第29話「みんなマイペース」
「いや、それにしても奇遇だ。運命のようなものを感じるね」
「そうか? 偶然の一致だろ?」
大げさに宣うゲインを躱すように、肩をすくめたクラウスは素っ気ない態度をとる。
「そんなはずないさ。同期の俺たちが、3年の時を経て僻地で再開したんだぜ? 偶然とは思えないね」
「悪いが──その
「あっはっは! クラウスは相変わらず冗談がうまいなー」
「冗談??」
訝しむクラウスに、
「だって、あれから3年だよ? どんな無能な冒険者だって、ずっとこの家業を続けていれば中級くらいにはなっているんじゃないか?」
冒険者には大別して中級と上級しかいないとまで言われるくらい。その二社の比重が大きい。
とくに、中級冒険者は全体の8割近くを占め。下級からの昇級がいかに容易であるかわかるというもの。
「悪かったな……。おかげさまで、まだ下級冒険者をやってるよ」
「えぇ?!」
驚いた顔のゲイン。
だが、クラウスはこいつの素の顔を知っているだけに、実にわざとらしい反応に見えた。
「じゃ、じゃぁ……もしかして今日ここにいるのは」
「あぁ、そうさ。昇級試験のためだ」
ブフッ!!
今までジッと腕を組んだままゲインの背後で微動だにしていなかったチェイル、グレン、そして、ミカの三人が吹き出していた。
「お、おい! 君ら笑っちゃ悪いだろう! 同期がこんなに頑張っている姿を」
そのように諫める姿は、彼の本当の顔を知らないものには人格者に映ったことだろう。
だが、実際は違う。
こうして笑いものにするように誘導したのは他でもないゲインだ。
「だ、だってよー!! ま、まぁだ下級冒険者やってるって──ブフフフ!!」
「あーはっはっは!! おっどろいたわ~! 大見えきってパーティから脱退したくせに、まだ下級なんだもん、うぷぷぷ」
チェイルもグレンも人目をはばからず笑い転げる。
「はぁ、気が済んだか? 悪いけど、そう言うこと何でおれはもう行くぜ」
「おっと、そうはいかないんだよ」
そういって、立ち去ろうとしたクラウスをゲインが呼び止める。
コイツがここに来た理由と関係あるらしいが──。
「今日、この辺境のギルドに立ち寄ったのは、彼女のためだ」
「彼女……?」
ゲインはそういって、誰かを呼ぼうとして、パチン! と指を鳴らすが──……。
「……………………あれ?」
誰も来ない────。
パチンッ、パチンッ!
「…………何やってんだお前?」
斜に構えて、パチンと指を鳴らした状態で硬直しているゲイン。
本来なら、ここで呼ばれた奴が出てくるのだろうけど…………ぷふっ。
打ち合わせ失敗してやんのー!
思わず、噴き出すクラウス。
格好つけたまま硬直したゲインが、実に滑稽であった。
「な?! う、うるさいっ! ちょ、ちょっと、お前らぁ! し、シャーロットはどうした!?」
慌てて振り返り、仲間に鋭い視線を向けるゲイン。
仲間のグレンたちも顔を真っ青にしてキョロキョロと────。
「ええ? う、打ち合わせじゃ、そこにいるはずなんだけど──」
「あ、あれ? 今までここにいたのに?」
「うっそ!? 見失った??」
途端に騒ぎ出すゲイン達。
シャーロットとやらを探してギルド中を右往左往。
「さ、探せ!!」
二階の会議室やら、ギルドのカウンターの裏まで、
「「ちょ、関係者以外はいらないでくださいッ!!」」
「「おい! そこはゴミ捨て場────うわッ、くっせ!!」」
しまいには厨房のゴミ捨て場まで探す始末。
めっちゃ慌ててるけど、そんな重要人物? なら、ちゃんと見張っとけよ……。
「おい、ゲイン────便所なんじゃねーのか?」
何気ないクラウスの一言に、ゲインは「そうか!」と閃いた顔──。
あろうことか、
「おい! シャーロット!!」
ガチャ──!!
「「きゃー!! ここ女子便所よ!」」
ぶははははは! 引っかかってやがる!!
ひっかかってやんの~!!
「ちかーーん!」
「変態!!」
「大変な変態よぉぉお!」
パニクったゲインがドアを開けた先は女子便所。
中には運悪く利用者がいたらしい。
そして、ビュンビュン飛び交う石鹸やらタオル。
次々に着弾するそれらにゲイン達もたじたじだ。
「す、すまん……! わ、わざとじゃ────く、クラウスてめぇ!」
「はっはっは!」
してやったり、ニヤリ────。
「この、クソ雑魚野郎がぁっぁああああ!!」
おーおーおー。善人面はどーした? ゲイン──。
相変わらずの偽善者っぷり。
表面を取り繕うのはうまいのかもしれないが、一皮むけばこの通りだ。
「だ、騙しやがったなー!!」
騙してねぇよ。勝手に開けたのお前やん────。
「ぶっ殺す!!」
じゃーーーーー♪
ガチャ…………。
と、その時、女子便所の奥の扉が開き、線の細い少女がテフテフテフ……。
「──呼んだ?」
ジャー……コキュコキュ。
丁寧に手を洗って、ゲインのもとに────。
「しゃ、シャーロット?!」
「うん? なに?」
「ど、どこに行ってたんだ! おかげで──」
「便所。ウ〇コしてた」
ウ────…………。
「んこぉッッ?!」
「ンコだよ?」
それがどーしたの? と言わんばかりのシャーロット。
「「「「しーーーーーーーん」」」」
ゲイン達が一斉に黙る。
……っていうか、「しーーん」と口で言うなや。
「ほーら、便所だったろ?」
ニヤリと笑うクラウス。
……そして、シャーロットとやら。なんか知らんが、気に入った!!!
「く……。くぬぅぅぅ……!!」
ピキピキピキと、額に青筋を浮かばせたゲイン。
だが、その怒りをクラウスに向けるわけにもいかないので手をワキワキさせるのみ。
「シャーロット!! 呼ばれたら返事しろよ!」
「…………え? 便所から? さいてー」
ぐさっ
「さ、さすがに女の子にそれはちょっと……」
「げ、ゲイン──それはない」
チェイル&ミカにも総スカン。
ぶははははははっは!
「ざまーねぇな」
「く! この────くそボケカスがぁぁ……」
プルプル震えるゲイン。イケメンが台無し──。
「で? その子がシャーロットか? 何でまた新人をわざわざ連れてきたんだ?」
「ぐ────……。そ、そうだ!! シャーロット、ほら」
「んー?」
そういってパーティの一番奥でぼんやりと佇んでいる少女を手招きした。
「……あれ? お前は確か──」
「だれー?」
あー。やっぱ確か見覚えがある。
……いや、便所じゃなくて、
今日の中級昇格試験のメンバーの中にいた女の子だ。
筆記試験に、遅刻寸前の一番最後にやってきて、「ここ?」とかいって、悪びれる様子がなかったので印象に残っていた。
「あ、あぁ! そうだ!! 彼女こそが『
へー……。
ユニークスキルはそもそも二つもないけどねー。
へー…………。
ほーーーーーん。
「また、ユニークスキルか? 相変わらずだな」
鼻ほじー。
「そうさ。君という逸材のように抜けていくメンバー。そして、命を落とすメンバーも多くいるからね、新規メンバーは常に募集中なのさ」
ふわさぁ、と意味もなく髪をかき上げるゲイン。
まぁ、さっきの失態をみんな見てるのでカッコよくもなんともないのだが……。
「あっそ」
「ほら、シャーロット。
「ん?……シャーロットだよ」
「おう。クラウスだ」
へ。「元」で悪かったな。
ニコニコ笑った二人で握手。…………なんだこれ?
それにしても、相変わらず使えるコマだけを集めてるってか?
それも、もちろん「ユニークスキル持ち」か、「高Lvの者」に限る──……っと。
で、わざわざこんな田舎くんだりまで来たってことは────。
「……なるほど。昇級試験は
「ま、平たく言えばそうだね。彼女は誰かと違って有望だからねー。一刻も早く中級以上の資格を取得させて、俺等の狩場で一緒にレベルを上げた方がいい。その方がずっと効率がいいからね」
あっそ。
そうやってレベリングをして無理やり高レベルにしているわけか……。
「ふふん。君が何を思っているかわかっているけど──残念だけど、彼女は俺たちの手を借りなくても十分に実力者だよ」
「あーそ」
超どうでもいい。
だいたい、15歳でスキルを発動したばかりの子が実力者かどうかなんてわかるわけがない。
「……ま、試験前に与太話をしていてもしょうがないね。君も
「あー。そうしてくれ。そうしよう」
シッシと手を振れば、ニヤリと何か言いたげに笑うゲイン。
だが、クラウスが相手をしないと悟ったのか、言いたいだけ言うと少女の肩を抱いてサッサとギルドの奥に引っ込んでいった。
あの先はギルドマスターの部屋があるはずだけど──……どうも、特別待遇くらいは受けているらしい。
「なんだ、なんだ? お前──『特別な絆』の知り合いだったのか?」
「おわっ!……お、お前まだいたのか?」
飯を
「お前とはなんだお前とはぁ! 僕はメリム!! 魔法使いのメリムだ!! せっかくの仲間に失礼だぞ」
「知っとるわ。何度も名乗るな────って、誰が仲間やねん」
「くんくん……」
ん?
「……ぅぉわッッッ!!」
「ひゃあああ!!」
足にしがみつこうとするメリムを引きはがそうとしていると、超々至近距離でクラウスに鼻を近づける少女が一人。
ぼんやりとして何を考えているかわからない目をしているが、近くで見るとなかなか……。
って、
「お、お前、ゲインのとこの?! あー」
「うん。シャーロットだよ」
そういって、「くんくん……」と、再びクラウスの匂いを嗅ぎはじめるシャーロット。
「な、なんだよ! ゲインはギルドマスターの部屋だぞ」
「知ってる」
「だったら!」
くんくん……。
鼻を鳴らしてクラウスの匂いを嗅ぐようなしぐさをするシャーロット……。
「って、うわ! だから、何やってんだ? 嗅ぐか普通?!」
「くん…………。うん、ふむ、ふーん?? 見た目、装備──それに、聞いてた印象。なにより…………匂い」
「は?」
そういってフワリと笑うとシャーロットは踊る様にクラウスから離れると言った。
「…………強者の匂い。這いまわり、ゴミを食らってでも立ち上がりそうな匂いがするよ?」
「──喧嘩売ってのか?」
ふるふると、首を振る少女──シャロット。
どうやら違うらしい。
「ん~ん。クランの中ではちょっとした噂。……新人を引き締める為に、昔のごく潰しの……つまりはクラウスの話をよく聞かされるの────」
………………ほっほーぅ。
「お、おい、クラウスどうしたんだよ? 顔こえーぞ」
うん、イラっときたからね。
「……なんでも。そいつは
」
はっはっはっは。
はっはーーー…………。
「んっだ、あの野郎! やっぱり知ってたんじゃねぇか!」
なにが下級冒険者をしてるのを知らなかった、だ……!
「だけど────やっぱりそうだ。……クラウスはそんな風には見えないね。私、勘は鋭いほうなんだよ? それに鼻も、ね」
ニコッ。
「はぁ?」
鼻?
匂い……?
────え?
「くんくん……。俺、臭い?」
『
せめて、ゲインのように腹黒くならないでいてほしいものだ。
「ふふ。クラウス。クラウスー♪ この匂い、強者の匂い……!」
グリグリと、頭を腹にこすり付けるシャーロット。
なんか、やたらと懐く野良猫みたいだ。
「へっ。強かったら3年間も下級冒険者してねーよ。……いいから、早く行けよ。俺は、ゲインに何か言われるのはゴメンなんだよ」
ゲインの奴はわざわざこの町で昇級試験を受けに来たってことは、クラウスのみじめな姿をあざ笑いに来たのだろう。王都のような上級以上の冒険者がひしめくような街では中級の昇格試験も厳しくなる傾向があるから、地方で昇任試験を受けること自体はそれほど珍しくはないが……。
そう。
珍しくはないけど、別にこの町でなくてもいいはず。……にもかかわらず、この町を選んだのは結局そういうことだろう。
「冒険者の等級なんて関係ないよ??…………クラウスは、ゲインたちよりもずっと強いって」
「んな、アホな……」
規格外のユニークスキルを誇るゲインより強い?
奴の【
「はは、あり得ないね……」
「むぅ……。私を信じてないの?」
「そりゃあ、な────あんな性格だが、実力は本物だ」
それくらいに、ゲインのもつ【
そうとも、時間を操る無敵のユニークスキル。
いや、いっそ神話だとか、チートと言ってもいいくらい。
「むー……信用ないなー。………………あ!」
不満そうに口をとがらせていたシャーロットがふと思いついたように手を叩く。
「なんだ? まだ何か用が──」
「ねぇねぇ、試験終わったらさー。……私、クラウスとパーティ組んでもいい?」
「は?」
……何言ってんのこの子?
「なんだてめぇぇ! こ、コイツは僕が先に目をつけているんだぞ!」
と、メリムがすかさず噛みつく。
……お前も何言ってんの?
「は、早い者勝ちだ! クラウスは僕とパーティを組んでるのー!」
「それはねぇっつの!」
ズビシッ! とチョップを脳天にぶちかまして引きはがす。
「コイツは無視していい。っていうか、シャーロットつったか? お前、『
「最高??」
不思議そうな顔をするシャーロット。
「さ、最高だろ……いや、まぁ──色々あるんだろうが、」
……最高の基盤なら、クラウスはここにいなかったはずだけどね。
「…………うん。お金やメンバーの数は最高かもしれないけど、それで最高だというなら、ほかにいくらでもいいところはあるよ?」
「ま……そりゃ~」
王国の騎士団や、帝国の近衛隊。
ほかにも大手ギルドの直属など、ゲイン以上の経済力やメンバーを持つパーティなどいくらでもあるといえばある。
「ゲインのパーティにいるのは、仲間が見つかるかもと思ったから」
「仲間…………?」
「そう、仲──」
「おい、シャーロット! 何してるんだ! そんな奴と喋ってないで、試験の説明を聞くんだ!」
「ふぅ……。まぁ、考えておいて。私はクラウスとパーティが組みたいの」
「ダメだ!!」
……ってなんでお前が反対すんねん!
つーか、メリムとやらよ、お前なんぞ仲間にする気もしたこともないからな!!
あと、飯代は返せよ!
「ふふ~。三人でパーティを組んだ方が楽しそう♪」
くんくん……。
「いや、だから──」
メリムの匂いも嗅いでニコリと笑うシャーロット。
「んん?……アナタも変わった匂いがするね? うん、とても変わってる」
──お前のほうが変わっとるわ。
「がるるるるるる! がうがうがう!」
犬か、君は!
なぜか、シャーロットに牙をむくメリム。
「あー……なんなんだこの状況──俺帰っていいかな?」
若干カオスになり始めてきた雰囲気に天井を仰ぐクラウス。
しかし、目線を戻したときにはシャーロットは、ぼんやりとした足取りでギルドマスターの部屋へ消えていった。
「んだよ、何アイツ。変な奴だったなー」
「オメェも十分変だっつの────いいから、離れろ。俺は誰とも組まないぞ」
シャーロットはもちろんのこと、メリムとも組む気はない。
なんたって、クラウスのユニークスキルは……。
「は~い、皆さん! お待たせしました! 午後の実技の時間がやって参りましたので、受験番号順にならんでくださーい」
テリーヌの元気な声がクラウスの意識を試験に戻してくれた。
そうだった……。
今日は試験をこなすことを考えないとな。
「では、試験用のドロップ品を期限までに持ってきてくださいね~!」
そういって、テリーヌがランダムに記入されたクエストアイテムの記載された用紙を配っていく──。
「……あ、ところで、さ。クラウス」
「んあ?」
モジモジするメリム。
「あ、あの。わた────ぼ、僕、変な匂いする?」
「…………しらねーよッ!」
顔を赤くしてクンクンと自分の匂いを嗅いでいるメリム。
どうやら、シャーロットに嗅がれたのがちょっとショックだったらしい。
といいつつ……。
「…………お、俺は臭くないよね??」
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