第17話

★上原麻里花視点です。


 コンビニで買い物を終えた帰り道、私は薄暗い裏通りを家に向かって歩いていた。

 その帰り道の一角にコンドームの自動販売機があり、そこで若い男の子が周囲を気にしながらコンドームを購入している姿を見掛けた。

 その周囲を気にする姿を見て私は思わず微笑ましい気持ちになった。


 私もいざ買うとなったら躊躇して挙動不審になることは間違いないと思う。


 ――ん? あの男の人……なんか見たことあるような。


 コンドームを買った男性の後ろ姿には見覚えがあった。


 私は更に近付いてその姿を確認する。


 ――遠山⁉︎


 あまり話した事はないけどクラスメイトの遠山に間違い。


「あれ? 遠山?」


「上原さん?」


 遠山は慌ててポケットにコンドームを隠したけど、もうバレてるからね。


「遠山こんなとこで何やってんの? ていうかさっきポケットに隠したのってアレだよね?」


「うん、まあそうかな」


 容姿は平凡、真っ黒な髪で目が隠れがちな前髪のせいでとても地味に見える。普段も一人で本を読んでいることが多く大人しい印象の男子生徒だった。


 悪く言えば地味で大人しい、良く言えば落ち着いている。

 遠山は私の周りの男子のようにバカ騒ぎしたりフザけたりしない。どこか諦めているというか達観している感じで、他の男子生徒と比べると大人っぽい雰囲気だった。

 仲が良いグループに倉島和人くらしまかずひとというサッカー部でイケメンのモテる男子がいる。私は最初、カッコいいしいいなぁって思ってたけど長い時間接していると悪い面ばかり見えてきた。女癖が悪くて傲慢で思いやりがなくて本当に最低な奴だった。ちょっとでも良いと思った自分が恥ずかしい。なんでモテるのか不思議で仕方がない。

 やっぱり人は顔じゃないんだなぁってつくづく思った。


「ふーん……それって遠山が使うの?」


 他の男子とは違う大人びた雰囲気。私はそんな遠山が気になっていた。だから彼が避妊具を使うような相手がいるのがなんとなく嫌でつい聞いてしまった。


「ああ、これは兄貴に頼まれて買ったんだよ。小遣いやるからって」


 なんか嘘くさいけどそれを聞いて少しホッとした。


「でもさ遠山の家ってこの辺じゃないよね?」


 しつこく追求するような真似をして私どうしちゃったんだろう? なんか浮気を疑っている彼女みたい。


 結局、人目に付かず買いやすい自販機を探していたらここまで来てしまったということみたい。


「まあ、いいけど。遠山はそういうの必要なさそうだもんね」


 彼は私の変な追求にも嫌な顔一つせずにいてくれている。

 素直に話をできない私は遠山と比べると本当にダメだなぁって思った。


「そうそう、俺には無用なものだよ。それじゃあ兄貴が待ってるから僕は帰るよ」


 遠山の“僕には無用なもの“私が一番聞きたかった言葉を聞けて私は思わず顔が綻んでしまったのは内緒だ。


 少ししつこくしちゃったけど嫌われてないよね? 遠山は逃げるように帰ってしまったので少し心配だった。



◇ ◇ ◇


 夜道で遠山に会ってから私は積極的に彼に話し掛けるようになった。でも、遠山たちと一緒にいると毎回倉島が邪魔をしてくる。


 倉島から付き合って欲しいと告白されたことがあったが、彼の本性を知っていたので断っている。にも関わらず彼氏面をして、いちいち遠山に絡んでくる。


 私の周囲の男子は倉島を筆頭に下心が丸出しだったり、逆に会話するのもままならない引っ込み思案な男子が多い。


 遠山は私にあまり興味が無いように見える。私はもっと彼と仲良くしたくて、彼がいつも本を読んでいることと、図書委員であることを利用して仲良くなろうと画策した。オススメの本を聞いたり図書室で本を借りたりして接点を増やそうと努力した。


 遠山が読んでいる本に興味があるという作戦は功を奏し、放課後に彼と二人で出掛けることに成功した。これって放課後デートだよね? 話が盛り上がってそのままカフェでお茶したのがとても楽しかった。


 図書室に通うようになって、いつも図書室にいるクラスメイトの高井さんのことも気になるようになった。彼女に興味が湧いた理由は、なんとなく遠山と雰囲気が似ているからかもしれない。

 高井さんはインドア系で色白の美人だ。彼女もまた真っ黒の黒髪に太いフチの大きなメガネを掛け、あえて顔を隠し目立たないようにしている気がする。


 私は高井さんとお話がしたくて毎回、図書室で話し掛けるがなかなか心を開いてくれない。遠山は図書室ではそれなりに仲良くしているようで羨ましい。


 それから読書にすっかりハマり、男性が読むようなラブコメとかも読むようになった。男の子ってああいう一途でオッパイが大きい女子が好きなのかな? 私もバストサイズなら自信がある。ラブコメみたいに腕を組み、さりげなくオッパイを押し付ければ遠山も私に興味を持ってくれるかな? 機会があったらやってみよう。



◇ ◇ ◇



 図書室で遠山を本屋に行こうと誘ったが、用事があるからと断られた日の夕方に親友の美香から電話が掛かってきた。


『麻里花、アンタのとこにグループチャットの招待来てる?』


『ううん、そんなの来てないよ』


『やっぱり……そのチャットに麻里花のことが書かれてるの』


『え? どんなことが書いてあるの?』


『……よく聞いて。ハッキリいうと根も葉もない悪口が書かれてる。遠山のことも書かれてた』


『私の悪口⁉︎ それに遠山も? それで何て書いてあったの?』


『麻里花、知ったらショックだよ。それでも知りたい?』


『……うん、聞くのは怖いけど……何を書かれているのか知らないのはもっと怖い』


『分かった……スクショ送るから。それから先に言っとくね。私は麻里花の味方だから』


『ありがとう……美香』


『それじゃ送るから、気を強く持って。そして読み終わったら必ず私に折り返し電話して』


『うん、分かった。必ずかけ直す』


 私は電話を切り、美香からスクショの画像が届くのを待った。



 しばらくすると新着メッセージを受信した旨の通知音が鳴り響いた。


 私はスマホを持つ手が震えメッセージを開くのを躊躇ちゅうちょしていた。

 でも……このままでは埒があかない。私は意を決してメッセージを開いた。


 私はメッセージに目を通す。

 そこに書かれていたのは私に対する根も葉もない嘘と誹謗中傷。


 ――なんで?


 読み終わった最初の言葉はそれだった。


 意味が分からない……これを書いた人たちは私になんの恨みがあるというのだろう……。


 私はしばらく呆然としていたが、美香の言葉を思い出し彼女に折り返し電話をした。



◇ ◇ ◇



「倉島ァァッ!! 僕のことはいくら悪口を言っても構わない……だがな……上原さんを侮辱するようなことを言ったら――ブッ殺すぞッ!!」


 今、私の目の前で遠山が倉島の胸ぐらを掴み、彼を下駄箱に力任せに押し付け締め上げている。


「遠山、やめて……お願い……私は大丈夫だから……」


 倉島と谷口にいわれのない中傷を受け、遠山が私の為に激怒していた。でも、これ以上彼に暴力を振るわせてはいけないと私は必死に彼を止めた。


 その言葉が届いたのか遠山は倉島から手を離した。


 その場は一時騒然となり、誰かが呼んできた先生に遠山と倉島は別々に連れて行かれた。


 私と谷口は他に目撃していた生徒たちと共に事情を聞かれることとなり、先生に連れられ移動していた。


 嬉しかった。倉島たちにヒドいことを言われたけど遠山が怒ってくれた。だから私は救われた。彼の優しさに触れ私の心の中に暖かい何かが生まれた。

 でも、私のために彼は暴力を振るってしまった。このままでは彼は学校から何かしら処分を受けてしまうかもしれない。それだけは阻止しなければならない。


 幸いにも事の発端になったロッカーに入っていた中傷の書かれた紙も手元にある。私が真実を話せば遠山の処分は軽くなるかもしれない。


 ――遠山、待っていて。今度は私があなたを救います。

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