーだろッ」」



 しかし、よかった。

 クラウスは心底ホッとしたため、情けなくも足に力がはいらない。


「ま、何にしてもこれで心置きなく中級試験を──」

「あ。あと3分で締め切りますよ?」


 ……………………3分?


「3分って言いました?」

「え? あ、はい──今からですと、残り2分50秒くらいでしょうかね?」


 残り、2分50秒。

 残り────……に、2ふんごじゅうびょう?!



 ニフン、ゴジュウビョウー?!



 ガシッ!

「……め、メメメメメ、メリムちゃん!」

「な、なななななんだよ?!」


 にこぉ……。


「…………さっきの、グール素材返して」

「はぁ??──ば、ばっかやろう!!」


 いやいや。

 だって、おかしいじゃん。


「だって、さっきお前くれるって言ってたじゃん? だって、僕はどうせ足りないからーって!」


 だって、だって、だってー!!


「いや、言ったけど?! 言ったけどさぁ!」


 ガッシリとメリムの身体を掴むと、すっごい近い距離で睨むクラウス。


「ね? いい子だから、おれに素材返して? 俺、できれば今回合格したいの! ね? いい子だから」

 メリムをガッシリ掴んで離さないでいると、クラウスをテリーヌが絶対零度の目で見ている。

「うわ、だっさ……」

「マジでダサいぞ! クラウスぅ!!」


 うるっさい!

 ダサくても何でも、せっかくのチャンスをみすみす見過ごせるか!


「な、なんだよ!? さっきまで意気消沈してたじゃん!! ミカってやつが死んだとかで落ち込んでたじゃん!!」

「死んでないなら落ち込む必要ないからな!! つーか、考えても見れば、あのクソアマは殺しても死ぬタマじゃなかったわ!!」


 あー畜生!

 何でおれがアイツらのせいで落ち込まにゃならんのんねん!!


「イイから素材返せー!!」

「ぎゃー! どこ触ってんだ! 助けてぇぇぇえ!」


 バタバタと駆け回るクラウスとメリム。


 うん。

 結成したばかりのパーティは即日解散したとかなんとか…………。


「あははは。なんだこれ?…………だっさ」


 呆れた顔のテリーヌがクラウスを冷え切った目で見ていて、今後その視線は変わることはなさそうである。


「テリーヌ。……そろそろ、教えてあげなさいよ」

「あ、マスター」


 奥からゆっくりやってきたサラザール女史がニコニコと話す。

 そして、クラウスの持ってきたクエストアイテムとメリムのそれを見比べて、バンッ! とハンコを押した。


「パーティで入手したものなら、共同成果・・・・だって。最初に説明したはずなんだけど──……まったく、ソロが長いからこんなことも知らないのね」


 やれやれと首を振りながらまたギルドマスターの部屋へ引っ込むサラザール女史。

 その際に、チラリとテリーヌの方に目を向けるといった。


「今回の件────……ウチは弱小ギルドですから連中・・の言いなりになるしかありませんでしたけど、」

 不快そうに息をつくと、

「ゲイン氏のしでかしたことで、今回──ウチは多くの損失を負いましたよ」

「えぇ、承知しています」


 昇級試験の際に、ゲイン達が行った一連の妨害工作のせいで、多くの受験者が今回不合格の憂き目にあった。

 狩場を荒らされてはどうにもならないため、辞退者も多く出たという。


 たしかに、事前にシャーロットを昇級させるためにのために協力するとは聞かされていたが、

 これはそれだけにとどまらない明らかな営業妨害でもあった。


 こんなことなら、上級の冒険者が狩場に入ることをもっと規制していたはず……。


「……レアとユニークスキルと高Lvだけで構成された上級パーティ。『特別な絆スペシャルフォース』ね────。どうも、少しオイタが過ぎるようね」


「えぇ、今回のことではっきりしました」


 暗い影を落とした顔で話す二人。

 ギルドをコケにされて黙っているはずがあろうか?


「……きっちりと落とし前をつけてもらいましょう」

「はい。中央にもそう報告しましょう」



 不穏な空気が流れる中、いつまでもクラウスとメリムは追いかけっこをしていたとかなんとか──……。





 ……………………なんだこれ? 







~ 本日の成果 ~


 メリムのクエスト


× 洞窟ケイブスライムの濁り液×5、

× 一角鹿の角×1

× 絹蜘蛛シルクスパイダ―の朝糸×3

〇 魔力草×3

〇 キリモリ草×10

× 動く陸ウニ×5。

◎ グールの下顎×5


 クラウスのクエスト


〇 クルメルの実×5

◎ グールの下顎×5

× 洞窟ケイブスライムの濁り液×5

〇 幻ナッツ×5

× 一角鹿の角×1

× 彷徨う皮鎧の胸当×3

× 絹蜘蛛シルクスパイダ―の朝糸×3

× サラザールの簪×1、


凡例:×失敗

   〇成果

   ◎共同成果





~ ギルド報告書 ~

 ※ 第162回中級昇級試験結果



 ──バンッ!!

  ──バンッ!!

   ──バァンッ!



 合格ハンコの音が鳴り響く────……。



 クラウス・ノルドール 合格

 メリム 合格


 ……シャーロット 合格 



 他12名………………合格ッ!


 ~ 以 上 ~

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