第34話 高度な心理戦から疑心暗鬼に陥る

 俺はソファの上で目を覚ました。


 眠りに落ちる前の記憶が全くない。俺は何故、ベッドではなくソファで寝ていたんだ。

 今は何時だ? 一体、何時間眠ってしまっていたんだ。


 壁に掛かった振り子時計は短い針が6の数字を指している。

 今は朝の6時……いや、夕方の6時か?

 窓の外は絶妙に薄暗く、これから日が昇るようにも沈むようにも見て取れた。


 朝の6時か夕方の6時か──この判断は極めて重要だ。

 今がもし朝の6時であったなら、ぼちぼち学校へ行く支度をしなければならない。

 だが、夕方の6時ならそんなことは気にせずぼーっとできるのだ。


 何か……何かヒントになるものはないか?

 手に握る携帯は電池が切れているのか、うんともすんとも反応しない。

 俺は手掛かりを求め、ダイニングへと赴いた。


 テーブルの上には準備途中の食事が並ぶ。

 ご飯……味噌汁……駄目だ、これでは朝飯か晩飯か分からない。これがもしパンであったなら、朝の確率が格段に上がるというのに。

 他には何かないか……納豆、納豆がある。納豆と言えば朝に食べるものだろう。だが確実とは言えない。臭いが気になるからあえて夜に食べる場合だってある。

 他に並んでいるのは……くそっ、誰も食べようとせずここしばらく食卓に並び続ける売れ残りのおかずばかりだ。これでは当てにならない。


 駄目だ、情報が足りない。完全に手詰まりだ。俺の推理力は所詮この程度だったのか。


 己の無力さに落胆し呆然としていると、キッチンから母が現れた。


「何ぼーっとしてるの? もしかして寝ぼけてる? おはよー☆ おきて♪」


「!」


 今、母はおはようと言ったか? つまり今は朝。いや待て待て、落ち着くんだ。これは罠かもしれない。

 俺がさっきまで寝ていたのを知った上で、単に寝起きだからおはようと言っただけに過ぎないかもしれない。


 危ないところだった。俺としたことが、目の前の餌に安易に飛び付き、危うくミスリードに引っ掛かるところだった。

 だが俺はもう騙されないぞ。


 このとき俺は、世界の真理に到達していた。

 この世の中、確かなものなど何一つないのだということを悟ったのだ。


 俺は自分の部屋に戻ると、空が明るくなってもそこに篭り続けた。

 騙されないぞ。空が明るいのは、きっとなんか、凄いキラキラしたサチコ的なのが飛んでいるからだ。


「ちょっと、何してるの! 学校行かないの!?」


 母がドアの外で大きな声を上げている。

 だが騙されない、騙されないぞ。これは八尺様の声、ドアを開けたらきっと恐ろしいことが起こるんだ。


 騙されない、騙されない、騙されない……

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