幕間3

幕間3


 セレトが立ち去った後の部屋で、ヴルカルは一人機嫌よくワインのお代わりをグラスに入れる。

 魔術師セレト。

 一つの駒のつもりで引き入れた男であったが、予想以上の買い物のように思えた。


 あの目、そしてあの自信にあふれた態度。

 自身の目的のためであれば、何であろうと利用しようとする、野心の強さ。

 過去の実績と合わせて考えれば、この男を陣営に組み込めたことは、きっと将来役に立つ。

 いつになく上機嫌なヴルカルであったが、その思いは、お付きの騎士の言葉で遮られた。


 「閣下。あの呪術師ですが、このまま帰してよろしいのでしょうか。」

 声をかけてきたのは、この場にいる部下達のまとめ役である、ユノースという男であった。

 国の剣技大会で常に上位に入賞できる剣技の腕もさることながら、ある程度までの部隊であれば的確な指揮で率いることができる。

 それなりに頭も回ることから、ヴルカルの護衛としても、常々重用されており、ヴルカルに対する忠誠こそ高く、人一倍プライドも高い騎士であった。


 「ふむ、確かに彼は、優秀そうな男で、こちらの手となることを選んだものであった。手付となる路銀も持たせずに帰したのは少々無礼だったかもしれないがな。しかし、用心も兼て、ここで彼と私の繋がりが分かるようなものは残さないに越したことはないだろう。」

 ユノースの言葉の真意をあえて読み違え、ヴルカルは、笑いながら応え、ユノースの反応を見る。

 しかしユノースは、内心の苛立ちを顔に出さず、そのまま変わらぬ表情のまま再度の言葉を返す。

 「閣下。あの男は、誰かに忠誠を誓っているわけでもなく、また、思想を持っているわけでもありません。軸がなく、ただ利益に従っているだけの男です。」

 ユノースは、淡々とセレトについて言葉を重ねる。

 「だからこそ、コントロールをしやすいのではないかね?そして、確かに強大な力を持った男だ。あれほどの男と手駒においておけることの有益性が分からぬわけではないだろう?」

 ヴルカルは、ユノースの言葉に返す。

 「そう、その力が厄介なのです。」

 ユノースは、ヴルカルの言葉を聞き終えた後、自身の考えを述べる。

 「無礼を承知で述べさせていただきます。閣下、奴は、元々力こそ持っておりましたが、政治力は持っていなかった。だからこそ、国で手綱をつけておけた存在です。もし奴が、今回の件を足掛かりに政治力まで持ち始めたら、まさしく手が付けられない存在となります。そしてその時、奴が閣下の手足のままでいるかはわかりません。」

 ユノースは、セレトに対する私見を述べ、そして言葉を切りヴルカルの様子を見る。


 ヴルカルが周りを見渡すと、その場にいたユノース以外の騎士達も、ユノースの言葉に賛同するような表情でヴルカルを見ていた。

 「閣下、私が合図をすれば、奴に付けた騎士と、合流地点に待機させた部下達が奴に襲い掛かる手はずはとってあります。今ならまだ間に合います。」

 どうか、ご決断を。と目線でユノースは訴えてくる。

 その視線をヴルカルは、受け止め、返答をする。


 「すぐに兵士たちに下がるように命じたまえ。私は、それを望まんよ。」

 ヴルカルの言葉に、ユノースは、納得はしていないような顔を見せたが、すぐに一人の騎士に計画の中止を伝えるよう伝言を与えて送り出した。

 その様子を見ながら、ヴルカルは、言葉を続ける。


 「ユノース。確かに、あの男が今の地位に押さえつけられているのは、その政治的無力のせいであるな。そして、私は、あの男が不足している物を与えようとしている。」

 ユノースは、その言葉に頷きながら、自身の主が放つ次の言葉を待つ。

 「しかしな、あの男は、放っておいても、いずれ何らかの方法で足りない力を得て我々の敵にもなり得る存在だ。ならば、先にこのような形で恩と弱みを与え、首輪をつけておくのが賢明な判断でないかね?」

 ユノースは、納得をしていないような表情であったが、主の言葉を受け止めた。


 「それに、この件についてあの男以上に適任な存在は中々おらんぞ。」

 聖女リリアーナを屠れるだけの力を持ち、彼女と敵対をしており、古王派との繋がりもなく、そして自身の手駒における存在。

 そのような存在の希少性は、ユノースもよくわかっていた。

 それゆえ、主の言葉に頷く。


 「おっしゃる通りではございます。出過ぎた真似でございました。」

 無礼の詫びとして、ユノースは頭をたれ、自身の首を差し出す。

 主が望むなら、その命をも捧げる覚悟だった。


 ヴルカルは、そんなユノースの様子を眺め、苦笑をしながら頭をあげるように声をかけると、そのまま出口に向かって歩き始めた。

 護衛の騎士達は、ヴルカルを守るように四方につくと、そのまま共に出口に向かい、彼の帰路に同行する。


 通路を歩きながら、ヴルカルは物思いにふける。

 目の前を歩くユノースの本心は、セレトの危険性ではなく、格が低いセレトが、持ち上げられていることに対する忌避の気持ちが大きいことは、ヴルカルは見切っていた。

 ただ、それでも彼を罰しなかったのは、一つにセレトの危険性に対して、ヴルカルも同じ気持ちを持っていたことが一つの理由であった。


 強力な力を持った男。そして、忠誠心ではなく、自己の利益のみで物事を決める傾向。

 そして、恐らく先のユノースの言葉に従い、騎士達を差し向けた場合、その全員が返り討ちにあい、やられていたであろうこと。

 この男の刃が、いずれ自身に向く可能性を、ヴルカルは十分に承知していた。


 「だが、それでもいい。」

 ふと、独り言が口から洩れる。

 前を歩く、ユノースが振り返るが、自身の主が、気にするなと、身振りを示したことで、すぐに前を向きなおした。


 例え危険性があろうと、一つの強大な力が自身の手に入った。

 そして、いずれにせよ、その力は、ヴルカルの後ろ盾を欲していた。

 ならば、その立場を利用し、今のうちに首輪をつけきればいいだけの話だ。


 セレトが、自分に首輪をつけられる前に、自身を不要とするか、その前に自分が首輪をつけることに成功するか。

 その危険性の高い賭けに魅せられたようにヴルカルは笑う。

 多大な力を持ちながらも、どこか老いと共にその楽しみ方を忘れていた男は、新しく始まったゲームに心躍らせる。


 王国内で新しく始まった陰謀に、ヴルカルは、喜びが止まらないまま歩き続けた。

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