パーティーなんて私には無理!

雪見なつ

第1話

 白銀のドレスを見に纏い、高いヒールでぎこちなく赤いカーペットを踏んで歩く。

「どうしてこうなってしまったのだろう。私がこんなパーティーに参加するなんて、本当に現実なの?」

 何度、頬をつねっても目の前の景色は変わらない。

 キラキラと光るシャンデリアが天から吊らされ、見たこともない料理たちが机に並ぶ。そこにいる人たちは皆身なりを着飾り、目が疲れてしまいそうだ。

 辺りを見回して、私はめまいを起こしてしまう。

「お待たせしました」

 後ろから声をかけられ振り返ると、そこにはタキシードに身を包み黒い髪の毛はオールバックにセットされている。声をかけられたが誰だかわからなかったが、印象的な鋭い目つきと東洋の人の顔付きで彼を確認する。

「リンドウ! 本当に私がここに来ていいのかしら?」

「エイミー、君はここにいるにふさわしいよ。そのドレスもよく似合っている。ここからは僕が君をエスコートしよう」

 恥ずかしい。顔が熱くなっている。

 そんな私をリンドウはクスクスと笑っている。

 このパーティーに私が来たのはこの男が全て悪い。それは一週間前の出来事だった。



 私は酒場のウェイトレスをしていた。

 いつも通り酔っ払いの相手をしながらお酒を運んでいると、一人の東洋人が酒場に入ってきた。東洋人というだけでも目立っていたが、その彼は黒いスーツに身を包んでいた。この近くにはビジネスビルとかはなく、工場が多く並んでいたのでスーツを着て酒場に来る人など滅多にいなかった。

 彼はカウンター席でお酒を飲んだ。

 彼はとてもお酒に強く、常人の数倍は飲んで行っただろう。それだけならよかったのだが、彼は閉店間際までずっとお酒を飲んでいた。店主は早く店を仕舞いたいがために、たくさん飲ませて欲しいと私に接待をさせたのだ。

 その後の記憶は残っていない。

 目を覚ますと私は高層ビルの上階の大きなベットで横になっていた。部屋は広く。大きなテレビと二人がけのソファがある。クローゼットも閉じられ、部屋に生活感を感じられない。 

 横を見ると昨日の東洋人が同じベッドで気持ちよさそうに眠っている。整った顔立ちに私は一瞬ときめいてしまったが、そのおかしな状況に私は布団を飛び出る。

 特に行為を行なった後はなく、女性用のパジャマを着ている。パジャマなんて仕事場に持って行くわけもないので、このパジャマはこの東洋人の趣味なのか。

 私はパジャマを脱いで、ソファの上に畳まれていた服に着替える。

「私としたことが、酒に酔ってお客さんに連れ込まれるなんて……」

 頭を抑えて、ため息をついた。

「あ、おはよう。早起きだね、エイミー」

「おはようございます」

 反射で起きた東洋人に挨拶を返したが、この状況はおかしな点が多すぎる。

「なんで、私の名前を知っているの?」

「それは昨日、君が教えてくれたじゃないか」

「それじゃあ、なんで私はこんなところにいるの?」

「それは君が僕について行きたいって言うからだよ」

「それじゃあ、ここはどこ」

「僕の家だよ」

「あなたの名前は何?」

 東洋人は少し驚いた表情をした。

「覚えていないんだね」

 声のトーンを落として暗い表情をした彼は、布団から出て立ち上がった。

「僕の名前は林道」

「リンドウ……」

「そう……」

 リンドウと名乗った彼はゆっくりと歩み寄ってくる。

「そして、君のガールフレンドさ」

 彼は私の右頬にキスをした。

 


 彼との出会いはそんな感じで、ロマンチックでもなんでもなくお酒のせいだった。それからの私の生活は一変する。

 日々の生活のために働いていた酒場をやめて、リンドウの元で家事をすることになった。リンドウはお金に困っていないようで、私が欲しいと思ったものはなんでも買ってくれた。リンドウはとても優しくて、恋人というのも悪くはなくとても幸せだった。

 一つの点を抜かしては……。

 彼はIT企業の取締役をしているみたいで、お偉いさん方とよく話をしている。何度か家にも来ていた。それだけならまだいいのだが、リンドウは来る人来る人に私を紹介するのだ。私は決していい生まれの人ではない。正しい礼儀などなにも知らないのだ。このリンドウと私はとても釣り合っていない。もう自分が恥ずかしくて仕方がない。

 もちろんリンドウには相談したが、リンドウはあまり気にしないでというだけだった。リンドウはあまり私に礼儀を求めていないのだ。一緒にいるだけでいいと優しくしてくれる。私はそれでもリンドウに相応しい女性になりたかった。

 毎日作法や礼儀の本を読んで勉強しているけど、全く自信がない。

 そんなん時に、偉い人からパーティーへの招待が来た。

 初めは嫌だったがリンドウがきて欲しいと言っていた。だから、頑張ってみようとパーティーに参加することを決めた。



 そして、今に至る。

 パーティーに来たのはいいけど、私は何もできない。ウロウロ周りを見てリンドウの後ろをついて歩くだけ。胃が痛い。

 リンドウにたくさんの人が集まる。

 髭をはやしたおじさんや、眼鏡をつけたエリート風の男性。

 彼らはリンドウのビジネスパートナーなのだろうか。英語ではない言葉で話しているところも見れた。

 リンドウはこうやって仕事をしているのか。家では見ない顔をしているリンドウに、別人なのではないかと感じさせられた。

「リンドウさん、この前はありがとうございます」

「わたくしもリンドウさんに助けられましたよ」

 綺麗なドレスを着た女性たちがリンドウを囲んだ。彼女らは右手にシャンパングラスを持って、リンドウとグラスを交える。

 彼女らは私よりも綺麗で美しい。

 優しく顔の良いリンドウの周りに女性関係がないはずがなかった。こんな酒場の女なんてやっぱりふさわしくないのだ。

「リンドウさん、私少し席を外しますね」

「わかった」

 私はパーティー会場から出て、タクシーに乗り家に帰った。自分の家はもうなくリンドウと同棲していた。

 ヒールを脱ぎ、ドレスをクローゼットにしまう。

 慣れないヒールに靴ずれを起こして、足から血が出ている。

 ため息をついて、ソファに腰を下ろした。

 高層ビルから見える街の景色は、パーティー会場のシャンデリアよりも綺麗だった。

「私なんて……」

 涙がこぼれた。

 その時、ガチャっと玄関の扉が開く音が聞こえる。

「ただいま」

 私は涙を拭った。

「お、おかえり」

 リンドウを騙して家に帰った、私をリンドウはきっと怒っているだろう。振り返ることなく、私は俯いた。

 布が擦れる音が後ろから聞こえる。着替えでもしているのだ。

 リンドウは私に対して失望して言葉さえかける気にならないのだろう。目尻が熱くなる。涙溢れないように堪えるので精一杯だった。

 すると、ギュッと後ろからリンドウの腕が伸びて私を抱きしめた。

「僕にとっての女性は君だけさ、エイミー」

 我慢できず涙が溢れてしまう。

「君のことを考えずにパーティーに誘って本当に申し訳ない。君があまりにいい女性だったから、周りに自慢をしたかったのだ。許してくれ。君は僕にとって一人しかいない最愛の女性だ。いつも通りの君でいいんだ」

 予想していた言葉と違い、私は振り返る。

 その時、リンドウの唇は私の唇と重なった。

 柑橘系の香りと、甘い息が重なる。頭が飛んでしまいそうだ。

「エイミー。君を愛している」

 離れたリンドウの口から告げられた言葉。

 私はもう一度、唇を重ねた。

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パーティーなんて私には無理! 雪見なつ @yukimi_summer

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