最悪。。。

紀之介

緊張すると

「ふぁあぁ~」


 不味い。


 よりによって、大欠伸が手で隠せなかった。


 おしゃれな喫茶店で、正面の席には相澤君が座っているのに。


 無様に 大口を開けてしまったのだ。


 決して眠気に屈した訳ではないのに。


 むしろ緊張している。


 それこそ、とっさに口を隠す手が動かない程に。


 悲しいかな、何故か私は緊張すると、欠伸が出てしまう体質。


 だからこそ、相澤君との初デートが始まったばかりのタイミングで大欠伸なのだ。

 

 最悪。。。


----------


(ん?!) 


 開いていた口が閉じた瞬間。


 上唇と下唇の間に、違和感を感じた。


 歯で軽く噛んで舌で探る。


 やはり、何かがあった。


 欠伸に連動して 閉じてしまった目を、ゆっくり開く。


 何と私は、相澤君の右手の人差し指を咥えていた──


----------


「─ ううう。何するのぉ」


 指が引き抜かれるや否や、私は相澤君に抗議した。


 同時に、急いでバックからハンカチを取り出す。


「だ、大丈夫?」


 席から腰を浮かした私は、素早く相澤君の手首を掴んで、自分が咥えた人差し指をハンカチで拭いた。


「口の中は細菌がいっぱいなんだよ? 汚いんだよ!?」


「あのね…春香ちゃん。ここは……僕を怒る所じゃないかな………」


「でも私、相澤君の指、咥えた上で舐めちゃったし!」


「うん。悪いのは僕だから。だから、まずは落ち着こうか?」


----------


「─ 取り乱しました」


 落ち着いた私は、頭を下げた。


「── ごめんなさい」


「いや。悪いのは僕だから」


「でも…何であんな事を……」


「どうも春香ちゃん。緊張してるみたいだから、それをほぐそうかなと」


 何と相澤君は、気付いてくれていたらしい。


 私が緊張していた事に。


 ちょっとうれしくなった。


「お、大げさに騒いじゃって 申し訳ないです」


「うん。気にしないで」


「でも…相澤君の指、舐めちゃったし……」


「大丈夫。不快どころか、むしろ気持ちよかったから♪」


 思わず私は、相澤君を凝視する。


(この人は、付き合ったら駄目な人だ)


 急いでバックから財布を取り出し、自分の分の紅茶代を出した。


「ん?」


 テーブルにお金を置き、目を合わせずに立ち上がる。


「え?! 何?!」


 振り返る事なく私は、一目散に店を出た。


「え!? ちょっと! 春香ちゃん!? なんでぇー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最悪。。。 紀之介 @otnknsk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ