あやかし駄菓子屋商店街 化け化け壱花 ~ただいま社長と残業中です~ 陸 京都あやかし地図

櫻井彰斗(菱沼あゆ)

カニが来ました

 

 春になってもまだ寒く、あやかし駄菓子屋のストーブの周りに壱花いちかと子ダヌキたちはたむろしていた。


「まだ、かきもちありましたっけね?」

と壱花はレジの奥の部屋を振り返る。


 小腹が空いて来たので、かきもちを焼くか揚げるかして食べたいと思ったのだ。


 倫太郎りんたろうが答える前に、ガラリと店の戸が開いた。


「待てっ!

 そのかきもちっ」

班目人也まだらめ ひとなりが大きな発泡スチロールを手に現れた。


「俺がカニを持ってきてやったから。

 みんな、カニを食えっ!」


 おー、と高尾たかおたちから拍手が起こる。


「いやあ、俺は無類のカニ好きでな」

と言いながら、班目がドサリとレジ台にその発泡スチロールを置くと、早速、わらわらと子ダヌキや子ギツネたちが集まり、覗き込んでいた。


「いやあ、このくらいの量、一人でぺろりなんで。

 いつもなら人は誘わないんだが。


 今回は愛する壱花の顔が浮かんでな」

と言いながら、班目は壱花の手を握ってくる。


「お前に食べさせたいと思ったんだ。

 ついでに、此処の連中にも」

と笑顔で滑舌よく言ってくる班目の顔を見ながら、壱花は思っていた。


 ……待ってください。

 話を巻き戻してください。


 何処から現れましたか、その愛は……と手を握られたままフリーズしている壱花に班目は言う。


「お前だって、名前を捨てても俺と一緒になりたいと言ったじゃないか」


「待て」

と倫太郎が割って入ってきた。


「目的と手段が逆だろ。

 名前を変えたいから誰かと結婚したいって話だったろうが」


 あの、そもそも、それ。

 私が言い出したんじゃありません……。


 それに、名前を変えたいわけじゃありませんよ。

 だって、花花ですからね。


 あなた方が、化け化けと呼ぶのをやめてくださればいいだけの話ですよ、

と思う壱花の手を強く握り、班目は愛を語ってくる。


「いつもなら独り占めするカニを。

 お前とその仲間になら食べさせていいと思ったんだ。


 俺は自分のお前に対する愛の深さを自覚したよ」


 横で倫太郎が、

「……お前、どんだけカニ好きなんだ。

 っていうか、壱花とその仲間って。


 俺の方が先にお前と知り合いだったろうが」

と言っていたが、班目は聞いていない。


「男は古来より、自分が獲ってきた獲物えものを女に捧げて求婚する生き物――」

と班目が言ったとき、冨樫とがしが発泡スチロールの蓋に貼ってある送り状を見て言った。


「意外ですね、班目さん。

 テレショップで頼むんですね。


 百貨店とかじゃないんですか」


 それだと獲ってきたのは班目さんではなくて、テレショップでは。


 テレショップに求婚されている気持ちになったが。


 よく考えたら、テレショップが獲ってくるわけではない。


 壱花の頭の中では、テレショップと契約している見知らぬ漁師のおじさんに極寒の港で手を握られ、求婚されていた。


「一度頼んでみたら、意外に身がぎっしりで美味しかったんだ。

 まあ、ハズレのときもあるだろうが」

と言ったあとで、班目は倫太郎を見て言う。


「お前だって、愛する壱花に駄菓子を貢いだりしてるじゃないか」


「いや、駄菓子、獲ってきてるわけじゃないからな……」


 仕入れてるんだ、と倫太郎は言い返している。


 ……まあ、社長がプロポーズしてくるわけもないんだが。


 カニと駄菓子でプロポーズってどうなんだろう、

と壱花が思っている間に、高尾たちは鼻歌まじりにデッカイ鍋を出してきて、カニをでる準備をはじめていた。






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