雨女、はじめました

柳成人(やなぎなるひと)

第1話

 はじめにやったのは、大量のティッシュを買ってくる事だ。


 箱ティッシュをパックで買うのなんて初めての経験で、値段だけで飛びついたら内容量が少ない150組入のものを掴まされそうになってしまった。危ない危ない。5箱で考えたら250枚も少ないじゃないか。

 200組入5箱パックに持ち替えて、ついでに観葉植物コーナーに並んでいたカエルの置物を一つ買ってしまった。バイオリンやドラム、シンバルを手にする音楽隊の中から、ラッパの子を選んだ。目が離れている感じが、彼に似ていて可愛い。カエルと雨は相性が良いし、今日は持ち合わせがないけど少しずつ買い揃えてあげよう。


 意気揚々と自宅に帰り、ティッシュを次々と丸めた。その上からもう一枚ティッシュを被せ、くりくりとねじる。最初にできたやつはねじり過ぎてろくろ首みたいに首が長くなってしまった。今度は控えめにと加減してみたら、元に戻ろうとする力が強くてゆるゆるとだらしない姿形に戻ってしまう。形よく仕上げるためには、ぶら下げる時に首元をぎゅっと紐で締め付けるしかないんだろう。


 ねじねじする作業をひたすら続け、花粉症のピークを迎えたお姉ちゃんの部屋みたいに私の周りがティッシュで埋め尽くされた頃合いを見計らって、一つ一つに顔を描いていった。

 ちょっと目が離れがちな彼のイメージで、口元はビッグスマイル。油性ペンの12色セットを総動員して、カラフルな個性溢れる顔を作り出す。


 続いてにこにこと楽しげな彼らの首に紐を回し、ぎゅっとくくる。締め付けられた首にくびれができて、裾のフレアが広がるイメージ通りのフォルムが出来上がった。よし、いい感じ。

 あとは出来上がった彼らを部屋中に吊るしていく。通常とは逆に、頭を下にして。なんだかバンジージャンプしてるみたいで楽しそうにに見えた。この方が自然なようにも思えてくる。頭を上にしたら首を吊ってるみたいで縁起が悪いし。


 カーテンレールが満杯になった後は、壁に画鋲で留めていった。私の部屋中の壁が、にこにこのビックスマイルでバンジージャンプに挑む、彼に似て少し目の離れたてるてるぼうず達で埋め尽くされていく。

 最後に買ってきたカエルの置物を窓の桟に飾って完成……と言いたいところだけど、やっぱり一人じゃ寂しいな。せめてトリオかカルテットにしてあげたい。

 まぁいい。今日のところはこんなものだろう。


 窓を開けて、てるてるぼうず達の下から覗き込むように空を見上げる。いつの間にか日が落ちた夜空の中に、てるてるぼうずによく似たまんまる笑顔の月が浮かんでいた。

 ふん、そうして笑っていられるのも今のうちよ。この逆さになったてるてるぼうず達が呼び集めた雲で、明日の朝には空は雨雲で覆われているはず。


 私は今日から、雨女になるんだ。



   ※     ※     ※



 てるてるぼうずの数が足りなかったのか、翌朝は雲ひとつない青空だった。


 一人寂しくバスに揺られて学校に着くと、私は早速持ってきたティッシュを丸め始めた。朝のホームルームを終え、授業が始まってからも一心不乱にティッシュを丸め続ける。一限目の授業が終わり、出来上がったてるてるぼうず達を私の机の下にぶら下げ始めたところで、後ろの席の玲奈れなが私のおしりをつついた。


百々もも、一体何してんの? つーか、何したいの?」

「何したいって……てるてるぼうず作ってるの」

「しかもそれ全部逆さじゃん。晴れじゃなくて雨降れってこと? 明日マラソン大会だっていんのならともかく、雨降らなきゃ困るような理由あったっけ?」

「明日だけじゃないよー。これからずっと雨が降ってくれなきゃ」

「ずっとって、毎日? 頭湧いてんの?」


 眉間に皺を寄せて目を細める玲奈。ただでさえ見た目ギャルっぽいのにガン飛ばしてるみたいだからやめた方がいいよって前々から注意してるんだけど、お父さん譲りですっかり癖になっているらしい。玲奈が美形なのはそのお父さんに似たからだそうだけど、こんな嫌そうな顔をする父娘の相手をしなきゃならないお母さんには同情しかない。


「雨だと何になんの?」

「雨だとバス通学になる」

「百々、いつもバスじゃん」

「私じゃない」


 私はクラスの片隅にちらりと視線を投げた。こんがりと日に焼けた碧依あおい君の姿が目に入る。


「もしかして、碧依君?」


 声に出した玲奈の頭を、目の前にあったノートですかさず叩いた。すぱんっと想像より軽快な音がして気持ち良い。


「叩くなっ」

「その憎たらしい目つきをやめなさいってのに」

「離せ」

「そっちこそ」


 力比べをするプロレスラーのように両手を掴み合う私達。こんなにも仲が良い私達を、クラスメイト達は遠巻きに眺めるばかり。その中に碧依君の目を見つけて、私はそそくさと矛を収めた。


「昨日の朝なんかあったの?」


 玲奈の質問に目を見開く。まだ何も話していないのに、どうして昨日の朝だとわかるんだろう?


「だって雨降ってたのって昨日の朝でしょ。夕方にはやんでたし。何かあったとすれば朝に決まってんじゃん。だとすると……もしかして、蒼依君もバスに乗ってきたとか」


 むむむ……ギャルみたいな見た目してる癖にどうしてそう鋭いのかなぁこの子は。


「どう? 当たりでしょ? なんとか言いなよ」

「言わない」

「否定しないって事は当たりって事ね。百々ったらわかりやすいんだから」


 玲奈はケタケタと声を上げて笑った。笑い声の品の無さだけはギャルっぽい。


「まぁ大体わかったわ。とにかくてるてるぼうずを作ればいいのね。だったらせっかくだからみんなでやろうよ」


 言うが早いか、玲奈はクラスの女子達にティッシュを配り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る