第29話 エロと芸術は仲が良い
美術館には徒歩に十分程度で到着した。
列に並びながら、清美と他愛もない会話を交わす。
「征一君は絵画への造詣は深いのかしら」
「全くだな。絵の良し悪しとか、よく分からん」
「でも、エッチなイラストを見てはひはひしているくらいだから、興味はあるのでしょう?」
「確かに俺はSNSにアップされた神絵師のエロイラストを喜んで保存しているがそれとこれとは話が別だろ!? ……そもそもそういう絵画とイラストって、全然違うじゃん。タッチとか、雰囲気とか」
あと、エロさとか。
「あら、そうかしら。今日はそんな征一君にピッタリの美術展が開かれているようだけど」
そう言って清美は美術館の前に立てかけてあるアクリルガラスを指さした。
『
「……すげえタイトルだな」
「分かりやすくていいじゃない。とても心が躍る展覧会だわ」
「……さよか」
「まだあまり、気乗りがしていないようね」
「まあ、この際だからはっきり言っておくけどさ。俺はエッチなイラストは好きだ」
「とんでもない告白ね。相手が相手なら訴えられても文句は言えないわよ」
「相手が相手だから言ってんだよ」
「ふふ、ありがとう」
なんでちょっと嬉しそうなのこいつ。
「で、エッチなイラストは好きだけど、裸婦画? というのは、正直あまり興味がない」
「どうして?」
「エッチじゃないから」
「IQの欠片も感じない理由ね」
「う、うるさいな。だってそうだろ? 昔の絵画の描き方って独特だし、裸でも別にエロさは感じないんだよ。どっちかっていうと、美しいっていうかさ」
列が動き、美術館の中にぞろぞろと人が入っていく。
俺たちもその流れに沿って、館内に足を踏み入れた。
「あら、意外とまともなことを言うのね。美しいと感じる感性をちゃんと持っていたことに驚きを禁じ得ないわ。ちゃんと人間に近い獣だったのね」
「どうしよう。獣に近い人間って言われるよりまだマシだと思ってる自分がいる」
「
「やっぱり人間がいいです。人間扱いしてください」
美術館の中に入ると、壁一面にずらりと裸婦画が飾られていた。
なんて言えばいいのか言葉にするのが難しいけれど、とにかく圧巻の絵面だった。
清美は俺を引き連れながら、一つずつ解説していく。
「ギリシャ時代の裸婦画は、写実ではなく、理想。つまり、神に近い存在となるべく、理想美を追求したものがほとんどなの」
「ああ、なるほど。そりゃ、エロくはないわな」
「そして中世は、キリスト教社会。一般女性の裸を描くのはご法度とされたわ」
「でも、みんな脱いでるぜ」
「あれは神々だからいいのよ」
「なんだそのガバガバ理論」
「当時はそれがまかり通ってたのよ。とはいえ、あまりに官能的なのはやはりNGだったようだけれど。あと、気安くガバガバとかいう単語を使わないでくれる? 興奮するでしょ」
ツッコまねえぞ俺は。
「ふうん、なるほどな。絵画からエロさを感じない理由ってのは、そういうところにあったんだな」
ジョルジョーネ『眠れるヴィーナス』
ティツィアーノ『ウルビーノのヴィーナス』
ルーベンス『三美神』。
ブロンズィーノ『愛の寓意』。
色々な絵画の前を通り過ぎる。
清美の解説付きで多少は面白く鑑賞できるとはいえ、そもそも興味が薄い分野だ。段々と集中力が途切れていくのを感じた。美術館って静かだから眠くなるんだよな。
と、その時。
「さて、ここからが面白いところよ」
清美が両手で俺の目を塞いだ。
「お、おい、何すんだよ」
「千八百年ごろ、とある宮廷画家の手でヌード作品が描かれたの」
清美は俺の抗議の声も聞かず、説明を始める。
「これまで女体の裸は歴史画や宗教画として描かれてきたけれど、この作品は神話や歴史上の人物であることを示す情報が何もない。つまり、同時代の生身の女性の裸が描かれているの」
相変わらず的確で分かりやすい説明だ。
落ち着いた声音は聞き取りやすいし、先生とかアナウンサーとかでも十分やっていけそうな感じだ。
だけどそんなことはどうでも良かった。
話の内容も全然頭に入ってこなかった。
だって背中におっぱいが当たってるから。
うんうんそうだね! おっきいもんね! 背中から「だーれだ?」みたいに目を隠したら必然的にそうなっちゃうよね、分かる分かる! 分かるけど公共の面前でやられるとちょっと征一君、困っちゃうかな! ついでに征一君の征一君も困っちゃうかなー!!
「女性のモデルについては諸説あるのだけれど、とにかく一般の女性の裸を描くというのは、それはそれはセンセーショナルな出来事だった。作者は宗教裁判にかけられたという話もあるくらいよ」
だから話が全然入ってこないんだって!
健全な高校生としては目の前の裸婦画より背中越しのおっぱいの方が断然気になるんだよ! キャンバス越しより着衣越しの方が刺激が強いんだよ! その辺ちゃんと分かってる!?
あとすっげぇ静かな美術館の中でこの叫びを我慢してる俺の精神力を誰か褒めて!
「そして何より面白いのは、この絵画には『衣服を着た状態』と『脱いだ状態』、二つのパターンの絵画が存在しているところよ。作者の意図についても色々な説があるようだけど、私は二枚並べて妄想を膨らませるためだと思ってるわ」
「な、なあ清美。そろそろいいか?」
「ふふ、そんなに見たいの? あんなに裸婦画に興味はないって言っていたのに」
もうそれでいい! それでいいから早く俺を解放してくれ!
背中に当たってるのとか耳元の囁き声とか甘い香りとかで色々限界なんだ!
「では、とくとご覧あれ。これが西洋絵画史上初のヌード作品。ゴヤの『裸のマハ』よ」
目から両手が離れ、同時に背中から両乳が離れる。
ようやく解放されたことに安ど感と寂寥感を抱きながら、目を開ける。
視界一杯に入ってきたのは、壁にかけられた二枚の絵画。
『裸のマハ』と『着衣のマハ』だった。
「……」
「どう、征一君? これは中々に官能的だと思わない? これまでの宗教画や歴史画とは違って、肉感と構図が――」
「……」
「征一君?」
「……なあ、清美」
「何かしら」
「なんていうかさあ……」
俺はガッツポーズを作って、高らかに言った。
「やっぱ差分アリの
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