友達以上恋人未満の女友達と、片田舎の港町で奇跡の再会を果たしたけど自分に素直になれない

ユーリカ

第1話 再会

 海と空が放つ眩いばかりの青い輝きと、遠く横たわる島々のシルエットを背景に立つ彼女を前に、僕は言葉を失った。


 白いワンピースに麦わら帽子、肩から背中に零れ落ちる黒髪という、この状況で望みうる最高のコーディネートを纏った女性との出会いに感動したのではない。高校卒業以来、もう会うことはないと思っていた彼女が、唐突に眼前に現れたことに頭が追いつかなくなったからだ。


 …いや、白状すると、形容しがたい彼女の美しさに打たれて、僕は金縛りにあったように動けなくなってしまったのだ。まるで、初めて彼女を目にした時のように。


                 ◇


 およそ半年前、東京で突如発生した大災害を契機に、僕は住み慣れた地元を離れ、地方の港町で生活することになった。


 都市機能の大半が破壊されたことで、僕の通っていた大学の講義はすべて遠隔となり、学生は全国へ散っていった。復旧関係の仕事に従事するため東京に残った両親を離れ、僕はこの町にある祖母の家で暮らし始めた。


 風光明媚な土地での新生活は、初めこそ新鮮だったものの、祖母や近所の人々以外と滅多に関わらない生活は、遊びたい盛りの大学生にとっては些か刺激に欠けるものだった。講義や勉強以外の時間、僕は釣りをしたり、海辺を散歩したりして無聊を慰め、まるでご隠居のような生活を送っていた。波止場に佇む彼女に出会ったのは、そんな散歩の途中だった。


                 ◇


「なんで……?」


 驚いたのは僕だけではなかったようだ。豆鉄砲を食らった鳩という例えが一番適切な表情で、彼女はその場で固まった。夏の日差しが、麦わら帽子を通して彼女の顔に細やかな陰影を投げかけている。


「師匠…だよね?ほんとに信じられない!」


 久しく呼ばれていなかった渾名を聞いて、僕は少し足元が揺らぐように感じた。


「ヒスイこそ…ここに来てるなんて知らなかった」


 やっと声を絞り出して、僕は彼女に応える。


 懐かしい思い出と同時に、長く忘れていた苦い感情が蘇り、胸が苦しくなった。


 僕は中途半端な笑顔を浮かべると、彼女を近所の喫茶店に誘った。


                 ◇


「…それで、夏はこっちで働きながら過ごすことにしたんだ」


 彼女の通う大学には、夏休み期間に地域の仕事を経験する講座があり、この町にある老舗旅館が出していた求人に応募したのだという。


「仲居って見た目は華やかで憧れてたんだけど、実際はすっごくキツい仕事なの!朝なんて5時起きだし、わたし夜型だから早くも限界」


 再会の驚きを通り過ぎれば、彼女との距離は昔も今も変わらない。


「でも女将が本当にいい人なんだ!「いまどきの若い人が仲居やりたいだなんて感心ねぇ」って可愛がってくれる」


 そう、彼女は人の物真似が得意で、担任の真似をよくリクエストして笑っていたっけ。


「どう?こっちの暮らしは」


「快適なご隠居ライフを送ってるよ。ヒスイに遅れること約1年、ついに俺も一人暮らしの自由を噛みしめてる。厳密にはばあちゃん一緒だから一人じゃないけど…」


「すごく綺麗なとこだね!日本にこんな場所あるなんて知らなかった。ギブリの舞台みたい」


 彼女は熱心なギブリ映画ファンで、監督が引退宣言し、しかる後に撤回した時は目に涙を浮かべて喜んでいた。「ヒスイ」というのは、彼女が一番好きなギブリ映画に出てくるヒロインの名で、僕が面白がって呼び始めたら渾名として定着してしまった。


「それにしても師匠、1年ぐらい会わない間に随分大人っぽくなったねぇ」


「…あ、そりゃどうも」


 上目遣いに悪戯っぽく笑みを浮かべた彼女に、僕は不覚にもしどろもどろになった。そうだ、彼女は時々こうやって僕をからかっては、反応を楽しむ悪趣味な奴だった。


「とにかく、折角こっちに来てるんだから、たまにこうしてお茶でもしよう。旅館にも遊びにいくよ」


 取り繕うように言うと、彼女は微笑んで何度も頷いた。


「仲居姿を見られるのはちょっと恥ずかしいけど。また昔みたいに色々話そうね、師匠!」


                 ◇


 彼女と別れて帰路につきながら、僕は頭と心の整理に必死だった。自分の中でようやく過去になりつつあった彼女が、想像もしない形ですぐ近くに戻ってきた。昔のような他愛のない会話を交わした後でも、僕はこれから彼女にどう接すれば良いか分からずにいた。

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