私が家政婦さん雇ったら男の娘が来た
嘯風弄月
家政婦雇ったら男の娘が来た
事の始まりはいつだっただろうか。慣れない社会人生活に荒れ、食生活は歪み、毎日お酒におつまみ。部屋には散乱したビール缶や酒瓶、数日前に着た服や下着。貴重な休日は家で惰眠を貪り、起きればテレビやゲームをする1日。
ある日返ってきた健康診断の結果、私はそれを見て絶望した。体重が明らかに増えていたのだ。
体重計など家の腐海に遠い昔に沈んだ… た、確かに少し脇腹とか背中とか摘めるかなって… しかし私はまだピチピチのレディなのだ。この結果を受け止めるわけにはいかない!
私は決意を固めた。この自堕落な生活に終止符を打つと。しかし人間、そう上手くいかないものである。
手をつけるべきことが多すぎたのだ。掃除洗濯料理その他諸々。1つこなせば他のことが蔑ろになる。そして毎日こなせるとは限らない。
仕事の疲れからか羽毛布団にぶつかりスヤァしてしまう日々。私は早々に折れた。
それから数日、私は運命と出会ったのだ。いつも通り朝起きて、新聞などを取りに行く。新聞を開いた時1つの広告が落ちてきた。
『家政婦さん雇いませんか?』
と、その時私に電流が走る。まさに神から与えられた天啓のように、私はすぐさま行動に移した。広告の電話番号に電話をし家政婦さんを雇ったのだ。
幸いお金には余裕がある。それなりの大企業に勤め、休日が少ないし、趣味に費やすことも無いので、お金は貯まりやすい。家政婦さんに家のことを頼めば、私は自分のことに集中すればいい。
なぜこんな簡単なことに気づかなかったのか、小1時間過去の己に問い詰めたい。この時ばかりは広告に感謝した。
あ、他の広告は要らないです。青汁なんて飲む歳じゃないんだオラァ!誰がババアじゃ!
なんてふざけていたのが一昨日。そして今日ついに家政婦さんが来るのだ。私が(家政婦さんの力で)生まれ変わる日。自堕落な生活に力を借りて終止符を打つ記念日だ。
ソワソワしながら待つ、時刻は午前9時。本日は休日なり。何とか有給取ったぜシャア!
そして9時半、インターホンが鳴る。ドタドタと大きな足音を鳴らし私は走って扉に向かい開ける。扉を開ければそこには
ーー天使がいた
社会人生活で死んでしまった私の目に生気が戻ってきた。
私の身長は165cmだ。女子にしてはそれなりに大きい。目の前にいるこの子は大きく見積もっても150ぐらいだろう。
間違いなくそれより小さい気がする。首を下に向けなければ話が出来ない。
その子の容姿は茶髪のロングで目はぱっちりとしており睫毛も長い。正直かなり可愛い。私にそっちの気はない。大丈夫、私はノーマルな性癖を持っている。
「あの〜…」
「喋った…」
素っ頓狂な反応をしてしまう私、失礼にもほどがある。
「?」
ええい!首を傾げるな、あざといぞ!可愛い。
「あーっとすいません、少しぼーっとしてしまいました。貴女が家政婦さんですか?」
「はい、そうですよ!僕は
僕っ子…だと…!ハイレベルな容姿に加え僕っ子だと…!
「あの…ご主人様のお名前の方を…」
ご、ご主人様… あ、いけない。鼻から…鼻から熱いパトスが…
「は、いけません!鼻血が出てますよ!」
そう言い彼女は必死につま先立ちになりテッシュで私の鼻血を拭う。彼女の可愛らしい顔が私の瞳一杯に映る。あ、これが母性ってやつね… 急激に自身の顔が熱くなる。そして彼女の薄い胸板を求めるように倒れ気絶する私であった。
ーーーーー
ーーー
ー
目が覚める。ここはテンプレの
「知ってる天井だわ…」
残念ながら知っている天井、汚れに汚れた自室の天井だ。はは、あれは夢だったのか。いい夢を見れたぜ… もう一度寝ようと思い布団をかけ寝返りをうつ。
干したてのお日様の香りとふわふわの羽毛が体を包む。んー心地よい、煩わしいはずの蝉の声が子守唄に聴こえるほど意識は深く沈む。
あれだけお酒の臭いと下着まみれの布団がこんな風に…
ん?ん?ん? 意識が急激に浮上する。私の布団は本来こんな清潔なものではないはず… 言ってはいけないがこんな快適なものではなかった。
なぜ?そう思い身体を起こす。
そこにはいい意味で変わり果てた自室があった。遠い過去に腐海に呑み込まれた化粧品や体温計などはきっちりと整理され机の上に載っている。
うちから失踪したと思っていた携帯の充電器などはしっかりとバンドでまとめられ箱の中に入っている。
どういうことだ… 様々な考えが頭を行き交う。私が知らぬ間に片付けたや果てには私の今までの社会人生活は嘘だった、などという意味不明な考えまで色々と出た。
最終的にある結論に至った。考えられることはただ1つ、先ほどの彼女は…
自室の部屋が開けられ見覚えのある人物が現れた。そう私が雇った家政婦さんだ。
髪は邪魔にならないようポニーテールにされており猫の絵がプリントされたエプロンを着ている。
「あ、よかった。起きたんですね」
「え、あ、はい」
「あはは、今日は暑いですからね。体調崩す方も多いですし。突然ご主人様が倒れられてびっくりしましたよ」
「あーすいません」
なるほど、熱中症だったのか。あれは決して母性を感じたからではない。うん、違うからね!
「はい、麦茶です!麦茶には身体を冷やす効果がありますからね、暑い夏にはぴったりですよ」
手渡された麦茶を一気に飲み干す。そういえばよくお母さんも夏は麦茶を用意してくれたなぁ…
遠い夏の記憶に思いを馳せる。とと、お礼言わなきゃ。
「お母さん… ありがとう」
「ふぇ?」
あ?お?あれ、待て落ち着け私。お母さんなんて私が呼ぶから彼女も変な声を出してしまったじゃないか。あざといぞ、もっとやれ。違う!弁解だ!弁解をしなければ!
「い、いやこれはあれです!昔よく母が夏に麦茶を出してくれたので!そのことを思い出してお母さんと…」
何をバカ正直に言っているんだ私は…
「ふふ、そういうことでしたか。僕の母もよく麦茶を出してくれました。だから個人的に夏は麦茶を飲むイメージがあるんですよね。ふふ、気に入っていただけたのなら良かったです」
穢れない笑みを浮かべる彼女。天然記念物、いや絶滅危惧種だ。しっかり保護してあげないと。なんてバカなことを考えたが、汚部屋に住む女が何を言っているんだと急激に冷める。むしろ彼女が穢れてしまう。
「あの〜すいません… お部屋、勝手に掃除してしまいました」
そうだ、今の私の部屋は決して汚部屋では無いのだ。
「いえ、大丈夫ですよ。むしろとってもありがたいです」
「ほっ、よかったぁ…」
胸に手を当てて良かったなんていう人、職場のぶりっ子以外見たことないわ… いかんでしょ(私の理性)
「流石に驚きましたけどね… あれだけの部屋が起きた瞬間綺麗になってましたから」
「ふふ、とってもお仕事のしがいがありましたよ!」
こらこら、薄い胸を張りなさるな。私が滾るでしょう。どこかの賢者が貧乳は胸を張れと言っていたがこういうことか… 世の真理を知ったよ。
「部屋を換気してお布団を干して洗濯物をまとめて洗濯して、とにかく色々ありました!」
「あはは… すいません」
「いえいえ、全く仕事がないよりあった方がいいですから。それで…そ、その…」
顔をうつむかせて人差し指を胸の前でチョンチョンし始める彼女。
「どうかしましたか?」
「その…し、下着の方も…洗わせて…いただき…ました… 勝手にすいません…」
ほほーう、愛やつよのう。下着なんぞに照れおって。しかも同性の。だが、
「よい、許す」
何を言っているんだ。私はいつの王族だ。
「…!は、ははー寛大な処置、ありがとうございます」
ものすごく申し訳ない。こんな変なノリに乗ってくれるなんて思わんかった。
「それで、先ほどは聞けなかったのですがご主人様のお名前を教えていただきたいのですが…」
「はっ、すいません… 私の名前は
「山奈彩音さんですね。素敵なお名前です」
「あはは、それほどでも」
褒められてまんざらでもない私がここにいる。名前を褒められるなんて今までなかったなぁ…
っと、私のことはどうでもいいんだ。それよりも
「雇用契約とかしないといけませんね」
「そうですね。リビングの方も片付けて起きましたしここは彩音さんのプライベートのお部屋ですから、そちらで話をしましょうか」
ご主人呼びも名前呼びもどちらも良い、ディモールトだ。
私の部屋からリビングへ移り話し合うこと数分、契約内容が決まった。
「それじゃあ基本的毎日でお願いします」
「はい、かしこまりました」
なんともアバウトな契約である。いや、皆待ってほしい。こんな可愛らしい子が毎日掃除洗濯料理なんかをしてくれるんだ、ここで契約内容を欲張らないでどうする。
この契約を即決しないやつは間違いなく欲がない人間だ。普通なら契約する、私なら出会って1秒で契約する。むしろ街中で見かけたら私と契約して家政婦になってよと言うまである。はい、事案ですね。
「自分でこんな契約結んでおきながらあれですけど毎日って大変じゃないですか?うち来るのとか」
「あはは、問題ありませんよ。徒歩1分でこの部屋に着きますから」
「え?」
「ふふふ、実は僕もこのマンションの住んでるんですよ。ここの三階です」
「え、えぇぇぇぇ!」
悪戯の成功を喜ぶ子供のようにウィンクしながら言う彼女に私の心はときめく。いかんでしょ(私の理性)
ちなみに私の部屋は1階だ。階段を降りる手間がなくて楽だからね、仕方ない。
「あ、もうこんな時間ですか」
私が気絶してから時計は見ていないがかなり時間が経ってしまったようだ。短い針が7を指している。
「それではそろそろ僕は帰りますね。お夕飯は冷蔵庫の中に入っています。明日の朝やお昼の分も。しっかり温めてから食べてくださいね」
む、このままでは彼女が帰ってしまう。もう少し眺めていたいんじゃ。
どうすれば… どうすれば彼女を止められる… 閃いた!(通報しないで)
「あ、シャワー浴びていきません?家事を全て任せて私は何ももてなしを出来ていないので流石に申し訳なくて。今日は暑かったですしせめて汗を流していってくださいよ」
「ん、んー そう…ですね。お言葉に甘えさせてもらいます!」
彼女は少し汗の匂いがした。汗をかきながら頑張って家事をしてくれたから当然である。しかし不思議なことに汗臭さがない。わかりやすく言うなら…
そう、青春の香りだろう。テニスなどに打ち込む美少女が汗をかいても臭いとは思わないでしょう。甘酸っぱい匂いが彼女からするのだ。
むしろいい匂いでしょう。匂いソムリエになれそうよ。
彼女に風呂場を案内して私はお茶の用意をする。麦茶よりアイスティーにしておこう。少しでもオシャレアピールをして若者感を出す。
(今更)彼女の好みはわからない、一応
数分後、頬をほんのりと赤らめた彼女がリビングに戻ってきた。
「ありがとうございます。いいお湯でした」
「それは良かったです。お茶請けがなくて申し訳ないですが、アイスティーです」
「あ、ありがとうございます」
アイスティーを両手で持ちちまちまと飲んでいく彼女。今こうして向き合い立っているわけだが本当に小さい。しかも薄着過ぎる。無防備が過ぎるぞ。
それになんかこう違和感が…
じーっと眺めること数秒。私の視界に桜色のぽっちが見えた。恐ろしく小さい桜色、私でなきゃ見逃しちゃうね。じゃなくて…まさか… 彼女は…
「か、奏さん!なんでブラつけてないんですか!」
「?」
「なに?って顔しないでください!ブラジャーですよ!ブラジャー!」
「え?」
「え?」
「あの、僕、男…ですよ…?」
「え?」
「え?」
「あの、失礼ですが身分証などは?」
「あ、はい、どうぞ」
「はい、どうも」
渡された保険証に視線を走らせる
「え、20歳?え、男」
「え?」
「あ、あぁ… あぁぁ!」
今までの行動に納得がいった。胸が全く無いのも、下着で恥ずかしがっていたのも、僕という一人称も。
「?」
(朗報)田舎のおとっつぁん、おかっつぁん。雇った家政婦が男の娘でした。
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