京都が苦手なのには訳があるんです
高尾と子ダヌキたちは興味津々、ストーブにかけられた大鍋を覗いている。
その高尾の頭の上をふわふわケセランパサランが飛んでいた。
鍋から立ち昇る蒸気で、ふわふわの毛が湿って落ちたりしないのだろうか、と壱花が思った瞬間、ケセランパサランが鍋に落ちて煮られそうになった。
近くにいた倫太郎がすんでのところでケセランパサランをキャッチする。
倫太郎がケセランパサランを壱花がいるレジまで連れてきたとき、子ギツネたちにカニを見せていた班目が言ってきた。
「壱花、七輪はないのか。
焼いても美味いぞ」
「あ、そうですねえ」
焼いたカニか。
日本酒で一杯やりたくなるな、と壱花は思ったが、レジ横にある冷蔵のケースには生活に疲れたサラリーマンの人たちが買っていくビールとおこさまビールしかなかった。
班目さんが持ってきてくれたのは、もう呑んじゃったしな~、
と壱花が思ったとき、倫太郎が壱花と冨樫に言ってきた。
「呑んでもいいが、程々にしとけよ。
明日、出張だしな」
「出張?
何処に行くんだ?」
と班目が訊いてくる。
「京都だよ。
と言っても、明日の夕方行って、次の日の会議が終わったら即帰るんで、ゆっくりはできないんだが」
と答えた倫太郎に班目が壱花を見ながら訊いていた。
「壱花も連れてくのか」
「……お前、ついて来るなよ」
と倫太郎が班目を牽制するように言ったとき、
「出張で京都、いいねえ」
といつの間にか来ていたキヨ花が言ってくる。
今日も
壱花は、
「いやー、でも私、京都って、ちょっと苦手なんですよね~。
人が多くて、バスとかギュウギュウじゃないですかー」
と言ったが、その手許を冨樫が凝視していた。
壱花は今まさに使おうとしていた京都の有名なあぶらとり紙をそっとレジ台に置く。
……相変わらず、目ざといな、
と思う壱花の目の前を、毛が乾いたらしいさっきのケセランパサランがふわふわ飛んでいた。
壱花は重い口を開き、語り出した。
「……実は私が、京都が苦手なのには訳があるのです」
だが、みな、冨樫が買い出しに行ってきた酒で気分が良くなっているので聞いていない。
酔っていない子ダヌキたちも酔っ払いたちの真似をして、缶の甘酒をお
「人が多すぎるからじゃなかったのか。
観光地なんだから仕方ないだろう」
と横に座っている倫太郎だけが、唯一、返事をしてくれた。
甲羅部分の身をほぐしながらだが。
「いいえ、それだけではないんです」
と壱花が冷えた日本酒のグラスを強く握ったとき、冨樫が顔を上げ、こちらを見た。
「……学生時代、友人たちと京都の有名な縁結びの神社に行きました。
でも、祈願のとき、口頭で言った名前を書き間違えられてて。
それで、私だけ彼氏ができなかったんですっ!」
「いや、彼氏ができなかったの、神社のせいじゃなくないか?」
「ましてや、京都のせいではありませんよね」
と倫太郎と冨樫が一斉に突っ込んでくる。
だが、
「いや、壱花」
とカニに夢中で聞いていないのかと思った班目が顔を上げ、こちらを見た。
「そのとき、書き間違って彼氏ができなかったのは、きっと俺に出会うためだ!」
班目は、そう力強く言いながら、花束のように壱花に向かい、差し出してきた。
食べやすい状態になった太いカニの脚を。
「書き間違ったせいで、間違って現れた男がお前なんじゃないのか。
ほら、食べろ、壱花」
と倫太郎がそれを遮るように、甲羅に入ったカニミソと身を突き出してくる。
まるで指輪のケースを開いて壱花に捧げるように。
一瞬、モテたような気分になったが、男ふたりはすぐに、
「待てっ、壱花っ。
カニミソ食ったら、その甲羅は捨てるなっ。
それに酒を入れて、七輪で温めようっ」
「たまにはいいこと言うじゃないか、班目っ」
と意気投合して、酒を温める準備をしはじめる。
「一度、甲羅だけを焼いて、水分を飛ばした方が生臭くなくていいらしいぞっ」
「おお、そうかっ」
と楽しげに甲羅を焼いている二人を見ながら、壱花は、
……私の存在、完全にカニと酒より、遥か下……と思っていた。
「はい、化け化けちゃん」
と焼けた端から機械的に、みんなに配っている高尾が焼きガニをくれた。
ありがとうございます、と壱花はそれを頬張る。
旨味たっぷりな蒸気がカニの身から立ち昇り、鼻孔をくすぐった。
……カニ、
すべてのもやもやを吹き飛ばすくらい、
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