バー『湊』は今日も大忙し エピソード2

マルシュ

第1話

「うぉー。」と口々に叫んだきり、作家X先生と薬剤師Yさんの常連コンビ、それにマスターと僕の4人は、店のノートパソコンの画面に黙って釘付けになった。みんな、口をぽっかり開けたままで・・・。

 そして、ニュース映像を映し出しているその画面には、昨夜近所で起こった殺人事件の詳細と、その犯人の人となりが張り付いていた。

 

 あれは、つい昨夜の事だった。

 昨夜も僕は「湊」にいた。

 

 「湊」というのは、大通りから道を一本入った路地裏にあるカウンターバーで、木製のカウンターに張り付いている10席と、店の一番奥まったところにあるトイレのそのまた奥にある常連さんもあまり知らないような定員4名の個室を持つ、総座席14の小さな店だ。

 僕はといえば、悲しいかな貧乏大学生の身、毎日のバイトが必須で、ふた月前から知人の紹介で懲りずに「湊」で厄介になっている。

 懲りずにって言うのは、ひと月前、僕がこのバーで腰を抜かしてしまうような経験をしたからに他ならないんだけれど、僕にとってのその『ちょっとした衝撃事件』後、僕は逆にここの常連さんたちにヘンな興味が湧いてきて、あんな経験をしても未だ辞めずにここでアルバイトバーテンダーを続けている。そして、あの『ちょっとした衝撃事件』は、今や常連さんの間で笑いのたねとなっていた。マスターが面白おかしく尾ひれをつけて、来る人来る人に話して聞かせるからだ。

 

 昨夜、時間は9時過ぎだった。

 昨夜もお店はヒマで、マスターと僕はお店のノートパソコンでサッカーの録画試合を観戦していた。

 カウンターには、僕の『衝撃事件』に関わった作家X先生と近所の調剤薬局にお勤めの男性Yさん、それに、初めて見る三十代半ばぐらいの女性がいた。三人とも、顔を突き合わせるようにして話し込んでいる。

 いつも通りX先生はカウンターの一番奥の席に陣取り、Yさんはその隣りで三人の真ん中、女性はそのYさんの右隣りに腰掛けていた。Yさんの連れだろうか。

 女性は僕にお代わりを告げた。こちらに向けられたその顔は、美人ではないが、犬の狆のように顔に愛嬌がある。黒地に白のドット柄ワンピースも似合っているし、上品っぽくていい感じだ。

「モスコもう1杯ね!」

 モスコがモスコミュールを指すことぐらい、新米アルバイトバーテンダーでも知っている。「ウォッカ」と「ライムジュース」、それに「ジンジャエール」で作ることも。

 だけど、知っているのと作れるのでは話しは別だ。いや、単に作れるのとお客さんに提供できるレベルのものが作れるのとは全然違う・・。

 マスターは、その女性に「はい。」と返事をしてカクテルを作り始めた。

 そして僕は、モスコミュールを作るマスターの所作を横目で見ながら、練習用のシェイカーを飽きずに精一杯8の字に振っていた。

 シェイカーが必要ないカクテルでさえ、まだ作らせてもらえないと言うのに・・・。

 X先生はそんな僕を見て、いつになったらカクテルが作れるようになるのかと笑った。薬剤師Yさんもその女性も、X先生につられて笑う。

 笑い者にされた僕は、はぁーと大きなため息をついた。

 あのさX先生、それ、僕自身も知りたい事なんだけど・・・。

 

 笑いながら、X先生はボウモア、薬剤師Yさんもマティーニとそれぞれ代わる代わるお代わりを注文し、三人の話しがまだ続くことを伺わせた。この三人、結構ヘンテコな組み合わせ。そう思うと、どんな話しに花が咲いているのかちょっと気になって、僕はサッカー観戦を切り上げ、耳をそば立て三人の話しの切れ端をつまみ喰いしようとした。

「さっきも言ったけど、書いた作品の後書きに入れるよ、名前。スペシャルサンクスなんて書いてさ。だから、もう少し詳しく教えてよ。」とX先生がYさんに頼んでいる。それに対してYさんは、「いいですよ。後書きは置いておいたとしても、私は先生のファンですからね。先生のお力になれて、喜んでいただけるのでしたらこちらこそ光栄です。」と静かに言い、微笑んだ。Yさん本人曰く、無類のミステリーファンだそうで、某探偵が小説の中で飲んでいたからという理由で、いつもこのバーではマティーニばかり注文する。もちろん僕は作らせてもらえない。

 レディー狆(失礼かもだけど、名前もわからない一見さんなので、心の中でそう呼ぶことにする。)は、二人の会話に目をキラキラさせ、ウンウンと相槌を打っている。楽しそうだ。

「クロロホルムが全く前世紀の遺物って言うのはどう言うことだい?」五十過ぎの、まさに「前世紀の遺物」、X先生がYさんに話しのパスを回した。相変わらずのファッションセンスで、ヨレヨレの服以外持っていないのではないかと思えるようなX先生の出で立ちには、僕もこの店の常連さんたちもすっかりなれてしまっている。「遺物」、いや「汚物」かもね。でも僕は、そんな先生が今では大好きなんだけれど。

「それはですね、先生。クロロホルムに麻酔の作用は確かにあるんですが、残念ながら本当は、『数滴垂らす』なんてぐらいじゃ人は気を失わないんですよ。」と少し得意そうにYさんが解説を始めた。Yさんは、小ざっぱりしていて清潔感があり、とても四十代には見えない。プラス、ご近所の奥様方が次々ノックダウンされていくと言うキラースマイル。独身というのもポイント高し、らしい。それにYさん、日頃から温厚な性格で、ご近所では『優しくて親切な人』として有名なのだそうだ。いつも、ミニマルだがおしゃれなのがひと目でわかる出で立ちでここに寄ってくれる。

 「確かに、クロロホルムをかがせることが多方面で流行した時代もありましたが、最近のリアリティ重視傾向の中では、小説の中やテレビドラマですらすでにその方法は捨てちゃっています。クロロホルム数滴じゃあ、猫の子一匹眠らせることさえ出来ないんじゃないかって。」おっと、話しがパスされずにピッチの外に転がり出そう。話しはこれで終わりだろうか。さっきまで見ていたサッカーに例えて、僕は三人の会話を聞いていた。

 と、そこで、待ってましたとレディー狆が絶妙なキラーパスを放った。

「たくさん使ったら?それなら気絶させられるんじゃないですか?クロロホルムでも。」

 それに対してYさんは、「そうですね。そうすると、眠ることは眠るでしょうが、『永遠の眠り』の方になっちゃう確率が高い。押さえられた口や鼻は酷くかぶれて、押さえた方も手袋は必至。その上、そのやり方じゃ押さえた方にも命の危険があるんです。そんな薬剤、危なくて使えませんよ。」レディー狆のキラーパスを見事に受け留めて、Yさんは絶妙なゴールを決めた。

「うーん、そうか・・・。この案はボツだな。」そう言うと、X先生はお得意の『カウンターに突っ伏す』という技を二人に披露した。

 それを機に、僕は三人の前を離れることになった。入り口のドアが開く音が聞こえたからだ。入ってきたのはこれまた常連さん二人。確か、近くの不動産屋さんにお勤めの同僚二人組で、いつも仲良く二人でやってきてはバーボンを飲み、仕事の愚痴をここで吐き出して帰る。二人は入り口近くの席に並んで座ると、僕の顔を見て開口一番、ビールと揃って声をあげた。二人とも笑っている。今日はマスター留守じゃないですよ・・・。っていうか、からかってますよね?ビール以外だって、バーボンぐらいならお出しできますよ、見習いアルバイトバーテンダーの僕だって。そう心の中でつぶやきながら、僕は黙ってビールを出す用意をしだした。

 二人にひとしきりからかわれてから、僕はまた奥の三人の前に陣取った。話題は、今度は「青酸カリ」。

 X先生、次回作は毒殺にチャレンジなんですね?

「どうだろうか?使い古されてはいるが、それだけに安心して使えそうだけど・・・。」X先生がYさんに尋ねる。レディー狆も興味津々のふうだ。

「シアン化カリウム。青酸カリですが、これも案外死にません。少量で死に至るなんてよく言われますが・・・。たとえ致死量を盛ることができても、即死とはなかなかいきませんし、安心してお使いになれるとは言い切れませんね。それに・・・。」Yさんは、目の前のマティーニを一くち口に含んでから続けた。「取り扱いが難しいと思います。特に、空気に触れたら要注意、相手を殺す前に自分が死んじゃう危険性も無きにしもあらずなんですよ。」それを聞いたX先生の、自慢のハの字眉の間に縦皺が数本現れた。

「余談ですが、テレビドラマなんかで刑事が、ご遺体の口元に鼻を近づけてクンクンするシーンがありますよね?アーモンド臭がしますなんて言いながら・・・。」Yさんの問いかけに、二人は黙ってうなずいた。微笑みながら、Yさんは話しを続ける。

「匂いがしていたら危険なんです。ご遺体の体内で化学結合が生じて、詳しくはややこしいのでご説明しませんが、ご遺体が薬剤を摂取した時間と量によっては、その匂いを嗅いだだけで嗅いだ人が重体になることもありますし。」まだYさんは続ける。

「あと、アーモンド臭ですが、どんな匂いだかご存知ですか、お二人は?」Yさんからの急なスルーパスに、X先生とレディー狆は顔を見合わせた。

「香ばしい香りでしょ?ちょっと美味しそうな。」とレディー狆が即座に回答すると、X先生も、「いやいや、少し生臭いんじゃないかな?香ばしいのは焼いたり油で揚げたりして加工したものだからね。」と負けずに答えを返した。

 二人の回答が出そろうと、Yさんは声を上げずに笑い出した。

「お二人とも、残念ですが不正解です。」そう言うと、Yさんはまた、器用にも声を上げずに笑い出す。

「どんな香りなのか、笑ってないで教えてくださいよぉ。」とレディー狆が拗ねて見せると、X先生も、「面白がってないで、正解を早く披露して欲しいな。」と怒った顔を作ってYさんに見せた。

 Yさんは、「すみません。でも、きっとそう言うお答えを返して下さるだろうと思っていたものですから、それが当たってしまったもので・・・。」そう言いわけをして続けた。

「テレビドラマなんかでよく耳にする『アーモンド臭』、ほとんどの方がお二人と同じように思っていらっしゃるようです。でも、本当は全く違っていて、少し酸っぱい、柑橘系か梅のような匂いなんです。皆さんのイメージするアーモンドは種の中の部分なんですが、『アーモンド臭』のアーモンドは果実のままの匂いなんですよ。ただ、使用前のシアン化合物の粉末は無臭ですけれど。」そう言い終わる頃には、Yさんの顔は真顔に戻っていた。

 X先生もレディー狆も、「へーっ」と言いながらYさんの真顔を覗き込んだ。

「こりゃ、小説で使う時も『取り扱い注意』だね。青酸も、さっき聞いたヒ素やストリキニーネ、テトロドトキシンまで、私は正確に使いこなす自信がないよ。」X先生はそう言ってハァーとため息をついた。レディー狆も、「ドラマや小説って結構いい加減なのね。毒殺は諦めるしかないみたい。」と呟いた。それを聞いたX先生は、「そうだよ。こんなに面倒くさいとはね。手に入れる手段からして大変だと言うのに、これじゃあ使えないよ。」と笑った。続けて、「確実に、そして読者に変な疑問を持たれずに死んでいただく方法はなかなかないんだよ。私はそれこそ、いい方法はないか、いい方法はないかと毎日それで頭を悩ませているんだから。」

 それを聞いて、僕はぶっと吹き出した。

 確かに!ここ最近、毎日のようにここのカウンターに突っ伏して嘆いてますもんね、X先生。

 僕につられて三人も笑った。

 一息つくと、不意にレディー狆が口を開いた。なんだか遠くを見ているような目をして。

「今まで、女性が殺人を犯すのに最適な方法は『毒殺』だと思っていたんだけど、そんなに甘い方法じゃないのね、毒殺って。」

「そうですよ。薬剤は本当に扱いが難しいんです。私はお勧めしかねますね。」そう言ってYさんは肩をすくめて見せた。

 すると、今までの一連の話で『本日の主役』の座をYさんに奪われてしまったと思ったのか、X先生は、例の『包丁』の話しを唐突にしだした。

「毒殺だけじゃないよ、難しいのはさ。」から始まって、僕がひと月前に聞いた話をとうとうと語り始める先生に、レディー狆はちょっと困った顔をしながら、自分が口を挟む間合いを図っている。どうやら、X先生の『包丁談義』には興味ゼロのご様子。眉間にシワを寄せた困り顔が、本当の狆見たいで結構キュートだ。

 X先生の独壇場も終盤、レディー狆がなかなか口を挟めないでいると、カウンターの奥、すだれで申し訳に区切られたちっちゃな厨房から、マスターが顔を出して言った。

「先生、そのお話は一字一句空で言えるほど何度もお聞きしていますよ。それより、お代わりはいかがですか?グラスがとっくに空いているようですが・・・。」んーっ、マスター、ナイスアシスト!

 タイミングばっちりのマスター降臨に、三人はそれぞれ同じもののお代わりを注文した。そして、今だとばかりに、注文を終えたX先生の顔を覗き込みながらレディー狆が、「先生、しつもーん!」と可愛らしく声をあげる。さぁ、X先生、今からが先生の『主役の座奪還』のチャンス、ですよ。

「先生なら、登場人物の女性にどんな方法で人殺しさせますか?」これは酷な質問だった。

 このひと月で、僕はX先生の作品は全て読破していたし、Yさんは元からX先生のファンだ。X先生の小説に『女性の殺人者』は登場しないのを僕たちは知っている。

「あー、えーっと・・・。」とX先生が言い淀んでいると、レディー狆は、「すみません。先生の作品を拝読していなくて・・・。もちろん、過去の作品からでも結構です。これから書く小説のプロットは人に言えないですもんね。過去作品でも教えていただいたら、その作品、明日にでも買って読んじゃいますんで。」と、本当にすまなさそうに言った。

 僕とYさんは、なぜこれまでX先生の作品に『女性の殺人者』が登場しないのか、理由も知っている。X先生は、フェミニスト、と言うか世の中の全ての女性を『女神』と崇めているのだ。たとえ小説の中であっても、女性を殺人者になんて、とても仕立て上げることは出来ないと思っている。これが、X先生が未だ独身の所以だと僕は推察してしまう。女性を美化しすぎて、現実とのギャップを受け入れられないのだ。その代わりと言ってはなんだけれど、X先生の書く「ハードボイルド」は、他の追付いを許さない程に男臭くかっこいい。僕は助け舟を出した。

「先生は、女性に犯罪を犯させない、男臭いハードボイルドをお書きになるのがお得意なんですよ。」「そうそう。すごくフェミニストでいらっしゃるんです。」Yさんも、すぐに僕のX先生救助活動に参加してくれた。

 それに答えて、X先生は申し訳なさそうに、「難しいなぁ。女性が殺人を犯す場合、殺害相手やシチュエーションにもよるだろうけれど、力ずくと言うのはお勧め出来ない方法だね。かと言って、毒薬はさっきYさんにご説明頂いたとおりのようだし。」と言いながら、右手で頭をカリッと掻いた。

 X先生のこの言葉で、三人の宴は終わりを迎えた。

 Yさんの連れだと思っていたレディー狆が、「そろそろ帰らなきゃ。時間が・・・。」とぶつぶつつぶやきながら、急にせかせか会計を済ませて、一人で夜の街へと出て行ってしまったのだ。残された二人は、なんともガッカリしたような顔でカウンター席にへばり付いている。

「そういや名前も聞かなかったな・・・。」X先生がそう言うと、Yさんも、「ここの常連さんじゃなさそうですね。お見かけしたことないですし。」と残念そうに呟いた。さっきのレディー狆のことだ。僕は、「初めて拝見する方でしたね。マスターはさっきの女性、ご存知の方でしたか?」とマスターにパスを回した。即座にマスターは首を横に振りながら、「美人さんじゃないけれど、愛想が良くていい感じの人でしたね。ここへは初めてお見えになったと思います。」と、ショットグラスを拭き拭き返事をくれた。

 だいたい、こんな路地裏のわかりにくいところにあるカウンターバーに女性一人でやってくること自体がまじレアだし、そのレアな人たちは大概、びっくりするほどハイテンションかびっくりするほど暗かのどちらかだった。彼女のような普通っぽい人は初めて見る。

「近いうちに、またここにお見えになるんじゃないですかね。お二人とのお話、楽しかったようだし。」決しておしゃべりじゃないけれど、マスターは大事なツボを抑えるのが本当に上手い。さすがはこの道・・・、何年なんだろ。

 ボウモアとマティーニをあと一杯づつお代わりして、X先生とYさんは上機嫌でお店を後にした。マスターの、『近いうちに〜』と言うひと言に気を良くしたように見える。二人とも、今日はいつもよりたくさん飲んでいた。

 

 そして、今夜だ。

 僕は、いつも通り夜8時に出勤した。

 すると驚いたことに、昨日のマスターのひと言は効果てきめん。すでに、X先生とYさんはカウンターの昨夜の位置に陣取って、多分、レディー狆がやってくるかもしれないと淡い期待を胸に、ビールとマティーニをそれぞれ飲んでいた。X先生がまだボウモアを飲んでいないところを見ると、来てまだそんなに時間は経っていないようだけれど。

 この二人とマスター以外には、店には他に誰もいなかった。多分、今日も暇な匂いがする。

 昨夜だって、X先生にYさん、レディー狆に不動産屋さんの二人、お客さんはたったそれだけだったのだ。近い将来、絶対にこの店は潰れる。そうなれば、もちろんバイトの僕もクビだ。もしそうなったら、ねぇ、どうする僕?

 先のことは今考えてもしようがない。僕はいつも通りに店のノートパソコンでテレビを見はじめた。もちろんシェイカー片手に。

 今日はサッカーの試合はない。ニュースでもチェックしておくかと人気ニュース番組にチャンネルを合わせると、なんだか見たような光景が目に入ってきた。

「ねぇ、マスター。これってこの近所じゃないですか?昨夜遅くに殺人事件があったって言ってますよ。」X先生のボウモアを用意しながら、マスターは僕の指差すノートパソコンの画面を見た。

「あれっ、本当だ!すぐそこだよ。表通りのコンビニの横。歩いて10分とかからない。」マスターが驚いて声を上げると、常連さん二人も「どこどこ」と言いながらノートパソコンの方に身を乗り出した。

 そして・・・。

 近所の光景が映し出された後、画面がガラリと変わって、僕たち四人は「うぉー。」と叫んだきり絶句したのだ。

 なんと、画面に現れたのは昨夜のレディー狆。現行犯逮捕されたと書いてある。ええっ、なんで?

 空いた口が塞がらないまま四人でニュースに見入っていると、アナウンサーだかニュースキャスターだかが事件の解説をしだした。

 要約するとこうだった。レディー狆は勤め先の上司と不倫関係にあって、お決まりの「妻とは別れて君と一緒になる」という言葉を信じて10年待ったが、上司は妻と一向に別れてくれない。そのうち上司の妻が妊娠したと風の便りで知って、「妻と別れる」が全くの嘘だと気がついた。で、昨夜、とうとう「私の10年を返せ」とばかりに不倫相手である上司とその妻の住むマンションに押しかけて、二人を殺害しようとしたのだ。

 いや、殺害した。男の方は見事殺害したのだった。そのマンションの部屋に飾ってあった『ゴルフコンペのトロフィー』で。

 番組はまだ続いていて、レディー狆のハンドバックからは「シアン化合物」と「台所用包丁」が出てきたと、アナウンサーだかキャスターだかが言っている。

「どうして薬物と包丁は使わなかったんでしょうね。用意周到というか、二つも凶器を用意して行ったというのに。」と、不思議そうに付け加えて。

 でも、僕らはなぜ彼女がそれらを使わなかったのかを知っている。マンションに行く前にここに寄ったからだ。

 ニュースが終わって長い沈黙の後、X先生がぼそっと呟いた。

「これからは、女性にも殺人を犯させることにするよ。」

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