【超古典的】落としもの大作戦(おまじない付)

柳成人(やなぎなるひと)

第1話

 あのね、実は気になる人がいるんだ。

 私が勇気を出してそう切り出した時、玲奈お姉ちゃんはにんまりと、まるで口裂け女かと恐怖を覚えるぐらいのビッグスマイルを浮かべた。

「そっかそっか。智恵美ももうそんなお年頃か」

 妙に嬉しそうにウキウキしながら、周囲に散らかった物を片付け始めるお姉ちゃんに、恥ずかしさが込み上げた。

 服と物が足の踏み場もない程散乱した汚部屋の中、お姉ちゃんが確保してくれた小さな空間にちょこんと座る。ベッドに腰かけたお姉ちゃんの無造作に投げ出した生足が、目に眩しい。

 お姉ちゃんはギャルだ。高校三年生にも関わらず金色に近い茶髪で、制服はもちろん、家にいる時だって膝上ニ十センチよりも長いパンツやスカートは履かない。羨ましいぐらいほっそりした足を常にむき出しにしていないと気が済まないぐらいには、筋金入りのギャル。

 スタイルも良ければ顔も良いので、恋の噂には事欠かない。実際に彼氏の姿を見た事はないけれど、全身からびんびんとモテオーラが発散されていて、私に比べれば恋愛に関しては百戦錬磨の達人である事に疑いの余地はなかった。

 部屋の汚さは達人どころか名人……怪人レベルだけど。

「いいよ、あたしに任せて。その彼と仲良くなれる作戦を考えてあげる」

 私から恋愛相談をするなんて初めてにも関わらず、自信満々に胸を張るお姉ちゃんに、私はほっと胸を撫で下ろした。持つべきものは美人な姉だ。

「作戦? そんなにすぐいいアイディア出るの?」

「もちろん。まずそのためにはどんな相手なのか教えてくれる?」

「うん」

 すっかりお姉ちゃんを信頼しきった私は、彼について自分が知る限りの情報を打ち明けた。

 後悔先に立たず、という言葉の意味を知ったのはこのずっと後の事である。



   ※     ※     ※



 彼とは毎朝同じ最寄り駅から同じ電車に乗る。私よりひとつ先の駅にあるT高校の生徒だ。

 彼との出会いは高校に入って間もない頃。慣れない満員電車に四苦八苦する私が、スカートの裾がさわさわと揺れるような違和感に戸惑っていると、不意に誰かの手がお尻に押し付けられた。ピクリ、と身体を震わせたものの、手は離れる事無く、そのまま円を描くように動き出した。

 痴漢だ。

 私の頭には驚きしかなくて、抵抗する事ができなかった。テレビで見た痴漢行為が実際に存在して、しかも自分の身に襲い掛かっているなんて、まるで現実味が湧かず、ただただこれが痴漢なんだ、今私は痴漢をされているんだというぼんやりとした恐怖を抱くばかりだった。

 ドラマなら手を掴んで、「この人、痴漢です!」なんて叫んだりするのだろうけど、いざ現実に起きてみるとそんな事できるはずもなかった。声も出なければ、体も動かない。金縛りに遭ったかのように、じっと固まっている事しかできない。

 そんな時に、強引に私の後ろに割って入ってくれたのが彼だった。

 彼は片耳にイヤホンを差し、手の中のスマホに視線を落としたまま、ボソリと囁くように私の後頭部に問いかけた。

「……どうする? 捕まえる?」

 彼が痴漢に気づいて助けてくれたんだと知り、驚いた私は咄嗟に首を左右に振っていた。

 痴漢されたのはショックだったけど、満員電車の中で自分が痴漢されたと名乗り出るのは気が引けた。そんな事したら、二度と同じ電車に乗れなくなっちゃいそうだし……。犯人を捕まえたいとか懲らしめたいなんていう考えはさらさらなくて、私の頭の中は一刻も早く、電車から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 電車が目的の駅に着いて、降りようとする私に、

「気を付けてね」

 と彼は爽やかな笑顔を向けてくれた。でも私はなんだか自分が笑われているようで恥ずかしくなって、お礼も言えず、首を竦めるような曖昧なお辞儀を返しただけで、逃げるように走り去った。

 彼との関係は、それっきり。

 翌日からも毎朝同じ駅から同じ電車に乗っているにも関わらず、仲良くなるどころか、ちゃんとお礼も言えないまま、もうひと月が経とうとしていた。

 もっと彼とお話したい。せめてお礼だけでも言いたい。そう思いつつも「痴漢されていた子」という引け目もあり、いつまで経っても行動に移せずにいたのだ。

「なるほどねー。だったらさ、古典的な方法でいいんじゃない?」

「古典的って?」

「男女の出会いって言ったら、落としもの大作戦に決まってるじゃない。しかも、今なら期間限定でおまじない付!」

 私の話を聞いたお姉ちゃんはそう言ってウィンクした

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