恵梨宛ての手紙

恵梨は,メールで頼まれたように,1時間後に,悠貴のアパートへと向かった。


悠貴が私にお願いしたいことって,何なんだろう?相談かな?あるいは,病院やサポートグループを紹介して欲しいのかな?でも,どうして今何だろう?今から大雨が降ると言うのに…。


悠貴のアパートまで来ると,ノックしてから,悠貴からもらった合鍵を使って,玄関のドアを開けた。アパートの中は,異常な静かさだった。


靴を脱ごうとすると,下駄箱に封筒が貼りつけてあることに気がついた。封筒に「恵梨へ 上がる前に読んで」と書いてあった。


恵梨は,封筒を手に取り,中の便箋を取り出し,手紙を読み始めた。

「恵梨へ


介護士という立場で,多くの難病を患っている患者さんに毎日,出会い,励ましている恵梨からしたら,僕のやったことは,自分勝手で,浅はかに見えるかもしれない。しかし,僕は,生き続けるより,今死ぬ方が周りに迷惑をかけなくて済む。どう考えても,この結論に至る。


どうせ,死ぬなら,時期と形を選び,周りへ負担をかけないように,死にたいと思った。


長い闘病生活も,自殺も,結局親を苦しめることになる。親を苦しめたくないと思ったら,事故死が望ましい。


だから,恵梨にお願いがあります。雨がひどくなる前に,急いで,手袋をして,僕の遺体を川へ流してください。薬の瓶とこの手紙を処分してください。


そして,この手紙の内容も,僕の病気のことも,誰にも言わないこと。両親には,僕が事故で仕方なく,死んだと思って欲しい。


わがままですが,最後のお願いです。最後に迷惑をかけて,ごめんなさい。あなたを愛しています。幸せに出来なくて,ごめんなさい。


悠貴」


手紙を読み終わるときには,恵梨の手は震えていた。


私になんてことをお願いする!?もちろん,手紙に従うのは,嫌だった。このことに,協力したくなかった。協力したら,犯罪だと思った。


しかし,協力して,悠貴の死は事故であったかのようにしておかないと,自分が容疑者になることに気づいた。このアパートの合鍵を持っているのは,自分だけだし,さっき入るときに触ったから,ドアの取っ手には,自分の指紋がついている。


悠貴の死が事件扱いになり,自分が容疑者になれば,当然,手紙の内容も,悠貴の病気のことも話さなければならない。悠貴の思い,悠貴の遺思を裏切ることになる。悠貴の死が無念になる。


そう思うと,従うしかなかった。

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