レッサーパンダが現れました(?)
「どうやら、二条公園のようだな」
地図と周囲を確かめ、倫太郎が言った。
「此処は、レッサーパンダが
「……ヌエですよね」
ヌエ、レッサーパンダ説を本気で信じているのか知らないが、倫太郎はそう言ってくる。
「ところで、ヌエって怖いイメージなんですが、なにしたんでしたっけね?」
と壱花は訊いたが、二人とも沈黙する。
たぶん、全員の頭の中で、もうヌエはレッサーパンダになってしまっているのだろう。
「トラツグミみたいな不気味な声で鳴くんだよな」
と倫太郎は言うが、ヒョー、ヒョーと甲高く鳴くレッサーパンダしか浮かばない。
「……可愛いではないですか。
何故、退治されてしまったんでしょうね」
「いや、なんか悪いことしたからされたんだろうよ」
と倫太郎が言い、冨樫が、
「ヌエの墓って全国にあるらしいですね。
なにかそれっぽいものが居たのは確かなんでしょうね」
と言った。
壱花の頭の中でレッサーパンダが全国に祀られたとき、背後から妙な息遣いが聞こえてきた。
後ろの暗がりに息の荒いケモノのようなものが居るようだ。
ヒョーとは聞こえては来なかったが、暗闇なので恐ろしく、みんな慌てて振り向いた。
……犬が居た。
息は荒いが可愛く尻尾を振りながら、進み出て来る。
「こいつはなんのあやかしなんだ……?」
と白いふかふかの綿帽子みたいな犬を見ながら倫太郎が呟いた。
「……ただの野犬じゃないですかね?」
と壱花は言ったが、
「いや、妖怪送り犬かもしれん」
と倫太郎は言う。
……送り犬。
送り狼という言葉の元になった、あやかしだ。
危険な山道を送ってくれるが、転ぶと食われるらしい。
「優しそうに見せかけて、油断をすると、やられる。
まさに、送り狼そのものですね」
と言いながら、冨樫は倫太郎を見て、壱花を見た。
「……俺の何処が送り狼だ。
こいつは送らなくても、勝手に俺のベッドまでひっついてくるじゃないか」
あの……なんか私がいかがわしい女のように聞こえるのですが。
っていうか、時には、冨樫さんも一緒にひっついてきてるのですが……。
だが、倫太郎はなんとか、このふわふわの犬をあやかしなことにして終わらせたいらしい。
いや、地図に赤い光が点灯しなければ意味がないと思うのだが。
壱花は、
「じゃあ、おかげ犬かもしれないですね」
と言ってみた。
「おかげ犬?」
と冨樫が訊いてくる。
「江戸時代に伊勢神宮に参拝するのが流行ってたじゃないですか。
おかげ参りって言って。
でも、身体が弱かったりして、自分で伊勢への長旅はできそうにない人は代わりに犬に行ってもらってたみたいなんですよ。
近所の人に連れてってもらったり、犬が自力で行ったりして。
それがおかげ犬らしいです」
「……なんだかありがたい感じがするうえに、それ、あやかしじゃなくて、ただの忠義な犬だよな」
と倫太郎が言い、冨樫が、
「そもそも、これ、野犬ですらないですよね。
こんな綺麗にトリミングされた、ケセランパサランみたいなふかふかの野犬、居ますか?」
と言い出した。
冨樫がしゃかんで犬の首許を見ようとすると、犬は冨樫の膝に手をつき、喜んで顔を舐めようとする。
それを避けて頭を舐められながら、冨樫は言った。
「首輪はないですけど。
住所と名前を書いたネームプレートがついてますよ。
きっとあれですね。
いつも鑑札のついた首輪を外して逃げるんですね」
ふかふかの毛に埋もれてネームプレートが見えなかったようだ。
犬を抱き上げ、冨樫が言う。
「これ、あれじゃないですか?
ビションフリーゼとかいうフランスの犬」
……フランス原産の犬。
どう考えても、あやかし送り犬ではない。
しょうがないので、そのもふもふ犬とともに、退治したヌエの血のついた
いや、復元されたものだが。
しばらく待ってみたが、トラツグミもレッサーパンダも送り犬も現れない。
仕方がないので、犬を送っていくことにした。
冨樫が読み上げるネームプレートの住所を聞きながら、壱花はスマホで通りの覚え歌を調べてみた。
まるたけえびすにおしおいけ
あねさんろっかくたこにしき
しあやぶったかまつまんごじょう
せったちゃらちゃらうおのたな
ろくじょうさんてつとおりすぎ
ひっちょうこえればはっくじょう
じゅうじょうとうじでとどめさす
「音階も切れ目もなく言うなっ。
なんかおどろおどろしくなっただろうがっ」
と倫太郎に怒られた。
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