12/1

 12月に入り、より一層寒気が強まる時期に入る。

 俺は久々に出社して、収録に臨む。

 久々の廊下。

 階段。

 あの窓ガラス。

 そして……久々の高梨あいつ


「よう……久しぶり」

「あ、久しぶり!」

 その笑顔が本物なのかどうか分からないが、とりあえず肘タッチをした。

「あれからどうだ?」

「アレ?あれって何?」

「ほら……配信休んだ時の」

 そう言うと、笑顔が一緒で曇ってしまう。

「大丈夫……だよ」

 しまった、下手に話題に上げるべきじゃなかった。

「うん、本当に大丈夫なの!あれから気分悪くなったことないし!本当!」

「……そうか」

 すぐに笑ってみせる高梨。

「……やっぱりさ、何か変だよ。どうしたんだ?」

「変?私変じゃないよ?」

 目を点にして、すっとぼけるように話す。

「最近、最近でもないか……。よく変わってるってイジられるんだよー?」

 何だ?いきなり壊れたように話し始めた。

「もう、君にまでイジられたらもう止める人居なくなっちゃうよー。君がホログラルーム唯一の真面目キャラなのにー」

 そんな肩書き、今はどうでもいいだろ……。

「皆ヒドイなあ。私がいじられキャラなのはわかるけど」

「弄られてんじゃねえ。本気で言ってんだよ!」

「ひっ……」

 急に声を荒らげたせいで、高梨をビビらせてしまった。

「お前、本当にどうしちまったんだ!そんな嘘くさい笑い方する奴じゃないだろ……」

「ごめんなさい……」

 高梨は泣きそうな目で謝る。

 落ち着け俺、責めるんじゃない。

「い、いや。俺こそ大声出してごめん……心配なんだ。最近、様子が変だからさ」

「……やっぱり、私は変なの?おかしい人間なの?」

「責めるつもりじゃないんだ。何かあったじゃないかって思って。聞いてみたくて」

「……」

 黙り込む高梨。

 暫くすると、意を決したかのように俺を見る。

「今日の4時さ。屋上に来てくれないかな。そこでちゃんと話すから」

 ちゃんと話す……。

「だから……そんな目で私を見ないで!」

「え?」

「今の君の目……凄く怖いよ。普段の目もちょっと怖いのに。そんなんで怒られたら、もう耐えられないよ……!」

 嘘だろ……。

 俺はそんな目であいつを見てたのか。

 俺は、あいつを怖がらせてたのか?

 俺があいつを追い詰めて?

「ご、ごめん!」

「ううん、大丈夫なの……それじゃ、午後の4時にね」

 そう言うと、またどこかへと駆け出していく。

「……やべえ、時間」

 俺も収録の時間が迫っている。階段を駆け下りる。


「……待たせたね」

「大丈夫」

 屋上のコンクリートの上に、俺と高梨は立ち尽くす。12月ともなれば流石に寒いし、もう日が沈みかけている。

「……さっきはごめんね。嫌味を言いたいわけじゃなかったの」

 その顔はどこか悲しそうな顔で。

「私のリスナーさん達って、皆優しくて。ちょっとミスっても笑って許してくれるの。だけど、許してくれるのが当たり前になっちゃいそうで。でも、君みたいにちゃんとミスを見てる人もいるんだって思えるんだ。君の目を見てるとね」

「そんで俺の。怖い、目?」

「うん。ミスってばかりじゃいられないって、そう思える。君を見てるとね。ごめんなさい、酷いこと言ったよね」

「大丈夫。ちょっと傷付いたけど」

「ごめん!」

 今日の帰り、男性用化粧品でも見に行ってみるか……。


「で。最近どうなんだ。やっぱり、何かあったのか?」

 一呼吸置いた後、高梨は俺を見つめる。

「私ね、心が病気なんだって」

 心が病気。

 単純な文章が、頭に重くのしかかる。

「歌ってる時も、喋ってる時も、何もしてない時も。死にたい気持ちがいつも頭にあるんだ。時々、心臓が凄く苦しくなるの。その時、頭の中で聞こえてくるの。お前なんて死んでしまえって」

 鬱って事なのか?それに、幻聴。

「毎日毎日が苦しくて。何にも熱中出来ない。歌う事だって……今じゃ怖くて!」

 段々と、涙声でより強い口調へと変わっていく。

「前に私の悪口を言ってる人を見ちゃって……それから、何もかもが怖いの。いつも頭の中に話しかけてくるの。こいつを信じるな、こいつは悪口を言ってるぞって。周りの人達が怖いし、そんな自分も嫌でしょうがなかった……」

 零れていく涙を見せつけるように、その目は俺の顔を捉える。

「だけどね。皆が思う私は、いつも笑顔で元気な私。バーチャルなら尚更。だから、必死に演じるしかなかった。皆に笑顔を振りまく私をね。やるしか無かった。誰にも相談出来ないの……抱え込むしかなかったの! 皆も、この世界も、私が嫌いなんだ。私なんて死んじゃえばいいんだよ!!」

 憎しみも悲しみも全て混ぜた声で訴える高梨。

「落ち着け、誰もお前の悪口なんて言ってない。お前は皆から!」

「わかってるよ!!」

 枯れかけた声で反論される。

「……わかってるから、辛いの。せっかく薬も飲んで、症状も出ないようになってきたのに。治らないの。今までずっと我慢してきたのに、良くなってくれないの。それじゃ私はどうしたらいいの……?」

 涙声で、拙く喋る高梨。

 こんな高梨見たことない……いや。これが、本当の高梨なんだ。

 バーチャルの仮面を外した本当の『如月逸火』。

 俺は、いつもこいつの光の面ばかり見ていたんだ。

 こんなに苦しんでた高梨を、俺は必死こいて越えようとして……。

「……高梨、ごめん。お前がそんな気持ちで居たなんて知らなかった」

「いいの……誰にも言ってなかったから、知らなくて当然だから」

「でも、ちゃんと話してくれてありがとうな。ずっと、辛かったんだよな……」

 俺は、高梨の肩にそっと手を添える。

「俺が出来る事なんて話聞くくらいだけどよ。それでも、お前の力になりてえよ。これでお前が良くなるかはわかんねえけど……それでも」

震える高梨。

「やめて……怖いから……君の事まで怖くなっちゃうからぁ……」

「やめない。お前の病気が良くなるまでは、力にならせてくれ。何でも聞いてやる。やれる事は何でもする。言いたくない事があるなら無理にとは言わねえけどさ」

「柴崎……」

「それにだ。辛いのに無理してやる事なんてねえ。暫く休んでもいいんだぜ。活動休止したくらいで離れる奴なんていねえよ」

「……本当に?」

「本当。だからさ、無理しないでくれよ。一人で抱え込むなんてやめてくれ……頼む」

 クソ、情けない声が出てしまった。あいつを安心させてやりたいのに。

 膝を抱え、咽び泣く高梨。

 暫く泣いた後、涙が無くなった顔を上げる。

「……ごめんね、私」

「気にすんな。俺のライバルとして……ああいや、同期として話聞いただけだ」

「……え?」

 高梨は素っ頓狂な声を出す。

「あー……俺も言わなきゃだな。俺、ずっとお前が羨ましかったよ。もっと言えば、妬んでたかもしれねえ。負けたくなかった。お前と肩を並べるくらい人気になりたかった。いつかはホログラルームなんて枠を超えるくらい歌が上手くなりたかった」

「え、うん」

「だけどな……今のお前がそんな状況だからな。一旦ストップ。お前が立ち直るまで一時休戦だ」

「え、ちょっと待って……そんなの初めて聞いたよ」

「お前と同じだよ。ずっとこんな気持ちは隠してた。けど、お前が本音を話してくれたんだから、俺だけ隠すなんて駄目だろ?」

「一時休戦って、まだ戦うなんて聞いてないよ?」

「あ……」

「それに……私と君じゃ目指す方向も違うし……」

「うっ」

「私はアイドル路線だけど……君はV系寄りで、正統派だし」

「わかった。もうやめてくれ」

「……ごめん」

 クスリと笑う高梨。笑えるくらいには元気を取り戻したかな。

「でも、ライバル意識してるのは本当だ。お前に負けたくないのも本当。だけど今はそんな時じゃねえ。お前の心が良くなるまで、待ってる」

「うん。だけど……練習サボったりはしないでね。君まで落ち込むなんて嫌だから」

「わかってるよ。俺はこれまで通り歌に精進する。お前を超えるためじゃなくて、単純な自己研鑽でな。お前もちゃんと戻ってこいよ」

「うん。絶対良くなって、帰ってくるね」

 ようやく本当の笑顔が戻って来たようだ。

「ああ」

 もう外は日が沈んでいる。街頭や看板の光が周囲を照らす中、俺と高梨は階段を降りる。

 色んな話をした。

 自作している曲。

 最近の食生活。

 辛くなった事。

 俺に出来るのは話を聞くくらい。それでも、案外人に話せば楽になるものかもしれない。

 高梨の病気がいつ治るかはわからないが……快復を待とう。

 いつか、肩を並べたいから。

 一緒に歌いたいから。

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