六
二度目の音が鳴り止んで、画面はリスタートの丸まった矢印が転がるだけになる。
再び訪れた静寂に、美紗子は小さく吐いた。体の中ではどっどっと執拗に心臓が跳ねていて、胃のあたりでは何かがざわざわと騒いでいる。
「宇宙船に乗って…」
鼓動に乗せて、動画の下に書かれた文字をなぞってみた。ボサボサで気怠げな彼の優しい歌声が紡ぐその曲名を口に出せば、またしても心がどくりと踊らされる。
「すごいなぁ…」
ふと言葉が口から溢れた。同じ音のこの言葉を美紗子は公園でも口にしたが、あのベンチで互いが互いにかけ合った時とは違う。これは心が漏れて出た、美紗子の心が乗った言葉だ。
たったっと画面の上で指を走らせて、流れる動画を上から順に再生してみる。スマートフォンから流れるその音は、どれも美紗子の心をふわりと撫で上げた。その音楽が、この人の声が、自分にとっての唯一無二なのだと美紗子に思わせる。
「でも私だって、すごいんだよ…」
三井の声にようやっと下向きだった心が上を向いた美紗子は、トートバッグを指先で優しく撫でると呟いてみた。外からは見えない所までしっかりとこだわって作ったそれは、きっと使ってくれる人に馴染むはず。だから
「きっと大丈夫」
根拠はないけれど言ってみる。続けていればきっといつか、美紗子自身も誰かの唯一無二になれるような気がする。空虚な穴が空いていた心が、徐々に満たされていくような気がする。だからきっと大丈夫、なんとかなるよ、そう思えた。
そうしてふわりと心を軽くした美紗子は、鼻歌まじりにキッチンに立つとパスタを
柔いパスタを咀嚼しながら覗いたRicのSNSには、最新のライブ情報と「連絡をいただければチケット取り置きします」という文字が並んでいる。ただライブなんて行ったこともない美紗子はさらりと読み流してスクロールした。ライブ後の汗だくの姿でVサインを作る三井の写真を見つけた時は、少しだけ指を止めてまじまじと覗き込んでみた。その下に「みっくん、今日もかっこよかったよーー!また行くねっ」なんてコメントが書き込まれているのを見つけた時は、これを三井がどんな顔で読んだのかを想像してみたが、何も思い浮かばなくてふっと顔が綻ぶ。
なんとなく、また会いたいな、と美紗子は思った。口の中には加熱されて柔らかくなったトマトの酸味が広がっていた。
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