ノクターナ!~忍者の末裔である俺が、華麗なるヴァンパイア一族の娘が営む洋菓子店に転職した理由~
後出 書
第1話 未知との遭遇①
ああ、困った。
これで何度目だろうか、仕事をクビになったのは。
確か一回目は吉祥寺、二回目が六本木、三回目が新宿で四から先は覚えていない。
料理人を目指して田舎を飛び出すように上京したはいいが、どうにも仕事が長続きしない。長くて半年、短くて五時間。それもこれもすべて原因は自分にあるというのはわかっている。しかし、直そうと思っても幼い頃に体に染み付いたクセというのは今更完璧に治せるものでもなく、俺の場合これはもう先祖代々受け継がれてきた先天的な病に近い。
目の前には若者向けの大きなショッピングモールがあり、新宿アルタ同様の大型ビジョンが設置されている。モニター内ではお昼のニュースが放送されていた。なんでも、今日で本格的に梅雨が明けて全国ではすっかり真夏の陽気だという。どこぞのプールで水着姿の女性が楽しそうにはしゃいでいる姿が映っていた。埼玉の南部では今年の最高気温を更新し、都心でも平均気温が三十五度というからやってられない。水分補給を小まめにしないと、すぐにブッ倒れて熱されたアスファルトでソテーになりかねない。
もうひとつのニュースは、最近この辺で起きている連続猟奇殺人の話題だった。若い女性ばかりを狙った事件らしく被害者は皆、体の血液を殆んど抜かれているそうだ。被害者たちの首には噛みつかれたような二つの傷跡が見つかっているだけで、その他に犯人へと繋がる手がかりも一切見つかっておらず捜査は行き詰っているのだとか。まったく、都会というのは物騒な事件が多い。吸血鬼なんていう摩訶不思議なものまで現れるのだから尚更だ。
俺は喉の渇きを覚え、飲み物を買おうと財布の中を確認する。小銭入れには五十円玉が一枚と十円玉が三枚、そして一円が二枚。この八十二円が今ある俺の全財産だ。缶ジュース一本すら買えやしない。ついでに社宅の寮も追い出されてしまったので帰る場所すらない。宿無し文無し仕事無し。俺にとって今置かれている状況の方が吸血鬼なんかよりよっぽど怖い。
「これからどうするかなぁ……」
俺の小さなぼやきは、スクランブル交差点を行き交う人々の雑踏によってかき消された。
背負っていた大きなリュックを下して自動販売機の横で
「なんだあれ?」
あまりにも異様な光景に、俺は思わず立ち上がって再度確認してしまった。横断歩道の上を、黒い
信号は点滅を始めている。しかし、周りに手を差し伸べる者は誰一人としていなかった。上京してから思っていたことだが、都会の人間は他人に対してどうも冷たい。困っている人は見過ごせとでも教わっているのだろうか。
「はぁ、仕方ない」
助けて欲しい時に助けが無いのは辛いこと。それが今の自分と重なって見えて放っておけなかったのだ。力なく折れ曲がった背を見るとお年寄りの方かも知れない。御老体に買い物袋四つというのは流石に無理がある。
「手伝いますよ。とりあえず、早いとこ交差点を渡っちゃいましょう」
俺は左手で抱えるように買い物袋四つを持ち、右手で黒尽くめの人物の手を取り急ぎ足で横断歩道を渡った。
「どなたか存じませんが、御親切にどうもありがとうございました」
肩で息をしながら呼吸を整えている外套の人。声から察するとどうやら女性のようだ。それも、予想に反してかなり若い。思い返してみれば、さっき彼女の手を握った時も
「先を急ぎますので私はこれで」
ぺこりと頭を下げて一礼すると再び大量の荷物を抱え、女性は再びふらふらと歩き出した。危なっかしくて見ていられない。もしこれで躓きでもして誤って路上へ飛び出したら目も当てられない
「ご自宅まで運びますよ」
「えっ、でも……」
「女性の力でこれだけの荷物を運ぶのは大変でしょう。それに最近は吸血鬼の仕業なんていう物騒な事件が頻繁に起こっているらしいですしね。日がまだ高いとはいえ、女性の一人歩きは危険ですよ」
「吸血鬼……」
「あ、ご心配なく。僕は違いますよ? ホラ、牙だって無いですし太陽の下でも平気です」
「うふふ、確かにそのようですね。じゃあ、お願いしてもいいですか?」
外套に隠れて表情こそはっきりと見えなかったが、女性はニッコリ微笑んだようだった。口角が上がり少しだけ開かれた口元から白く綺麗な二本の八重歯が覗いていた。
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