第34話 主人公の知らないところで好感度は上がるのだという話

 二人から少し離れた場所。

 二人には見えない角度、けれど、二人の声ははっきりと聞き取れる場所で、物音一つたてず、息を殺して、そっと事の顛末てんまつを見守っていた少女たちがいた。


「ひとまずこれで、一件落着という感じですね」

「ですですね~。うまくいって瑠宇はほっとしています~」

「ごめんなさい、瑠宇さん。あなたを巻き込んでしまって」


 謝る玲愛に、瑠宇は笑顔で返す。


「いえいえ構いませんとも。瑠宇は桔梗屋先輩の懐刀。腹心の部下にして露払い。一番弟子にして提灯持ちですから。先輩が幸せになるために、身を削るのは当然のことです」


 安里玲愛はしたたかだ。

 スポッチで瑠宇を見つけた時、桔梗屋清美のを握れる可能性を考えた彼女は、個別に接触。そこで瑠宇の連絡先を手に入れていたのだった。


 結局その連絡先は、当初予定していたのとは真逆。こうして桔梗屋清美を助けるために使われたわけだが。


「玲愛さん玲愛さん。瑠宇の演技、なかなかのものではなかったですか?」

「ええ、怯えた表情とか完璧でしたよ。瑠宇さんは演技の才能があるのかもしれませんね」

「えへへぇ、褒められちゃいました。……まああの時は、想像以上に桔梗屋先輩の圧がすごくて、素で驚いちゃったのもあるんですけど……」

「いやあ、あれは中々の迫力でしたねー。遠くから見てるだけでも鳥肌が立ちましたもん」


 すべての計画は玲愛の立案のもと進められた。

 清美が消えたタイミングで瑠宇が征一に秘密を明かすことも、その現場を目撃した清美が征一の元から走り去るであろうことも、征一であればその後を追いかけるであろうことも、全て玲愛の計算の内だった。


 すべては二人の関係を、フラットなものにするために。

 清美と征一を、正しく友人にするために。


「征一さんが誠実に向き合ってくれるかどうかだけが懸念点でしたが……うまくまとまってくれたようで何よりです」

「お兄さんが『断る!』って言った時は、どうなることかと思いましたけどねー」

「ふふ、そうですね」


 しかし玲愛は信じていた。

 志茂田征一という人間は、きっと桔梗屋清美を見捨てはしないだろうということを。

 彼女の下ネタに、決して嫌な顔を一つせず、呆れながらも付き合い続け、桔梗屋清美から笑顔を引き出し続けていた――そんな彼ならば、きっと。


「それにしてもこんな計画を立てるなんて、玲愛さんも先輩の事が大好きなんですね!」

「瑠宇さん? それに関しては既にお話したはずですよね?」


 どうやらこの後輩はとんでもない勘違いをしているらしい。

 玲愛は膝を折り、瑠宇に視線を合わせて説明を始めた。


「私は平穏な高校生活を送りたいんです。清美さんと征一さんとは、これからも長いお付き合いになります。であれば、そのお二方の間にあるわだかまりを早いうちに解消しておきたいと考えるのは、自然なことでしょう?」

「ふむふむ」

「つまり、私の今回の行動は清美さんに対する優しさでもなんでもなく、ただ単に自分の利益を追求した結果であるという訳です。あんだーすたん?」

「はい! 玲愛さんがちっとも全くこれっぽっちも素直じゃないお方だということがよく分かりました!」

「だーかーらー!」


 はあ、とため息をこぼす。

 まあいいか、この子には分かってもらえなくても……。


「ああ、それと。今回のことは誰にも言ってはいけませんよ? 清美さんの中学時代のことも、もちろん私たちだけの秘密です。いいですね?」

「もちろんなのです!」

「よろしい」


 頭を撫でると、瑠宇はくすぐったそうにころころと笑った。


 これでいい。

 これで清美の秘密が外部から漏れる心配はなくなる。

 桔梗屋清美の平穏は保たれ、志茂田征一の平穏も保たれ、そしてそれは回りまわって自分の平穏にもつながる。

 だからこれでいい。これで、いいんだ。

 玲愛は満足そうに笑って、立ち上がった。

 

「さ。私たちも帰りましょう。帰りに何か食べていきましょうか。頑張ったご褒美です」

「わあい! 瑠宇、ラーメンが食べたいですー!」


 両手を挙げてぴゅーんと走り出した瑠宇をゆっくりと、腰の後ろで手を組みながら歩く。

 ふと風が吹いて、思い出したように玲愛は振り返る。


「ああ、そういえば」


 フェンスにもたれかかり、清美と話している征一の姿を認めて、玲愛は呟いた。



「さっきのはちょっとだけかっこよかったですよ、征一さん」



 誰にも聞こえないくらいの、小さな声で。

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