第3話Part.4~ミリアの不安~

「それじゃあまずは魔物除けの結界を張るか」

「は、張れるんですか?!」

「ああ」

「私、張ったことが無くて」

「そうか、魔術の力量に関しては問題はなさそうだし、一緒にやってみるか?」

「はい!」


 魔物除けの結界を張ることにしたが、ミリアは一度も張ったことがないがその存在は知っているようだ。応用魔術を問題なく放てる彼女の魔術力からしても結界魔術を撃つだけの魔術力を有していると判断し、準備の際に石を嵌め込んだ杭のところへミリアを連れて行った。そして


「この輝製石に結界魔術の【ラ・ディーバー】をかけると、輝製石がこんな風に光るんだ。それを4つの杭に嵌め込んだ輝製石に施そう」

「はい!それじゃあ、ラ・ディーバー!……あれ?」

「少し発音が違っていたかな。魔術力には問題無いはずだが」


 まず俺が輝製石に魔術を込めるのを実践でミリアに見せてみた。そして次にミリア本人にやらせてみたがうまくいかなかったようだ。

 魔術は様々な精霊に力を貸してもらえるよう頼むものなので、その精霊に伝わらないと意味が無い。しかも少し発音が違うだけでも聞き入れては貰えず何も起こらない。そのため安定して詠唱するには繰り返しの練習が必要になるのでミリアには色々考えながら詠唱をしてもらうことにした。


「ラ・ディーバー!ラ・ディーバー!あっ!」

「お、今の感じだ。結界魔術は使いこなせるとかなり有用だから覚えていて損はない」

「ありがとうございます」


 ミリアは輝製石に手を掲げながら何度も何度も結界魔術の詠唱を練習する。そして何度目かの詠唱でやっと発動したようで、光り始めた輝製石を見てから俺の方へとうれしそうな顔を向けてきた。

 俺は「よかったな」と笑顔を返して、もう1つの輝製石に魔術を込め、最後の1つは再びミリアに。今度はしっかり一発で魔術を込める事ができた。

 彼女は非常に飲み込みがよく、教え込めば様々な魔術を使いこなせるようになるだろうと思った。


「これで少し危険は避けられそうですね」

「ああ、術者以上の魔の者は防げないが、そこらに居る魔物程度なら近寄ることもできない」

「結界をこうやって維持し続けられるなんてすごいですね」

「この技術が無かった頃には結界魔術を張るためにひたすら魔術力を放出し続けて命を落とした者も居たと聞く。移動時には使用できない技術だが、拠点や野営地では非常に有用だ」


 魔術の維持ができる道具の力をすごいと話すミリア。たしかに大昔にこの技術が無かった時、シルヴィ・ラシュリーという魔術師が魔物の大軍を防ぐために結界魔術の維持で力を使い果たして命を落としたということがあったようだ。

 魔術力には限りがあり、その魔術力が切れると生命力を魔術力の代わりとして使用できるのだが、彼女はそれすら使い果たして命を落とした。

 今では彼女の功績が讃えられ、その国では国を守る戦いぶりを見せた魔術師にはシルヴィ勲章が授けられるらしい。


「ところで少し浮かない顔をしているが何か不安事か?」

「え……?」


 結界を張った後は切り株に腰かけながら見張りを開始する。ルーゲの中ではアンと茂みから現れた少女が眠っているので声量を抑え気味にしているため、ミリアとはすぐ近くに座っている。

 そのため表情の微妙な変化もよく分かり、さっき結界魔術とその維持装置の説明を受けていた際には笑顔だった彼女の表情が少し沈み気味なことに気づいた。

 今日の朝や旅路を進んでいる時には特に感じなかったが何か不安な事でもあるのだろうかと俺はミリアに尋ねてみた。


「自分でも分からなくて、でもたしかに不安……かもです」

「そうか」

「え……ブレイド、さん?」

「人から手を握ってもらうと少しは落ち着ける……そうでもないか?」

「いえっ!ブレイドさんの手、大きくて温かくて落ち着きます……」


 彼女の答えは漠然とした不安があるという答えだった。自分でも何が気になっているのか分からないがモヤモヤとした気持ちを抱えているというのだ。

 本人が分からないというものを聞くことも答えることもできようがない。だが俺は昔、両親に手を握って貰えただけで不安が少し和らいだことを思い出し、ミリアの手を握った。

 彼女は驚いて俺の顔を見る。俺がその意図を説明すると心なしか彼女の表情が和らいでいき、心が落ち着いて来てくれたようだ。


「それはよかった。勇者として魔物を倒すだけじゃなく、人の心も和らげられればと思っているから」

「それじゃあさっきの口づけ、も?」

「口づけ?あぁ……あの行動が何なのかは未だ分からないが、少なくともあの娘にとって大事なことなのだとは分かったからな」

「そっ……か、そうですよね。あの、ブレイドさん。抱きしめられたらもっと落ち着けるって言ったら、抱きしめてくれますか?」


 勇者としての気持ちを口にする俺にミリアはさっき少女と行った口の周囲を舐め合った行為のことを尋ねてきた。1番にそのことが出る辺りどうやら1番気になっていたことはこれのことだったようだ。

 俺はその時の率直な気持ちを答えるとミリアはこの答えに納得したらしい。曇り顔だった彼女が晴れやかになった気がする。そして彼女は頬を少し染め遠慮がちに上目遣いをしながら抱きしめてほしいと言った。


「ああ、もちろんだ」

「ひゃっ!ほ、ホントに抱きしめてほしいって言った訳じゃ……」

「そ、そうだったか。すまない」


 俺はミリアを抱きしめる。女性をこのように抱きしめたことは無く、もっと強く抱きしめた方がいいのか、逆に強すぎるのかは分からないが、少しでも落ち着いてくれるのならそれが1番だ。

 だが俺は早とちりしていたようで、ミリアからすればこれは例え話。本当に抱きしめてほしいわけではなかったらしく顔を真っ赤に染めながら言う。

 俺はそのことを謝って彼女から離れようとするが、逆にミリア自身が俺の背中に腕を回して抱き着いて来る。今ここで離れられるのもそれはそれで違うらしい。


 俺とミリアはしばらく抱き合う。2人とも鎧などは身につけておらず動きやすい軽装で居るため、お互いの体温がほとんど直で伝わるような感じがする。

 彼女は柔らかく大きな胸が特に目立っているのだが全身が柔らかな心地で俺の前面全てにその柔らかなものが押しつけられているようにすら感じた。


「お疲れ様です!おや?どうしてお二人は抱き合っているのでありますか?」

「い、いや、こ、これはだな!」

「えーえーえーっと。ちょっと肌寒く感じて私がお願いしたの!」

「は、はぁ……そうでありますか。では自分の手袋使われますか?」

「あ、ありがとう……。そ、それじゃあブレイドさん、アンちゃん。おやすみなさい」


 そろそろ離れなくてはと思っていたところにどうやら3ワー経ったようでアンが交代にやってきた。2人で抱き合っている様子を見て率直に尋ねてくるアンにミリアが肌寒く感じたから少し抱きしめて貰っていたという何とも苦しい言い訳をする。

 その言い訳には特に疑問を持たなかった。むしろ俺たちが大慌てで居るところに彼女は不審さを感じている様子だった。そのためアンは肌寒く感じているというミリアに対して予備の手袋を貸す。

 ミリアはアンに感謝した後そそくさとルーゲの方へ去っていく。その動きは非常に素早く、俺もアンの挨拶すら聞くことなくルーゲに入って行ってしまった。


 ここからは俺とアンが見張ることになるが、俺だけが少し気まずい気持ちになってしまった。

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