届かない場所からアンコールを

MukuRo

11/2

 その日、ネットニュースは悲しみに包まれた。


「【訃報】Vチューバー如月逸火、死去」


 如月逸火きさらぎいつか。俺と同じバーチャルライバーグループ、『ホログラルーム』に所属するバーチャルライバーにしてシンガー。「次に来るアーティスト」として注目されていた。いつも笑顔で明るい女の子、なんて呼ばれていた。

 自殺だった。

 自宅で首を吊っていたのを同居家族が発見したという。

 同業者……同じバーチャルライバーや交流のあった音楽業界からも悲しみの声があった。


 どれだけ泣いても帰ってこない。

 どれだけ嘆いても生きてくしかない。


「なんで……」

 俺は壁に向かって握り拳を構える。

「なんで何も言わずに行っちまうんだよッ!」

 俺は込み上げる空虚感を壁に当てようとして……当てられなかった。


「ねえ柴崎。先週の動画、凄い反響だよ!」

 俺が収録を終えると、一人の女子が話しかけてくる。

 俺を見かけるとすかさずハイタッチ……ではなく、肘をぶつけ合う。直接触れるのは感染防止の観点から、あまり良くない。

 彼女こそ、如月逸火の魂。

 つまり中身だ。

 柴崎、というのは俺の本名ではない。

 俺のバーチャルシンガーとしての名前は、天喰真悠あまじきまゆう。普段は雑談や歌の配信を主に行い、オリジナル楽曲も幾つか歌わせてもらっている。

 顔を隠して活動してる以上、顔バレは避けなければいけない。

 だからバーチャル上での名前ではなく、仮の名前を使って呼びあっている。

「高梨。奇遇だな」

「凄いね。どんどん再生回数が伸びてる。この調子で行けば10万、50万行っちゃうんじゃない?」

「ま、あの曲なら皆知ってるし、カバーしてくれって声もあったし」

 先週の動画とは、いわゆる歌ってみた動画で、最近流行りのJ-POPを歌ったものだ。明らかに他の歌ってみた動画より再生回数が違う。

「でも凄いなぁ、私も頑張らないと!」

「いやいや……」

 当の高梨……ネット上での如月逸火は、俺なんかよりも再生回数を伸ばしている。平均再生回数は大体30万。最大で400万再生された曲まである。謙遜してはいるが、あいつだって凄い……いや、凄すぎる。俺の実力なんかじゃ到底及ばない。

「いや。俺も頑張らないとな。俺もミリオン取ってみたいよ」

「うんうん、私も超頑張る!」

「だな」

 会話が終わると、高梨は次の仕事に向かっていく。流石、人気バーチャルライバー。

 俺もいつか、あんな風に歌が上手くなりたい。

 色んな人に知ってもらって、沢山のファンに向けて歌いたい。

 何より……あいつには負けられない。

 あいつと同期ってのもあるが、実力だの再生回数だので負けるのは悔しい。

 いつかあいつと肩を並べて……いや、さらにその先に行けるように。

 家に帰ってからも鍛錬の毎日だ。

 なりたい自分になる為に。


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