第33話 ごらん、下ネタの花がエモく咲いている。 後編

 俺は一歩、前に出た。


「いいか、清美! よく聞けよ!」


 茫然と俺を見つめる清美に言う。


「俺は友達なんかいらない! 一人の時間は減るし行きたくもないとこにいって金は減るし食いたくもないものを食って金は減るしそのくせ考えなきゃいけないことは増えるしクソめんどくさいやり取りは増えるしでいい事なんか何もない! それだけの価値を友達に見いだせない! だからこれまでも、これからも! 俺はずっと! ずっとずっとずっと! ボッチでいる! い続ける!」


 ふらりと、清美の体が傾いた。

 生気の無い顔で、うわ言のようにつぶやく。


「……そう、よね。あなたは、そういう人、だったわよね……」

「うるせえ! 口を挟むな! 最後までよく聞きやがれ!」


 倒れかかった清美の肩を掴む。

 驚いたように、清美が顔を挙げた。


「いいか、一回しか言わないからよく聞けよ! 俺があの日、お前に友達になれないって言ったのは――」


 意を決し、言う。


「お前のことが好きだったからだ!!」

「え?」

「二度は言わん! 恥ずかしいからな!」


 しばし、沈黙が走る。

 俺と清美の視線が交差する。

 ようやく俺の言葉を咀嚼そしゃくし終えたのだろう。


 清美はその白く滑らかな頬を赤く染め……ることはなく。

 長年の想いが通ったような嬉しそうな表情を浮かべ……ることもなく。

 ただひたすらに困惑したように、怪訝けげんな目線を俺に向けた。


「……変わった趣味してるのね」

「当時のお前は正統派美少女だったからな」

「……まさか、今でも?」

「いや、それはない。今のお前は俺のストライクゾーンから離れすぎてる」

「安心したわ」


 心底ほっとしたように、清美は言った。


「そう……そういうことだったの……。私、おかしな勘違いをしていたのね」

「ほんとだよ。俺はあの日、お前に告白してるんだからな」

「全然気づかなかったわ」

「告白はスルーされるし、おまけに中学になったらお前は消えるし、ぶっちゃけ、俺はめちゃくちゃ傷ついた」

「ごめんなさい。でも、お互い様よ」

「そうだな」


 俺は続ける。


「だからさ、高校入学の初日、俺の前にまたお前が現れて、それで声をかけてくれた時――正直、ちょっと嬉しかった」


 例えかけられた言葉がどうしようもない下ネタだったとしても。

 品性のかけらもないようなセリフだったとしても。

 間違いなくあの時、俺の心は喜んだ。

 喜んだんだ。


「そういう感覚って初めてだからさ。どんなふうに扱えばいいか、今まで分かんなかったんだけど……。だけど、今なら言葉にできる」

「どんな、言葉?」


 大きく息を吸う。

 一気に、一度に言いきってしまうために。

 一言一句、間違えないように。

 今度こそ正しく伝えられるように。


「俺は」


 言う。


「お前の行動に責任なんか取らない。お前が勝手に勘違いして、お前が勝手に勉強して、勝手にエッチになって勝手に下品になっただけだ」

「身も蓋もない言い方するわね」

「だけど、事実だ。……俺がそんなお前と喋れて、勝手に喜んだのと、同じように」

「……あ」


 俺たちは、縛られない。

 義務とか責任とか、そんな押しつけがましい言葉にがんじがらめにされる必要なんてない。

 勝手気ままに、好き勝手に。

 生きて、喋って、関わって、互いを縛らず、縛り合わない。


「だからさ、清美。お前だけは……特別に。本当の本当に、特別に……」


 例えば。

 例えばそういう関係を、何か言葉にしなくてはいけないのであれば。

 そういう関係でありたいと伝える時に、何か適切な単語をあてがわなくてはいけないのであれば。


 不承不承に、仕方なく。

 心ならずも、やむを得ず。

 一つの言葉を口にしたいと思うんだ。



「俺と友達になって欲しい」



 時間が止まったように錯覚する。

 清美も、俺も、しばらく一言も言葉を発さなかった。

 もしかしたら、呼吸だってしていなかったのかもしれない。

 柔らかな風が頬を撫でて、ようやく時間が動いていることを知覚した時。

 きっと同時に、清美もそれを感じた時。

 桜の花は咲いていないけれど。

 場所もちっとも違うけれど。

 それでもあの日の続きを、今ここから始められると気づいたから。



「まったく、しょうがないわね、征一君は」



 言葉とは裏腹に、晴れやかな笑顔で。

 はそう言った。

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