第37話

 中村さんからの告白から少し時間が経ち、落ち着いたので腰を上げ荷物を取りに教室に戻った。


「あれ? 上原さんまだ帰ってなかったんだ?」


 上原さんは自分の席に腰掛け本を読んでいた。彼女も空き時間に本を読むようになったのは本好きの僕としても嬉しい限りだ。


「うん、遠山の荷物がまだあったから一緒に帰ろうと思って待ってたんだ。遠山はどこに行ってたの?」


「ちょっとした野暮用かな」


 告白をされたことは上原さんには言い難かったので適当に言葉を濁した。


「そう……じゃあ、帰ろっか」


 特に用事の無かったし、せっかく待ってくれていた上原さんと一緒に帰ることにした。


 二人して並んで校門まで歩いて行く間も、僕と上原さんは他の生徒の注目を浴びていた。


 やっぱり上原さんは本当に可愛いよな。彼女は本当に華やかで人目を惹く容姿をしている。そんな彼女が僕に好意を持っているなんて到底思えない。


 僕は自分に自信が無いから、なんでこんなに可愛くて良い子が? と考えてしまう。でも、今日は中村さんに告白されたし、少しは変わったと自信を持ってもよいのだろうか?


「ねえ……遠山。何か隠してるでしょう? 今朝の下駄箱での遠山は不自然だったよ」


 校門を抜け、少し歩いたところで上原さんが朝から思っていたであろうことを僕に聞いてきた。

 あの時の僕の行動は何か隠してるのがバレバレだっただろう。


「それは……」


 今日の件は嫌がらせの類ではないが、上原さんに伝える必要があるのかどうか僕は悩んでいた。


「私は……遠山にまた何かあって傷付くようなことがあったら凄く嫌なの。だから何かあったら相談して欲しい」


 上原さんは本当に僕を心配してくれている。僕を見つめるその瞳は涙で少し潤んでいるように見えた。


「分かった……でも、今日あったことは誹謗中傷とか嫌がらせでは無いんだ。その……」


 やっぱり言い辛い。

 上原さんに目を向けると彼女のその瞳は僕を見つめ静かに返事を待っている。

 僕は意を決して口を開いた。


「今日、校舎裏に呼び出されて告白されたんだ」


「えっ? 告白……? 嘘……」


 上原さんは目を丸くしポカン口を少し開けたまま驚いた表情で聞き返してきた。


「うん……今朝、下駄箱に手紙が入っていて、校舎裏で待ってるって書いてあったんだ。それでさっき会ってきた」


「そ、それで遠山はどう、したの……?」


 上原さんは動揺しているのか少し声が震えていた。


「もちろん断ったよ。僕はその子と話したことも無かったし、何の感情も持ち合わせていないから」


「そう……よかった……」


 上原さんはホッとした様子で胸に手を当てうついた。


「ねえ遠山……相手は私が知ってる人?」


「うん、同じのクラスの子だから知ってるよ」


 上原さんは同じクラスと聞いた時に肩をビクッと振るわせた。


「同じクラス……なんだ……誰?」


「ごめん、それは彼女の為にも言えない。でも、高井と相沢さんではないから安心して」


 僕に告白してきた女子が、上原さんの身近で親しくしている人であることが彼女にとって一番恐れていることだろう。だから安心させる為にそれだけは無いと彼女に伝えた。


 彼女は俯き無言で何かを考えているようだった。


 ――!


 突然のことだった。上原さんが正面から僕の背中に手を回し、人目もはばからず抱き付いてきた。


「遠山が少しずつ変わってきて、こうやって告白されたり色んな人にたくさん好かれてきて私は嬉しい」


 上原さんは僕の胸に顔を埋めながら続けた。


「でも……それで誰かと一緒に遠山が遠く離れていってしまったら嫌。私はあなたの近くにずっといたいの……」


 それは上原さんの本音だろう。

 クラスで他の生徒への印象が良くなるように僕のイメチェンに協力してくれた反面、誰かに僕を取られてしまいたく無いという矛盾を抱えていたんだと思う。


「大丈夫だよ。僕はどこにもいかない」


 僕は最近変わりつつある高井の顔を思い出す。家庭事情や色々と大変なことを抱えているけど、今の彼女を見ているといずれ僕を必要としない時が来るだろう。僕にはそう思えた。


 だからその時は――


「私が遠山を縛る権利なんて無いのにワガママ言ってごめんなさい」


 上原さんは僕の胸から離れながらそう呟いた。


 僕は今、上原さんにはそれ以上何も言えなかった。


 そして二人の間に沈黙が流れる。




「あのさ……もう一つ知りたいことがあるんだ」


 先に沈黙を破ったのは上原さんだった。


「なに?」


「遠山は自販機のところでお兄さんがいないのにどうして嘘を吐いたの?」


 ああ……そのことか。

 咄嗟とっさのことで嘘を吐いてしまったのが、今になって自分の首を絞めることになろうとは。


「……同級生の上原さんに見られて恥ずかしかったから思わず嘘を吐いちゃったんだ」


 この件に関しては嘘を突き通すしか僕には選択肢はない。


「やっぱり遠山に恋人がいてその人と……その……する為なの?」


 上原さんは悲しげな表情で僕を見つめ問いただしてくる。


 高井のことは上原さんに絶対に知られてはならない。僕は必死に言い訳を考えた。


「アレはその……やっぱり言わなきゃダメ?」


「うん、聞かせて欲しい」


「僕の凄く恥ずかしいことを聞くことになるけど……キレイな話じゃないし、僕のこと嫌いになるかもしれない。それでも?」


「私は遠山のこと嫌いになんてならないよ。だから聞かせて」


 今から話すことは僕の経験談を嘘に使わせてもらうから半分嘘で半分本当だ。


「分かった……アレはその……一人でする時に使います」


 とりあえず遠回しに伝えて上原さんには悟ってもらおう。


「一人でする?」


 残念ながら上原さんには伝わっていないようだ。これは直接的な表現で言うしか無いのか?

 僕は緊張しながら意を決して口を開いた。


「その……アレは僕が一人でお、オナニーをする時に使うんだ……けど?」


 嘘とはいえ物凄い恥ずかしいことを僕は上原さんに言っているのでは? なんという羞恥プレイ!


「えっ⁉︎ お、オナ――って、ええっ!」


 上原さんは物凄い勢いで驚いている。


「上原さんこれでいいかな?」


 これで納得してもらえれば、お互いこれ以上恥ずかしい思いをしなくて済むんだけどな。


「そ、それだけじゃ分からないから……も、もっと具体的に教えて……欲しい、かな」


 上原さんは興味津々なようで更に食い付いてきた。


「お、オナホールっていうのがあるんだけど……あ、女性のアソコを模したやつね。そこにローション入れて使うんだけど、そのまま僕のアレを入れるとローションでヌルヌルになって僕のアレの処理とオナホールの洗浄が大変だからコンドームを被せて、オナニーしてるんだ」


 半ばヤケになりひと通り話し終え、恐る恐る上原さんを見た。彼女は首まで真っ赤にして硬直していた。

 あ、ああ……上原さんは純情なんだな。


「上原さん? 聞いててくれた?」


「えっ⁉︎ えっと……聞いて、たよ? でも、なんか凄いんだね……」


 すると我に返った上原さんが上擦った声で反応した。


「そういうことなんだよ。僕も凄く恥ずかしいんだからね。こんなこと話すの」


 経験談なのでこの上ないリアリティで語れたと思う。


「と、遠山も……その……え、エッチなことに興味あるの?」


「もちろん僕も健全な男子だし……もちろんあるよ。だからそういうのを使ってる訳だけど」


「それじゃあさ……そ、そのエッチなことを私と……その……しても……」


 ん? 上原さんの話がなにか怪しい方向に向かっている気がする。


「上原さんと……なに?」


 僕は上原さんが何を言おうとしているのか理解しているが、わざと分からないフリをした。


「ああ、無理! 恥しくてこれ以上言えない……遠山に恥ずかしいことを言わせてしまってごめんなさい」


 恥ずかしさが限界に達したようで上原さんはギブアップした。


「いや、いいんだ。嘘を吐いた僕が悪いんだし。でも……男子のそういう事情も理解してもらえたと思う」


 とりあえず嘘ではあったが納得はしてもらえた、のだろうか?


「うん、分かった。え、エッチな気分になったら、その……そ、相談してね」


 相談って……乗った後はどうしてくれるのだろうか?


「う、うん……分かった」


 こうしてインパクトが大きいことで上塗りして何とか誤魔化すことに成功した。コンドームを買ったことなど、オナホールを使ったオナニーのインパクトに比べれば些細なことだろう。

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