薬師ホミカは幸せになれるのか

さおり(緑楊彰浩)

プロローグ






 彼女には昔の記憶がある。子供の頃の記憶ではなく、それよりも昔。言ってしまえば前世の記憶。けれど、それが前世なのかは分からない。何故なら、その記憶での姿は彼女の今の姿と同じなのだから。名前も同じ、容姿も同じ。両親も、周りの人々も同じ。

 だから彼女は思った。


(きっと、私は一度死んだ)


 死んだことは覚えていないけれど、死に繋がるであろう場面は覚えていたのだ。そして、死ぬ時に何かを強く願ったのだろう。だから彼女は同じ人生をやり直しているのだ。その原因が何かは分からない。

 一応前世とも呼べるその記憶は、今の彼女と変わらない年齢のもの。

 今の彼女は『魔女』と呼ばれている。その時の彼女もやはり今と同じように『魔女』と呼ばれていた。その理由は、優秀な女性の薬師だから。

 そして、薬師の人数は少ない。少ない薬師であり、優秀だと認められるのは一握りだ。だから彼女は『魔女』と呼ばれていた。優秀な薬師の男性は『魔男』と呼ばれる。

 今では怪我や病気は魔法で治すことができるため、薬の需要があまりなくなってしまったのだ。だから薬師を目指す人が減り、薬師が少なくなってしまった。

 しかし、魔法治療はとても高額。そのため、薬を頼る人もいる。

 それに、全ての怪我や病気を魔法で治すことはできない。新しく発見された病気は治すことが不可能だ。

 しかし、薬は別。新しく発見された病気は、薬で症状を抑えることができる。たとえどのような病気であろうと、薬師は症状を抑える薬を作ることができた。

 だが、薬は誰もが作れるわけではない。薬師を目指していても作れない者もいる。それは、薬師としての素質がないからだ。素質がない者は諦めるしかない。

 だから、薬師は少ないままなのだ。今では、薬師になろうと思う者も減ってしまったため、素質がある者が集まらない。

 年々、薬師は減り続けていた。それでも、彼女は薬師を目指した。

 記憶があったからではない。

 彼女が思い出したのは、20歳の時。他の学生とは違い、2年遅く入学した彼女は20歳で学校を卒業した。その卒業試験1ヶ月前に突然思い出したのだ。だから、彼女が薬師を目指したのは記憶があったからではない。

 薬師を目指したのは、幼い頃に父親が病死してしまったからだ。魔法治療を受ければ治ったであろう病気。しかし、高額なため魔法治療を受けることができなかったのだ。薬を入手することもできなかった。彼女の住んでいる街には薬が売られていなかった。

 だから、魔法治療を受けられない人達のために薬師になろうと決めたのだ。そうすれば、多くの人が助かる可能性が出てくる。父親のような人がこれ以上増えることはないと思ったのだ。

 薬師になって、店を開けばいい。そうすれば、この街でも薬を入手できるようになる。

 だが、彼女の家は裕福ではないため学校へ入学するためにお金を貯める必要があった。母親が花屋を営業しており、その手伝いをしながらお金を貯めていた。本当は別のお店で働けばいいのだが、何処も人手は足りていた。だから、母親の花屋を手伝うことにしたのだ。

 彼女は入学できるのなら、どれだけ時間がかかろうが構わなかった。

 しかし、母親は違った。彼女が花屋を手伝い始めて2年。学校に通いなさいと言って、母親は彼女に入学試験を受けさせたのだ。それは彼女の頑張りを見てきたからだ。それに、本当に薬師になれるのだとしたら、多くの貧しい人達を助けられるかもしれないと考えたからでもある。

 入学金は彼女も貯めていた。だから、足りない分は借りて働いて返すことを約束しあ彼女は学校に入学した。母親は返さなくてもいいと言ったのだが、彼女は返すと言い切った。

 昔から勉強が好きだった彼女は、近所に住む学校の卒業生に使わなくなった教科書を貰って勉強をしていた。だから、2年学校に通っていなかったとしても彼女は試験を難無くクリアできた。それどころか、彼女は全問正解で入学することができた。それもあり、授業料は免除された。

 だが、入学した彼女はほとんど魔法を使うことができなかった。そのため、入学した当初はいじめられた。学校に通う人達は魔法が使えたからだ。魔法が使えない人や、あまり使えない人は別の学校に行く。けれど、彼女は入学する学校を決めていた。

 何故ならその学校には薬師の先生がおり、薬師専用科目を受けることができるからだ。その先生の名前はエミリア・ストライト。薬師として有名な人だった。そんな彼女が授業を受け持っているのだ。だから、たとえ魔法をあまり使えなくても彼女には関係なかった。

 それを受けるには、魔法学か薬師学のどちらかを選択しなければいけない。薬師になろうと考えていなければ、全員が魔法学を選ぶ。しかし、彼女は薬師学が目的で入学したのだから選択するのは考えることなく薬師学。そして、薬師学を選んだのは彼女ただ1人だけ。

 そんな彼女を、ある日突然誰もがいじめなくなった。彼女は自分達よりも年上をいじめる同級生に何も思っていなかったが、試験でトップになった途端に誰も文句を言わなくなった。それと同時にいじめもやめたのだ。

 同級生全員が入学試験の成績は偶然だと思っていた。しかし、試験でトップをとれば全員が納得するしかなかった。それが実力だったのだと。

 だからいじめはやめた。それだけではなく、誰もが授業で分からなかった問題を聞いてくるようになったのだ。それは彼女にとって、とても嬉しいことだった。彼女は魔法があまり使えず、子供の頃にもいじめられたことがあったため、いじめられることに関しては何も思っていなかった。いじめられることに慣れてしまっていたのだ。けれど、できればいじめられたくはないと思っていた。同級生と仲良くしたいと思っていたから。

 成績でトップをとっても見下すことのない彼女を誰もが受け入れていた。だから彼女はそれから卒業する3年間同級生達と仲良く過ごすことができた。

 休みの日は、母親の手伝いをしていたため遊びに行くことはなかったけれど、授業が終わってからは勉強を教えたりと同級生と過ごしていた。父親が病死してしまったことで薬師を目指していること。母親だけで育ててくれたからお金はできるだけ使いたくないということを知った同級生達もお金を使うことがないように学校で勉強会をしたりしていたのだ。

 誰も彼女に文句を言うことはなかった。そんな生活を彼女は3年続けた。そして、卒業試験まであと1ヶ月というある朝。目を覚ました彼女は、全てを思い出していた。

 その記憶に困惑することもなく、彼女は受け入れていた。一度たどった道。だから困惑することはなかったのかもしれない。しかし、本当は卒業試験が近かったために考えられなかったのだ。

 もしも冷静になっていれば、卒業試験の問題すらも分かっていただろう。だが、分かっていたとしても彼女の結果は変わらなかっただろう。何故なら全問正解だったのだから。

 成績を維持し、無事卒業をした彼女は見習い薬師として学校に通い続けた。生徒としてではなく、薬師の先生であるエミリアの助手として。

 見習い薬師は、3年間薬師の元で助手として働かなくてはいけない。働きながら、専門的なことを教えてもらうのだ。生徒の時は教えることのできなかったことや、作ることのなかった薬の作り方を教えてもらう。詳しく、薬草の効果を教えてもらいながら見習い薬師は成長していくのだ。

 記憶が戻った彼女には必要ないともいえるのだが、彼女は記憶が戻ったこともあり飲み込みが早かった。だから、記憶の中では教えてもらわなかったことも進んで尋ねて教えてもらっていた。

 そして、助手として働き3年が経つと、薬師の試験を受けることができる。それは座学と実技の両方。座学では3問まで間違えることが許されるが、4問以上間違えると実技がよくても不合格となる。それだけではなく、座学が満点でも実技で一度でも間違えると不合格になる。次に試験を受けられるのは3年後。それまでは試験を受けることができない。もう一度薬師の助手として、勉強をしなくてはいけない。

 しかし彼女は試験に合格することができた。座学は満点で、実技も問題なく合格。毎年薬師の試験は行われているが、満点で合格したのは彼女だけだった。さらに、ここ数年で合格したのも彼女だけ。それだけ試験は難しいということだ。

 実技は教えてくれる人によっては、不合格になる場合があるのだ。正しく教えることができない薬師も多い。だから、彼女は教えてくれた薬師の先生であるエミリアに感謝をした。

 無事薬師となった彼女は合格祝いとして、エミリアに一軒家を貸してもらえることになった。助手をさせてもらい、多くのことを教えてもらったのに一軒家を貸してもらえることに彼女は驚いた。

 最初は借りることを断っていた。しかし数日後、エミリアは学校との契約期間が終わるため生まれ育った村へと帰ることにしたのだという。20年この国――レヴンエーラ王国のスエルトという街に住んでいたため、一軒家を一括で購入していたという。

 けれど、村へ戻るため家は必要なくなる。それなら、薬師に必要な道具も置いてある家を彼女に明け渡そうと考えたのだ。

 村へ戻ると、もう戻って来ることはない。だからエミリアは、家を貸すのではなく、彼女にあげることにしたのだ。

 村へ戻るのを機に薬師も引退するというエミリアには、薬師に必要な道具も必要なかった。捨てるのももったいないため、彼女に使ってもらう方がいいだろうと考えたのだ。

 土地代以外は払う必要がないため、一人前になったばかりの彼女でも暮らしていける。電気代などは、レヴンエーラ王国の決まりで払う必要はない。その代り一般家庭の電気は、夜11時から朝6時までは使えなくなる。だから電気代は支払わなくてもいいということになっているのだ。ただし、夜でも電気を必要とする場所は別である。夜11時から朝6時までの電気料金は支払わなくてはいけない。

 国中で使う電気は太陽光で昼間に溜めておくこともでき、夜も月明りで溜めておくことができる。太陽光よりも月明かりの方が溜まりにくいが、使う家が減ることにより昼間と同じくらい溜めることができる。だから請求されることはないのだ。

 前世と呼べる記憶の中での彼女も、エミリアに家を貰い受けた。しかし、彼女は貰ってもいいのかと考えた。家を貰うことによって、自分の死を回避することはできないのではないかと。けれど、直接的な原因は家を貰ったことではないだろうと判断した彼女は家を貰うことにした。

 そうして彼女は、エミリアの家を引き継いだのだった。


 玄関から入ると、店が開けるだろうほど広い部屋があった。もしかするとエミリアは薬を売ろうと考えていたのかもしれない。だからなのか、右奥にカウンターがあった。しかし学校に行かないといけなかったため、薬は作れても店を開き、薬を売る時間がなかったのだろう。

 そして、左奥にある扉を開くとそこはまるで実験施設のようだった。使い古された道具が多くあったが、そのどれも手入れが行き届いていた。さらに部屋の奥、右側に扉があった。扉へと近づき、ゆっくりと開けると冷気が漂ってくる。

 そこは保管庫だった。採ってきた薬草や、作った薬を置いておく専用の部屋。壁も扉も特殊なもので作られており、薬草と薬が長持ちするようになっている。エミリアが薬師をしていたため、作る許可を貰えたのだろう。一般人には決して許可はおりないものだ。

 薬は置いていないが、使用前の薬草は置いてあった。彼女は長方形のガラスのオイルボトルを手に取り確認した。中に入っている薬草の状態はよく、採ってきたばかりのように見える。薬草はそのまま使えるだろうと判断し、彼女は薬草の入ったオイルボトルを元の場所に置いた。そして、他のオイルボトルも確認する。全て同じ形をしており、種類が違うものは別のオイルボトルに入っているためそれぞれ確認していく。オイルボトルを使用しているのは、サイズが丁度いいからだろう。

 錠剤や薬液を入れるものは新しく購入するしかない。薬草の場合一度洗ってしまえば、別のものを入れても構わない。しかし、薬は違う。別のものを入れてしまえば効果が変わってしまう場合があるのだ。エミリアが使っていた薬ケースは処分し、新しいものを購入しようと彼女は考えた。

 保管庫から出て、研究室からも出るとカウンターへと向かう。カウンターの後ろには廊下があった。その廊下は短く、突き当りには2階へと続く階段がある。上がるとそこは住居になっていた。廊下を挟んで左手の扉を開くとリビングがあり、キッチンもあった。室内に入り、左の壁にある扉を開くとそこは寝室になっていた。他に部屋はなく、1人暮らしをするには問題はないだろう。寝室に入り左側には扉もあり、そのまま廊下に出ることもできるようになっていた。

 エミリアは全ての物を置いたままにしており、彼女は新しく購入することなく使おうと考えたようだ。しかし、彼女は母親と暮らしている家があるため夜は帰宅する。だから、寝室を使うことはあまりないだろう。

 彼女は薬師として、薬屋を開業しようと考えているため1階をそのまま薬屋として使うことにした。薬は保管庫に置いておかないと古くなっていき効果が無くなるため、薬屋には椅子やテーブル、薬の種類や効果などが書かれた紙などを置けばいいだろう。彼女1人でお店を回すことができるかは分からなかったが、彼女は決して諦めることはなかった。

 カウンターから廊下へと続く場所には、彼女が自分でサイズを測り、扉を購入して取り付けた。これで誰かが勝手にカウンターに入ったとしても、廊下に行くことはないだろう。テーブルを三卓、椅子を九脚購入してお店となる空間に配置した。他にも新しく薬と薬草を入れるケースを購入した。

 それから、店を開くための書類を役所から受け取り記入をした。記入はすぐに終わり、1週間以内にお店の許可書が記載した住所に届くことになる。届いた封筒に許可書が入っていなければ、記入漏れがあった可能性があり店は開業することはできない。

 それでもじっとしていることができない彼女は、研究室で薬を作っていた。自分が学んできたことと記憶の中のものを使いながら様々な薬を作っていく。

 そして、書類に記載してから1週間後に封筒が届いた。中には許可書が入っていた。彼女は許可書を額縁に入れると、目に入るようにとカウンターの後ろの壁に落ちないように画鋲で固定した。

 そうして、2日後に彼女は店を開業した。テーブルには薬の種類や効果などが書かれた紙が置いてある。

 最初は人が来ることはなかった。けれど、風邪をひいたため薬がほしいと言う人から、徐々に店に来る人が増え始めた。

 常連客も増えていき、収入も生活に困ることはないほどに増えた。しかし、彼女はそれを自分のために使うことはあまりなかった。

 薬を作るための薬草を購入したり、道具を購入するために使うことが多かったのだ。他には母親に学校へ入学した時に借りていたお金の返済に充てた。

 順調に薬師として店を開いていた彼女は、25歳になったと同時に周りには分からない程度に慎重に行動するようになった。

 それは、前世ともいえる彼女が死んだ年齢だったからだ。原因は分かっている。だから、そうならないために言葉を選ぶようになったのだ。

 まだ死へと繋がる運命を選んでいないとしても、ニ度目の人生は慎重に行きたかったのだ。

 これは、そんな彼女の物語。





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