人たるべく

絵目リア

プロローグ 目覚め

第1話

ふと思い至った、なぜ自分はここで横たわっているのか?なぜ自分はこんなにも渇きを覚えているのか?とそれからはもはや思考はなかった、理性すら無かったのかも知れない、気がついた時には両の手は血に染まり口元には鮮やかな血で染まっていた。


辺りには元の姿を想起させる部位などひとかけらもない肉の塊達が無造作に地にうち捨てられていた。獣の体毛の引っかかりを喉に覚えながらも飲み込む、腹が満たされ人心地がついたといったところか。


ドサリとその場に腰を落とす、胡座をかく様に座り込むと枯れ木の様な自身の足が見えた、肌といえるのか?表面は赤茶色をしていた、腕も同じ様相を呈しおおよそ自分の記憶している中では自身はヒトと呼べる生物ではないだろうと言うことは理解出来た、人型ではあるもののただそれだけ、人に似た化け物であろう。


まあ別に問題はないかと割り切り満腹になった腹をなで横になる、食って寝る獣には相応しい在り方であろうなどと自嘲的になりながら瞼を閉じた。


どれくらいたっただろうか、辺りを見渡すものの寝る前と一切表情を変えない景色が広がっていた、一面が土である、まあ普通に考えれば洞窟か洞穴といったものだろう、軽い空腹を覚えたので立ち上がり獲物を探す事にする。運が良いのか悪いのかこの洞窟は今のところ前か後ろにしか道はない、とりあえず自分からみて前に進んでみることにした。


歩みを進める中で思ったことがいくつか気づいたことがある、まずこの身体は非常に軋む、何をするにも身体がこわばりうまくスムーズに動かすことが難しいということだ、次に自分に以前の記憶が一切無い事である、そもそも以前があったかもどうかもわからないもしかしたらついさっき始まった生命なのかもしれない、そうであるならば記憶が無いもクソもないがだとすると自身が未だ逢ったことのないヒトの事を知っていると言う事実には矛盾が生じる・・・まあいいか・・・それがわかったところでこの空腹が満たされる訳でもなし、などと思案しているうちに獲物の気配を感じ取った。


争いの音だ、獣のうなり声が重なって聞こえる、四つ足の犬の様な獣と小型で緑色の人型をしたモノが争っている、獣の首元に小型の刃物が深く刺さっている、まあ長くはないであろう、しかし命を賭して相手方に一矢報いようという気概が感じられる、あっぱれである。人方は醜悪な面をより醜悪に歪め勝利を確信している。


獣が最後の力で飛びかかり大口を開け噛みつきにいく、人型は難なく横に避け横っ腹に棍棒を叩きつける、獣は切なげな声を上げ倒れ込む、勝負は決した。命の奪い合い、なかなかに新鮮でことのほか綺麗に見えた。


勝者の人型には大変申し訳が立たないが漁夫の利とさせていただこう、この身体で可能な限り静かに近づく、人型は幸い自分の半分ほどの背丈で仕留めた獲物に釘付けになっている、チャンスだ。


後ろから軽く足払いをかける、ペシっと軽快な音を上げ人型の両足を蹴り上げる、受け身もなく横っ腹から地面に叩きつけられる、いそいで顔特に顎先を目がけ蹴りを放つ、五体投地の状態では防ぎようもなくクリーヒットする、その後二三回顔を思い切り踏みつける、グシャグシャと顔が潰れていく。


もはやまともな動きも出来なくなったところで首元に食いつき思い切り噛みちぎる、首元から勢いよく血が流れ出す、軽くうめき声を上げるとそのまま絶命した、楽で助かる。


寝起きで二体も食べたのはさすがにきつかった、ちなみに味は四つ足のほうが旨かったとだけ言っておこう。


それから幾日経っただろう、この薄暗い洞窟の中では日にちの感覚といったものがほぼわからない。寝た回数で大体の日にちを自身で決めてはいるが確証がないのでまあ気休め程度のものでしかないだろう。


50回はゆうに超えて寝ただろうか、生活としてはあいも変わらず、食っちゃ寝である。手頃な獣を見つけては殺し、喰らう、そんなことを続けている間に幾つか気が付いた事があった、まずは身体が軋んで上手く動かない、スムーズな動きが出来ないという事が減り、思いの儘とはいかないが以前より遥かに滑らかに素早く動く事が出来るようになった。


また発声器官が発達したのか、うめき声くらいならば出せるようになり、獲物の注意を引いたりできこれも便利である。全体的に身体にみずみずしさやハリが出てきて人間っぽくなりつつあるという実感がある。


とは言えまだまだ見てくれも悪くモンスターの域を出ているとは言えないだろう、ということで人型のモンスターの纏っていた服や洞窟に落ちている布切れなどで簡易的なフード付きの貫頭衣のようなものを今は着ている。


今日も四つ足の獣を危なげなく殺し、その死肉を食べている。腹が減ったからというのもあるが、自身の中で食べる事でより高次元の生物へと身体がアップデートされていくことを実感しているからでもある。


何より、自身の中で人間ではない今の自分に違和感しかなく、あるべき姿として人間を夢想し、自身は人間でなくてはならないという強い義務感を感じ現状に焦りさえ感じている。


この「焦り」という感情さえも獲物を狩り、喰らう中で生まれ得た感情の一部である。間違いなく自身は、俺は、人間へと向かっている。


目下肉を喰らい、人になるべく、人たるべく、歩みを進めていこう。


そう俺は決意した。

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