11話 大きくなれよ

「んー、ここは何度か来てるけど、やはり変な感じがするっスね」


 訓練場に入るとマーシャは違和感を口にした、この辺りはやはり一番実戦慣れしているマーシャは違和感に気付く。


「私はなにも感じないです」

「オバさんもよ」


 ルーシアだけでなく魔力の高いアンジェリカも気づかないようだ、感知の力は魔力の高さとは関係ないらしい。


「変な感じってのはおそらく結界のせいだろうね、ここは結界によって空間が少しばかりずれてるんだよ、強力な魔法を使っても外に迷惑が掛からないようになってるってわけさ」

「ほほう、流石は魔女の訓練所といったところだ。空間遮断の一種で外に魔法が漏れないようにしているのだな、これなら確かに大魔法を使っても外には被害が出ないな」


 リヴァイアサンも魔女の結界を見て感心していた、あんな見た目でも大悪魔は大悪魔というわけだ。


「リヴァイアサンの言う通りだよ、ここなら遠慮なく魔法を使う事が出来るからね、実戦練習には持って来いだよ」


 そういってパチンと指を鳴らすメルリカ婆さん、すると地面から人形が出てくる。

 土で出来た人形である、まるで案山子ですな。


「さて、では実際に見せた方が良いかもねぇ。みてな」


 メルリカ婆さんは指先に集中すると白い光を放つ球が出来あがった、大きさはピンポン玉程度の大きさである。


「まあ、こんなもんの大きさかね、白色の状態は無属性。どの属性も乗っていない状態だね。この状態でそこの人形に攻撃してみよう」


 メルリカ婆さんが指を前に出し魔法を放つ。


「エネルギーボルト!」


 魔法名を叫ぶと球が目標目掛けて飛んでいく、するとズドンという音とともに人形の一部が破壊された。


「無属性の状態だと鈍器で殴ったような効果さ、そして今度は……」


 メルリカ婆さんが先ほどのように白い球を作りだす、そして力を込めると白から赤へと変ってゆく。


「今度はこうやって、火の属性を加えてみたんだよ。今回は分かりやすく二段階でやってるが、本来は最初から火属性を加えた赤い球を作ることも可能だよ。――ファイアボルト!」


 赤い光球は人形に当たると炎を上げた。


「あらー、結構威力があるのねぇ……油黒虫ゆこくちゅう退治にはあまり使えないわねぇ」

「なんで、油黒虫退治に攻撃魔法使うんスか……」

「うー、想像しちゃいましたよ」


 油黒虫ゆこくちゅう、この世界ではそう呼ばれているゴキブリのような虫が存在する。生ゴミに群がることが多く黒く油でテカっている虫である、ゴキブリだと思ってくれればいいかと。

 この世界でも油黒虫は苦手な人が多い。


「魔力制御さえ上手ければ虫退治に使えない事も無いが、難易度は高いかもねぇ」

「要練習ってわけね」


 アンジェリカのアホな発言にメルリカ婆さんは何故か真面目に答える、ルーシアはいまだに油黒虫を想像してブルっと震えていた。

 そして丁度良いと言わんばかりにメルリカ婆さんは、指先にまたもや魔力を込めた。


「丁度いい、これも勉強しておきなよ。魔力の込め方で魔法の威力が変わるんだよ。こんなふうにね」


 今度は先ほどの球の半分ほどの球が作り出された、そしてその球をまたも

 人形へむかって放つ。

 ボンと先ほどより軽い音がし、今度は人形は形をとどめて揺れるだけにとどまっていた。


「と、まあ。慣れてくるとこんな芸当も出来るからねねぇ、更に小さい球を作れば油黒虫を倒すだけの威力にも調整可能ってわけさ」

「はー、なるほど大したもんっすね」


 マーシャは感心してみていた。

 そして、メルリカ婆さんは魔力の込め方のアドバイスをすると、各自練習するようにと指示をした。


「うううう、うー!」


 ヴィヴィアンの白い光弾は一メートルほど飛ぶと地面に落ちた、コントロールが上手くできないようだった。

 一方……こちらは?


「こ、こうですかー! えーい」


 気の抜けた声とともにルーシアの手から白い光弾が放たれるが……何故か上に飛んでいく。こちらも酷いものだ。

 メルリカ婆さんも頭を掻きながら見ている。


「……想像以上に酷いねこりゃ」

「こんな感じスかね?」


 マーシャは少しやり方が違って、小さな球を作っては親指で弾くように発射する練習をしている。

 しかも緑色の球だ。

 それを地面に打ち込んで砂煙を作っていた。


「へぇ、一瞬で風の球を作ってるのかい。なかなか器用だね、しかも小さいと言う事は威力重視じゃなく取り回し重視か」


 メルリカ婆さんはマーシャの攻撃魔法の使い方に感心している。


「うむ、しかも攻撃魔法を目くらましに使う辺りが実戦慣れしている証拠だな、冒険者だけのことはある」

「マーシャちゃんはこっちの方が得意みたいね」


 アンジェリカとリヴァイアサンも感心している、冒険者なだけあって根本的に戦闘の考え方が違うのである。


「オバさんも負けてられないわね」


 そして右腕を腕まくりをして、腕をブンブン回しながら歩いていくアンジェリカ。


「ふむ、嫌な予感しかせんな」


 アンジェリカは両足を肩の幅まで広げ、少し腰を落とすと両手を前に出し掌を前に突き出し、魔力を込めだした。なんだよそのポーズ。


「むーん!」


 白い球が生成される、そしてどんどん大きくなっていく。野球のボールくらいからバスケットボールくらに、さらに大きくなっていく。


「お、おいおい。主よ……やりすぎではないのか?」

「むむむ! まだまだいけそうよ」

「いや、そういう問題じゃないから!」


 すでに子供一人がすっぽり入るサイズになっていた、さらに色がカラフルに虹色になっている。

 異変に気付いた全員がアンジェリカを見る。


「あ、アジャルタさん凄い魔力球作ってますよ」

「あーうー」

「なんなんスかそれ!?」


 ルーシアとヴィヴィアンは二人で隅っこに移動してビビっていた。

 マーシャも、ポカーンと口を開けてマヌケ面をしている。

 メルリカ婆さんも唖然としていたが、ハっと気付く


「アジャルタ、あんたは加減ってものを知らないのかい? 城でも吹き飛ばすつもりなのかい?」

「どこまで大きくできるか挑戦中なのよ」

「む、確かにどこまで行けるか見たい気はするねぇ……」


 メルリカ婆さんは今でも知識欲があるようで、こういった実験に弱いようだ。しかし、そんなこと言ってる場合だろうか? そして言ってる間にも魔力を込めるアンジェリカであった。


「くー、そろそろ限界ね。支えられなくなってきたわ」


 更に一回り程大きくなった魔力の球、球自体がスパークしている、どうみてもヤバイ。


「うひー、重いわよー。あ、腰が……」

「まてまてまて! その球絶対に落とすんじゃないよ!」


 メルリカ婆さんが慌てだす、リヴァイアサンも慌ててワカメの手で印を結ぶ。


「その球は消せんのか! 主よ粘れ! というか前に飛ばすんだ!」

「重いのよー、あーもうダメだわー」


 そういうと、アンジェリカは魔力の球を放り投げた。

 ヘロヘロと球が飛んでいくが距離はそんなに伸びていない。


「ちょちょちょ、ひゃー」

「うあー!」


 ルーシアとヴィヴィアンが抱き合って怯えていた。メルリカ婆さんも詠唱を開始した。

 マーシャはルーシアとヴィヴィアンの前に躍り出ると、腰のポーチから瓶を取り出すとそれを地面に叩きつけた。

 紫の靄が辺りを包む、その瞬間虹色の球が弾けた。


「間に合ったッスね!」

「魔女結界展開!」

「ええい、マジックシールド!」


 三者三様の防御方法が炸裂。しかし、想像以上の魔力玉の威力にメルリカ婆さんとリヴァイアサンの防御魔法も長くは持ちそうになかった。


「急いで、ここから出るよ!」


 メルリカ婆さんに言われて全員が走り出した。


「いやー、凄い威力ねぇ」

「主よ感心してる場合か! ロクな事にはならんと思ったが案の定か!」

「なんとなくいけそうだったのよねぇ」

「何となくで命は賭けたくないぞ!」


 迫る爆風、しかも爆風の中を氷が舞い石礫も舞い放電までしている、とんでも魔法だった。

 結界の境目になんとかたどり着く一行であった。


「うあー、まま、にあったたた」


 ヴィヴィアンが一番最後に結界から飛び出した。が着地に失敗し首があらぬ方向へと曲がっていた。



「いやー、あぶなかったわねぇ」

「アジャルタ! あんたのせいだろーが!」

「し、死ぬかと思ったッスよ……」


 アンジェリカは他人事のようにふざけたことを抜かす、メルリカ婆さんもマーシャもげっそりとした顔でそう言った。


「「……」」


 ヴィヴィアンとルーシアは倒れていた。


「いやー、慣れないことはするもんじゃないわねぇ」

「かー、アジャルタあんたこっちに来な! 説教が必要だね」

「あら? オバさんこの歳になってお説教されるのね」


 呑気な事を言いつつ、アンジェリカはメルリカ婆さんに連れられてどこかに行ってしまった。


「主には反省してもらわんとな」

「今回は流石にそっすね」


 こうして本日の授業も無事(?)終了した。

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