第2話「ダメスキルの自動帰還」

 フッと、意識が飛び────気付いたときには家の前に立っていた。

 足に感じる疲労感から、自動で帰還したのだと知ることができた。


「はぁ、何度やっても慣れないな……」


 自動帰還を使用しての帰宅。

 陽も傾いているし、うっすらと汗をかいているから意識がない間もスタスタと歩いていたことになる。


 しかし、自動で移動するだけあってすべての無駄を排し、効率的に行動しているのだろう。

 普段なら1時間はかかる道のりを半分近い時間で帰宅したのだ。それだけに自動機能も捨てたものではない。


「とはいえ、自動の間意識がないのが怖いよなー」

「何が怖いの?」


 うわ!!


「もー。遅いよ、陽が落ちる寸前だよ?」

 プンプンと効果音が出そうなほど、見るからに不機嫌な少女が玄関から顔を出してクラウスを睨んでいる。


「た、ただいまリズ。ちょっと遠征しててさ」

 義理の妹リズに謝りつつ、クラウスは荷物を手に家の中に入る。


「わっ! 汗臭い!……ご飯の前にお風呂入ってきなよ」

「うん。そうする」


 そういい置くと、クラウスは家の裏手に回って井戸から水をくみ上げる。

 大雑把にタライに水を引くと、暖炉の余熱を使ったボイラーから熱湯を少し退いてお湯を作った。


「ぶはー! たまんねぇ」


 一度頭の上からお湯を被ると、奇声をあげつつ浅いタライに身体を静めて身を清める。


「おにいちゃーん! 近所迷惑だからさっさと上がって!」

「はいはい」


 一日の終わりに風呂に入って、叫ぶくらいいいじゃねぇか。


 ──さっと体の水分をふき取り、洗いざらしの部屋着に着替えると、

「もう。頭はしっかり拭いてよー。だらしないんだからー」


 リビングの床にぽたぽたと垂れる水滴を指摘しつつ、リズが無理やりクラウスを椅子に押し込める。


「はい! 温めなおしたから──ちゃっちゃと食べて!」


 ドンッとスープをテーブルに置き、町でまとめて焼かれる黒パンをちぎってさらに盛り付ける。


「お、おい、頭はいいよ」

「いいからさっさと食べて。片付かないんだから!」


 ゴシゴシと頭を妹に吹かれながらモッシャモッシャと飯を食べるクラウス。

 世話焼きな義理の妹に辟易しつつも、疲れた体に染みわたる食事に自然と頬が緩む。


「なによー? 気持ち悪い」

「ははっ。ご挨拶だな────旨いから感動してるんだよ」


「うぇ、大げさ―」


 そんな風に返しながらもまんざらでもなさそうなリズ。


 時間がたって固くなった黒パンも、リズの作ったベーコン入り白菜シチューに浸して食べれば実に美味しい。

 同じく白菜を薄く千切りにしたサラダも岩塩が利いていて疲れた体に染みわたる。


「……どうしたの。元気なさそうだけど」

 丹念に髪を吹きつつ、少し心配そうなリズの声。

 無理に隠していたつもりでもわかるようだ。


「いや……。ちょっとな、」

「冒険者の仕事の話?」


 う……。鋭い。


「あ、まぁな────。ユニークスキルをランクアップしたんだけど、あまり芳しくなくてね」

「ふーん? いいじゃん、別に今までと変わらないんでしょ?」


 あっけらかんと言い放つリズの様子に、クラウスは苦笑する。

 少しでも悩んでいた自分が情けなく思えてきた。


「はは。そうだな……いつもと変わらないか」

「そーそー。お兄ちゃんはすぐ他所と比べたがるけど、ウチはウチでしょ?」


 あぁ、全くその通り。

 別に、今日明日に食いっぱぐれるわけでもないし……。


(いつもと同じか……)


 リズの言葉がジーンと胸に染み込んでいき、自然と気が楽になるクラウス。

 彼女が家のことをしっかりしてくれているから、稼ぎの少ない冒険者家業でもやっていけている。


 クラウスもリズも血の繋がりはないが、実の兄妹のように過ごしてきた。

 王国の騎士だったというリズの父と、冒険者をしていたクラウスの両親。

 二人は幼馴染で、互いに何かあったら子供の面倒を見るという約束をしていたとかなんとか……。


 そして、リズの父親は戦争で戦死し、幼い彼女を引き取ることになったのだが、そのうちにクラウスの両親も冒険中に行方不明になってしまった。


 それを気に病んだ母親は精神を病んで、今は教会の運営する療院にいる……。


 おかげでリズには幼いころから苦労をかけっぱなしだ。

 時々、二人の父親を罵りたくもなる。

 どちらも責任を持てないのに、無責任に子供を預かるとか、正気の沙汰とは思えない。


「でも、リズがいてくれてよかったかな……」

「なぁに、急に~?」


「いや、なんでもない。……いつもありがとうって、こと」

「ん~??」


 不思議そうな顔をしたリズだが、不意に何かを思いついたのか顔を暗くする。


「もしかして、冒険者つらくなっちゃった?」

「──は??」


 リズはしょんぼりと俯き、クラウスの正面につく。


「ど、どうしたんだ急に?」

「ううん。お兄ちゃんが疲れているように見えて……本当は冒険者がつらいのかなって────叔父さんだっていまだに行方知れずだし」


 はぁ?

 つーか、親父は関係ねぇし────。


「──……私がまだ幼いから、仕事もできずにお金ばっかり消費しているせいだよね。お兄ちゃんに恋人のひとりもできないのはきっとそのせい」


 いや?!

 何言ってんのこの子?!


「いやいや、関係ないから!」


 そもそも、冒険者をしているのは別にリズのためというわけではない。

 生活費を稼ぐのは当然の話だし、冒険者をしているのはユニークスキルを馬鹿にした連中を見返してやりたいのと、男のロマンがあるからだ。


「つーか、恋人ができないのか関係ない! さりげなくディスするんじゃありませんよ、この子は!」


 デコピンッ!


「いた! てへへへ。お兄ちゃんがモテないのは、冒険者とか関係なかったよね、めんごめんご」

「こいつぅ……!」


 モテないんじゃなりません!

 誰ともお付き合いしないだけです!!


 だよね?


 ……………………違うよね?


「大丈夫だよ──もう少しで私もスキルが発現するし……。いいスキルが貰えたらお兄ちゃんを養ってあげる!」

「は────それってー……」


 お嫁さんにするってこと?

 …………逆じゃね??


「てへへ。じゃあね、私もう寝るねー」


 チョンと、小鳥がつつくように、小さな唇とクラウスの額に押し付けるとリズは空になった食器を片付けると、タタタと寝室に行ってしまった。



「────っぅぅ!」



 一人顔を赤くしたクラウスはジタバタとリビングで悶絶していたとかいなかったとか……。




「…………あのマセガキめ」




 リズももう15歳。

 そろそろスキルが発現する時期になったということか────。

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