上(うえ)のひと上(じょう)のひと

前 陽子

第1話 上下の関係

“したい” 21:05

 


 

 したい、……ってなんなのよ。


 香織(かおり)はプレビュー画面をチラ見しながら、一時間以上も放ったらかしたままにした。スマホは充電中でときどき震えていたが、

 ジグソーパズルの色の無いトコロ……、

 卍や手裏剣、凸凹文字に似たカタチだけを嵌め込んでいく……、

 そこんトコロが一番燃える箇所だったから……。

 昨夜、熱くなってむりやり押し込めたピースの端っこがめくれている。

 丸みを戻そうと厚紙の断面を指先で整えながら、香織は思う。


 既読になっていない間、聡(さとし)は自分でやってたんだろうなあ! 

 

 と、男の嫌らしさというか、オトコの性(さが)なのか?

 急に欲しくなるって、それはどういうこと? 

 いったいぜんたいアタシはアンタのなんなのよ!

 単なるセフレか? 奴隷か? お手伝いさんか? 

 が、いつものようにフルコースで頭の中を駆け巡る。

 が、オトコが、否、

……聡が、自分でいたしているのを想像すると、可愛そうというか、滑稽にも思えてきたが、

……香織のアソコも濡れてくるのが分かった。

 



“したいんだけど” 22:38


                             既読 “やだ!”

“ねえ、いいだろ” 22:38

                             既読 “やだ!”

“ねえてっばー” 22:39

                         既読 “やだってばー!”


“なんかしてんの? 仕事?” 22:39

                        既読 “何もしてないよ!”




 と、濡れたアソコを悟られないように、勿体ぶったLINEを返す。

 やだ、って言ったって、どうせすぐに降りて来る! し、

 ほらほら、扉の鍵を閉める音がする。

 そんな時、聡はいつも一発で鍵が閉められない。

 震えちゃうんだろう。

 と、思うと笑えたが、そこんときだけは、香織は悦にいられた。

 上から目線とでもいうのか、

 女王様気分とでもいうのか、……アタシの軀がなければ生きていけないのだかさっ! www

 

 タッタカタッタカ……、シンコペーションで階段を降りてくる。

 聡のニヤけた顔が浮かぶ。

 そろそろ、此処の鍵が開く。

 ほーら、きたー!

 香織は、既にベッドでスタンバイしている。

 玄関をロックした途端、聡は両腕をバッテンにTシャツを脱ぎ出し、当然準備をしているわけだから、トランクスを履いていないフリースパンツを放り投げる。

 そして、ベッドへダイブ!

 ふたりは慣れた儀式を執り行う。

 直ぐに挿入! 

 で、あえなくいってしまう、が、そこから、イチから愛撫が始まる。

 互いに舐め合い、揉み合い、ふたりが同時に喘ぎ始めると二回目に突入する。

 まあだいたいが、それが、香織たちのルーティンだった。


 三回目にいくほど、ふたりはもう若くはない。

 香織はアラフォーで、聡は厄年だ。

 遅い春が来たのだ。

 と、感じているに違いない。

 と、互いに思っている。実際に聴き合ったことは無かったが……。



 二年前、聡は香織のマンションの上に越してきた。

 同棲するつもりでもいたのだが、リモートワークがメインの香織は仕事スペースを確保したかった。

 聡はソムリエで、帰宅は深夜。

 時間帯も合わず、なんならこのまま上と下の関係でいいか! という結論になった。

 聡の部屋は7畳くらいのワンルーム。

 香織の部屋は、LDKだけでも10畳はある。

 聡が持って来た大きな冷蔵庫は香織の部屋の小さい冷蔵庫の横に置き、聡が使っていたダブルベッドは香織の折り畳み式ベッドと交換した。だから、……聡の50インチのテレビも、聡が以前勤めていたレストランのイタリア製のダイニングテーブルも、猫脚のデスクも、……香織の部屋にある。


 ご飯を食べるのは下の部屋。

 二人分の洗濯を干すのも、予定が書き込まれたカレンダーも……、

 ふたりで映画を観るのも、もちろん、する、のも下の部屋だった。

 




 

 


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